税理士もりりのひとりごと

税理士もりりがぶつぶつと日ごろの出来事についてひとりごとを綴っていきます





  税理士もりりのひとりごとのナビゲーター   トップページ > スポンサー広告> 税務・会計 > 武富士側、最高裁逆転勝訴  

スポンサーサイト

-- - --/-- [--] - --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

武富士側、最高裁逆転勝訴

2011 - 02/20 [Sun] - 01:04

 新聞によりますと2月18日にあの武富士創業一族による巨額贈与税脱税事件に関する最高裁判決があり、国が敗訴したのだとか。

 この事件についてはきっと評価する人によって正反対の感想を持つでしょうね。税理士の中でも意見は真っ二つに割れるでしょう。租税法律主義を厳格に守ったと今回の判決を評価する人と、こんな判決が出てしまうと法の抜け道を探してズルいことだけを考えるヤツらがますます世の中に増えてしまうと失望する人に分かれてしまうでしょう。

 私は以前ブログに書きましたように後者の立場です。確かに租税法律主義は遵守、徹底されるべきだと思いますが、それも行きすぎてしまうと法律に明文化されていなければ何も罰することができなくなってしまいます。今回の武富士の事件もそうですが、明らかに巨額の贈与税を負担することを避けるためだけに大金持ちが世界中を舞台にしてアリバイづくりを行った事件を「セーフ」と判断してしまったら、悪いことを考えた者勝ちということになってしまいます。

 だって最高裁の裁判長ですら「海外経由で両親が子に財産を無税で移転したもので、著しい不公平感を免れない。国内にも住居があったとも見え、一般の法感情からは違和感もある。」と意見を述べているくらいです。つまり今回の最高裁判決で結果的に武富士一族を勝たせた裁判長も彼らの行為は「不自然で、一般的に考えて許し難い行為」と表しているわけです。

 しかし同時に例え「許し難い行為」であったとしても、租税法律主義に基づいて課税を行うという原則に立てば「課税取消もやむを得ない」と言っているわけです。

 こんな判決が出てしまったら、依頼者は税理士に対してどんどん法の抜け道を探すように依頼してくるでしょう。そして法の抜け道を探すことができる税理士が有能で稼げる税理士ということになりかねません。じゃあ税理士はグレーなこと、税法の条文に明確に書かれていないことについて依頼を受けた場合、「こんなことをしたら後で否認されて大変なことになるかも知れませんよ。止めときましょう。」と言うのではなく、「いえ、税法の条文にはどこにも書かれていませんから、これで行きましょう。税務署が後から文句を言ってきても『租税法律主義に反する』と言って反論すれば勝てます。」と言うことが求められることになります。

 だったら我々税理士の仕事も、善意なんか要りませんね。必要なのは「法律に書いてあるかどうか」を調べる能力だけと言うことになります。通達だって無視すりゃいい、って話になりますよね。だって通達と言ったって所詮過去のある特定の税務事件にかかわる審判や判例を元に作られたものであって、状況の異なる別の事案にそのまま適用すべきかどうかは別の話ですからね。同じような行為を行っても、税務上の適否は個別の事情を考慮して条文と照らし合わせるべきであって、似たような前例の結果に基づいて判断すべきではない、と言う話になってきます。

 我々が日常税務を行っている上では様々な個別事案にぶち当たることが多く、その都度ない知恵を絞って一生懸命考え、それでもどうしても答えが出ないときは署に判断を仰ぐことがありますが、これからは「税理士自身が六法を元に判断する」ことが最も大切であり、署がどう判断するかは重要ではない、と言うことになるわけですね?

 本当にこんな判決が出てしまうと、世の中みんなヤクザみたいになりますよね。文句は言った者勝ちですね。税務署が自分の申告に対して文句を言ってきたら、全部「そんなこと税法のどこに書いてあんねん!税法の条文を示せよ!」と食ってかかればよいことになります。

 例えばこの時期によく問い合わせのある医療費控除にしたって、条文上は所得税法第73条と施行令207条、施行規則40条の3に書いてあるだけですから、その内容に照らし合わせながら各税理士が納税者の話を聞きながら判断すればよいことになります。

 「通達に書いてるからこれはダメ」とか「医療費控除の手引き書に書いてあったからこれはいい」とかそんな判断は一切する必要が無くなります。納税者が「治療または療養のため」に行ったと主張する費用はとりあえず全部医療費控除に計上すればいいですし、そこに課税側が問題ありと判断した場合には国税不服審判所などでどんどん争って主張していくべき、という話になります。

 例え条文上「通常必要と認められる」とか「一般的に支出される水準を著しく超えない」とか書いてあったとしても、そんなものどこにも条文上明文化されていないわけですから、その基準ははっきりいってあってないようなものだと言えます。だって「通常」とか「一般的に」と言われても、具体的な金額は条文のどこにも明記されておらず、読む人によってその判断基準はまちまちだからです。

 こんな判決が出てしまうと、今後税理士は特殊な個別事案について税務署に事前相談などに出向く必要など無くなりますし、税務署だって税理士関与案件については判断を事前に示すことを止めるでしょう。相談に行っても「いえ、条文を元にして税理士さんがご自身で判断なさって申告してください」ということになってしまうでしょうね。

 まあもし今後日本の税務がそういった租税法律主義バリバリ、条文至上主義に突き進んでいくのであれば、我々税理士もそれに対応せざるを得ません。税務署とケンカすることも増えるでしょうが、そういう方向に向かうことを世の中の流れが求めているのであれば、どんな小さな事でも条文だけを頼りに争わざるを得なくなるでしょう。

 でも当然そうなると課税側だって税理士側、納税者側が犯している税務上のミスはどんな小さなモノでも許さなくなってしまうでしょうね。「ああ、すみません、ちょっとうっかりしてまして。でも金額少ないんで勘弁してください。」とか「こっちのミスだけ修正で、こちらは何とか勘弁してくれませんか?」といった交渉には署側も一切応じませんわね。今後の税務調査は税務署と税理士+納税者のケンカの場、お互いの主張の場、ということになります。

 それに税理士だって納税者の税額減額、場合によっては租税回避を積極的に行わなかったら、それを理由にして納税者から訴えられることも出てくるでしょうね。「適切で公平な課税の観点から考えて」とか「こんなことしたら税務署で通らない」という理由で税務判断を行うことなど到底許されないわけです。税務判断の根拠はただ「条文に書いてあるか」ということと「依頼者の利益になっているか」の二点だけが大切ということになります。

 辛いですねぇ、なんか世の中の税務が全て「民商対税務署」みたいな話になっちゃいますね。ほんじゃ私たちも民商みたいに何でもかんでも税務署に文句言って、条文だけを頼りに税務を行い、条文に書いていないことを税務署が行ってきたら速攻で裁判起こさなきゃいけないんですかね?

 いや、こんな社会、税務になることをホントにみんな望んでいるんでしょうか?ほんとうに問題が起きればすぐ法廷にいって解決すればいいというようなギスギスした社会になることを日本の国民の多くが望んでいるのでしょうか?法律に文章で書いていなければ何をしてもいい、という社会になることを求めているのでしょうか?

 私は文章に書かれた法律よりも、様々な人間のモラルに照らして物事の善悪を柔軟に判断する社会のほうがよいと思うんですよね。そのモラルを全て法律で文章にしろ、というのは土台無理な話ですし、そんな社会になってしまうとズルいことを考えるヤツらだけが世の中を跋扈するようになるのが目に見えているんですよね。

 従来の日本の税務判例にあったように、「モラルと課税の公平を考えた場合にこの行為はどう考えても許し難いので、租税回避行為として課税する」という方が世の中の支持を得られると思うんですよね。だって法律に書いていなければモラルに反しようがどんなズルいことをしようが許されるようであれば、モラルに照らして物事を判断する必要はありませんもの。判断の基準は条文だけが全てであって、社会的に許されるかどうかは一切無視すればよいし、税理士もそのような判断基準に頭を切り換える必要が求めらることになってしまいます。

 今回の判決だって、2000億円の還付ですよ。2000億円の還付税額って、平成23年の税制改正で目論んでいる所得税・相続税の増税額に匹敵するという話です。ということは武富士一族の不正な贈与税課税回避行為を認めて、連中にカネを返すためだけにこの一年世の中の多くの人が増税されているということになるのです。

 ホントにそんなことでイイの?なんでこいつらの不正な行為を許してこいつらをトクさせるために多くの国民が多額の税金を負担しなきゃいけないんですか?なんでズルいヤツらを笑わせるために真面目な多くの国民がソンしなきゃいけないんですか?

 カネを沢山儲けている人達はその儲けを社会に税として還元するのは当然じゃないですか。恵まれたものとして果たすべき社会的責任というものがあるでしょう。それを不正でズルいことを行って免れてきておいて、それを裁判所がお墨付きを与えるなんてもう考えられませんね。そんなんだったら、真面目に税金納めるのなんかバカですやんか。適当に理由つけて税金をちょろまかしておいて「条文上どこにもそんなこと書いていない」って言えばいいだけじゃないですか。

 ホントに「平成の脱税王」鳩山一族のようにグレーな行為を行った者勝ちということになりますよね。真面目なヤツがソンするだけですね。首相を二人も輩出した名家が巨額な贈与税租税回避行為を行っても法的に咎められないわけですから、世の中の皆さんも税務上指摘受けないように法的な抜け道を一生懸命考えて、税務署から指摘されないようにやっていけばいいと思いますよ。

 ・・・とこれからは税理士もおおっぴらにそう言わなきゃいけなくなっちゃいますよね。税理士法もクソも関係ありません、だってそれが最高裁の判断なのですから。ホント、真面目にやるヤツがバカですやんか、これからの世の中。もしそれでいいと言うのなら、私もそういう税理士になりますよ。だってそれが世間からの要請ですもの。事前の事例照会なんて税務署に行きませんわ、全部私の頭で条文と照らし合わせて考えますわ。

 通達なんか参考程度。例え通達に書いてあったって、あらためて条文と事例を照らしていけると判断すれば行きますわね。そういう税務にこれからはならざるを得ませんよね。まあ皆さんがそういう社会になることを求めるのなら、私も「戦う税理士」ならぬ「主張する税理士」に変貌せざるを得ないでしょうね。

 そんなの本当はイヤですけどね・・。ま、しょうがないですかね、プロとしては。

関連記事

トラックバック

http://moriri12345.blog13.fc2.com/tb.php/840-490afc61

 | HOME | 






プロフィール

もりり

Author:もりり
当ブログにお越しいただきありがとうございます、税理士のもりりです。のんびりと、時々辛辣に日々感じたいろいろなことを自由に書いていきたいと思います。

最新記事

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。