税理士もりりのひとりごと

税理士もりりがぶつぶつと日ごろの出来事についてひとりごとを綴っていきます





  税理士もりりのひとりごとのナビゲーター   トップページ > スポンサー広告> 税務・会計 > 税法条文は今後ますます複雑に  

スポンサーサイト

-- - --/-- [--] - --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

税法条文は今後ますます複雑に

2011 - 02/20 [Sun] - 12:29

 先日の武富士事件で租税法律主義が徹底されることを最高裁が支持したわけですが、こうなると当然ですが税法の各条文は今よりももっと事細かく規定されることになってくるでしょうね。世の中の「簡素な税制」要望からはますます乖離していきます。それもこれも武富士一族のようなズルい連中が租税回避行為をバンバン行って、それを裁判所が認めてしまうからです。

 今までであれば「租税回避行為」とか「行為計算の否認」などを使って不当・不自然に税負担を減らしているような場合には課税側が強制的に税を徴収することができたわけですが、これからはその「租税回避行為」「行為計算の否認」の判断基準ですら明確に条文化しなければならないということになるのでしょうね。

 私たち税理士も、きちんと税法の条文上に書かれていない事例については税務上セーフであると判断しなければならない頭が求められているのでしょうね。例えば最近の事例であれば、居住用賃貸マンションの消費税還付スキームなどがそうですが、あれも実際には署から否認されたケースというのはほとんどないと思いますが、周りの税理士の話を聞いていますと「あんなズルいことやりたくない」とか「あんな気持ち悪いコトして後で否認されるのイヤやわ」という声が多かったので少しびっくりしました。

 実は私はあのスキームについては積極的に利用したクチなのですが、しかし今後もしああいったスキームの存在が公に知られた場合には、税法の条文上において明確に禁止されない限り税理士は積極的にそのスキームを利用して依頼者の税負担軽減を行わなければならないということになります。

 だって租税法律主義厳守なわけですから、例え一般的な感覚から見て不自然でズルいやり方だと思われたとしても、各税法の条文上で明記されていないのであればその行為は税法上セーフと認めざるを得ないということだからです。税法上セーフな行為であれば税理士が依頼者に対して積極的に勧めるのは当然であって、逆に依頼者の利益を積極的に守らないのであれば債務不履行として民事訴訟を起こされる恐れだって十分ありえます。

 つまり租税法律主義が徹底されていけば、税理士は条文に厳格に基づいて依頼者からの税務代理業務を請け負わなければならず、もし条文に明確に書かれていない節税策・租税回避策がある場合にはそれを税務代理人として積極的に依頼者に提示し、依頼者の同意が得られれば確実にそのスキームを実行して依頼者の税負担額を最小限にしなければならないのです。

 「こんなこと常識的におかしいで」とか「こんなズルいこと考えたらあかんで」、或いは「こんなことしたら租税回避行為で税務署に引っかけられるで」という理由で依頼者の節税・租税回避要望に反する申告書を提出してはならないわけです。もし税理士本人の意思で依頼者からの節税・租税回避要望に応えられない場合には申告代理自体を辞退しなければ債務不履行になってしまうわけです。

 じゃあこれからの税理士は二通りに分かれていきますよね。一つは租税法律主義を徹底的に追求して節税・租税回避をバンバン依頼者に提示していく税理士と、もう一つはそのようなモラルや一般常識に反した依頼は一切断るという税理士ですね。

 しかし後者であっても民事上の債務不履行という問題は常につきまとうわけですから、例え依頼者がモラルや一般常識に基づいた税務処理に一旦は同意してくれたとしても、その依頼者の親族や後継者などから後になって債務不履行として文句を言われる可能性だって十分あります。

 ですから結局のところ税理士は例え物分かりのよいモラルと常識を兼ね備えて無理難題を言わない依頼者であったとしても、先々のことを考えればモラルに反する節税策や租税回避行為があることを具体的に明示して、その上で依頼者の判断と同意によって最終的な申告書を作成したことを依頼者との間で書面で残しておく必要がありますね。

 口頭で「こんな節税策や税金を下げるやり方もありますが、どうですか?私はお勧めしませんが。」などと言うだけではダメで、必ず文章にして提示しなければならなくなるでしょうね。その上で依頼者がモラルに基づいた税額計算を選択したのであれば、そこで初めて税理士としての債務を適切に履行したことになるのでしょうね。

 租税法律主義を徹底して税理士業務を行うと言うことは、きっとこういうことになるのでしょうね。結局のところキワキワな節税策を追求していく税理士も、そうでない税理士も両方ともキワキワな節税策について勉強し、それを依頼者に提示しなければ民事上の債務不履行に該当するということなのでしょう。

 本当に嫌な世の中ですね。そうなってくると税理士は例えどんな複雑な節税策であったとしても「知らない」ということは許されなくなってしまうのです。税理士として「知っておかなければならない」ことであり、その全てを事前に依頼者に提示する義務があるわけです。しかも書面によって処理内容に関する依頼者からの同意を取り付けておかなければならない・・。

 大変ですね、これからの税理士って。もうほとんど弁護士並の法的武装をしておかなければ自分の責任回避ができませんね。だって世の中の依頼者はどんどんカネにうるさくなり、業務上の法的な不備やミスを追求して税理士から補償金を取ろうとしてくるからです。

 世知辛い世の中になったものですね。そう言う依頼者がこれから増えてくれば、我々だって既存の顧客に対しても信頼関係だけで業務を請け負うことがやりにくくなってきます。アメリカみたいに何でもかんでも書類に書いた契約だけが大切ということになるんでしょうかね。

 そもそもアメリカのような契約社会って、あの広い国土で世界中からわけのわからん人間が集まってきて、例えばニューヨーク州でたまたま会って何かを頼んでも金だけ取ってカリフォルニア州にトンズラしちゃう・・、みたいな状況の中で金を払う側・受け取る側の双方がお互いに損をしないためにできたものですよね。

 でも日本は違うじゃないですか、歴史的にも、民族的にも。こんな狭い国土でほとんどが先祖代々千年以上日本に住み着いているような状況で。そんな状況なのに、わけのわからん連中が金儲けだけ目当てで集まってきたようなアメリカと同じ価値基準を持ち込む必要性があるのでしょうか?それは逆にズルいことをするヤツを利することにつながるだけなんじゃないでしょうか?

 それとも今後の日本の更なるグローバル化のことを考えれば、日本人だって容易に海外にトンズラするし、逆に海外からいろんな人が日本に入ってくるし、ということでアメリカ並みの契約社会になることが求められているのでしょうか?

 モラルだって土着の日本人と外国人では違うし、そこは法律で明文化されたところだけが唯一のよりどころになるというアメリカ型の思考ですかね?なんかやになっちゃうね。アメリカじゃないから日本は良い国なのに。日本はこれからアメリカになっていかなきゃいけないんでしょうかね?みんなが常に訴訟されるリスクを抱えて、それでもズルいことを常に追求していかなければならない国になるんでしょうか?

 「書いてあることが全て」「どこに書いてあんねん」か・・・。これからの世の中でよく聞かれる文句になるんでしょうね。「常識」「一般的」「モラル」「道徳」「恥ずかしい」、そんな言葉はこれからの日本では不要になるし、死語になっていくんでしょうね、きっと。

関連記事

トラックバック

http://moriri12345.blog13.fc2.com/tb.php/842-649062cd

 | HOME | 






プロフィール

もりり

Author:もりり
当ブログにお越しいただきありがとうございます、税理士のもりりです。のんびりと、時々辛辣に日々感じたいろいろなことを自由に書いていきたいと思います。

最新記事

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。