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日本の英語教育

2010 - 08/08 [Sun] - 18:32

 最近も新聞で日本の英語について記事やコラムになっていたのでそのことについて。

 これだけ経済がグローバル化してくると英語ができた方が日本人の誰にとってもメリットがあることは、これは論じる以前に間違いのないことです。インターネットでは英語の情報に溢れているし、海外に出かけるときも英語ができればまず困ることはないし、ある意味英語は世界の共通語になっていると言っても過言ではありません。英語が自由に使えることで得られる可能性や利益は計り知ることができません。

 しかし日本人だって英語を習っていないわけではないのです。そればかりか中高の6年間は義務教育でバッチリ習うし、大学に入ってからも習い続けることが多いのです。それなのに多くの学生は英語が満足にマスターできないのですから、これはもういままでの英語教育が無駄で間違いであったということは疑う余地がありません。

 そんなことは社会に出て英語を使う機会が増えている現在であれば誰だって実感していることでしょう。それにもかかわらずいまだにダメな英語教育が行われ続けている最大の元凶は大学入試にあります。大学入試の英語では相変わらず文法、単語力、読解力を問う昔ながらのマニアックな問題が出題されるため、結局高校までの英語教育は大学入試で点を取ることに目的を置いた100年前の英語教育しかできないのです。社会からの要請があっても変わりようがないわけです。

 だから暴論を言わせてもらえれば、英語なんか所詮人間が話す言葉、言語にすぎないのですから、これを大学試験で問うようなことはやめればよいのです。或いはどうしても英語の試験を行いたければ高校生全員がTOEICを受け、そしてそのスコアを入試に流用すればよいのではないでしょうか?それで十分だとおもいますよ。

 TOEICは全問ヒアリングでマークシート式です。試験も簡単だし、採点も簡単です。問われるのは聞く力と、語彙力、内容の把握力の基本的な部分だけですが、それでも各人の英語実用力のレベルを問うには十分すぎる内容です。

 現代の英米では誰も使わないようなくっだらない100年前の文法や単語の用法を学び、入試以外で絶対に読むことのない小難しい文章読解力などを問われる試験を受けなければならない学生の努力と、それを教え込む学校や予備校の努力とコストははっきり言って無駄以外の何ものでもありません。だってそれをマスターしてもほとんど実社会で役に立たないからです。

 相当高度なレベルで高校までの英語をマスターしても、多分その9割以上は実社会では何の役にも立たないわけですから、これは国家レベルでの損失と言ってもよいほどの話です。中学高校に渡って英語を勉強する生徒の時間・労力とコスト、学校や塾の講師の無駄な準備時間や人件費を集計すれば膨大な金額になるはずです。一度賢い学者さんがその経済損失額を試算してみたらどうでしょうか?

 日本人の英語力を高めるためには、まず従来の英語教育と大学入試をやめることが絶対条件です。その上で英語を学校で教えるのであれば教師はネイティブでなければなりません。少なくとも日本語訛りで英語を話す英語教師は採用してはなりません。そもそも日本の英語教師のほとんどは英語が話せません。英語が話せない人間から英語を習うという落語のような、またこれ以上ない不幸な状況は即座に改善する必要があります。

 そして授業の内容は、最初の1-2年は現地の幼稚園、小学校低学年クラスの内容でよいでしょう。当然会話中心です。で、英語なんか所詮言語ですし、やる気のない生徒がいるとクラスの雰囲気が悪くなりますから、やる気のない生徒は受講しなくても済むように英語は選択科目にするべきでしょう。

 仮にその生徒がその後の人生において英語授業を選択しなかったことを後悔するとしても、そりゃ自己責任に任せりゃイイんじゃないですか?どうせ今の必修状況でも役に立つ英語が身につくことなどないのですから。

 で、学校はそのような感じで中学、高校と進につれて内容をより日常的で実戦的な会話にレベルアップさせていき、最終的には字幕無しで英語の映画が理解できるようになれば素晴らしいでしょう。

 しかし学校だけで英語を本格的に学んでも実はそれほど効果はありません。やはり日常において英語というものが身近にないと学ぶ側のモチベーションも上がりませんし、英語に親しみを感じることができません。

 そこで私が提案したいのはテレビで一日中英語しか使わないチャンネルを新たに設けることです。内容はニュース、バラエティ、教育、何でもよいです。海外の子ども向け番組を流用したものでもかまいませんが、日本人に内容がピンと来る番組でなければなりません。そうやって一日中自分達に興味がある内容の番組を英語だけでやっているチャンネルがあれば、ごく自然と英語に親しむことができるのではないかと思うのです。

 だって私たちがビジネスで海外に行く場合、英語圏に行けばテレビをつけたって英語でしか放送は行われていません。最初はこれが結構ストレスになるのですが、不思議なことに現地の放送を丸2日も見ていると頭の中のスイッチが切り替わって耳から入ってくる英語が苦にならなくなります。これと同じ効果をテレビの英語専門チャンネルに期待したいわけです。

 今の日本では英語に興味がある、英語のレベルをもっと高めたい、と思っても先ほどのような英語漬けの日常環境を作り出すことはほぼ不可能です。しかし英語専門チャンネルがあれば先ほどのように自分が英語圏にいるのと同じ語学環境を自宅に整えることが可能となります。これは自分の生活を英語漬けにして英語のレベルアップを望んでいる人達には願ってもない環境だと思います。

 ところで最も望ましいのは全ての日本人が自由に英語を使いこなせるようになることです。しかしこれは日本の第一言語を英語にし、全ての日常会話と表記を英語にするというほど徹底させなければほとんど期待できません。なぜなら日常使う必要がない言語を学ぶことに意味を見出さない人が必ず多数いるからです。

 ですから本気で日本の英語力を何とかしたい、何とかすべきだ、と考えているのであれば方法は二つです。一つは日本の国語を英語に変えてしまうこと。当然町中の看板や店名の表記も英語に変えなければ意味はありません。そしてもう一つは今まで述べてきたように大学入試の英語を完全に見直し、それに合わせて中高の英語教育を見直していくことです。

 はっきりいって日本人の英語力を全般的に改善し、底上げしていくにはこれだけドラスティックなことを行わなければ絶対に無理です。個々人が自分の英語力を高めることは努力によっていくらでも可能ですが、それだけでは国民全体が英語を通じて得られる経験、知識、可能性を得ることは期待できません。

 日本という国家として英語を考えていく場合、今までのようなマニアックで学者にしか価値がないような大学入試と学校英語教育は即座に廃止する必要があります。これは本当に疑いのないことで、仮にこのアイデアに反対する人がいるとしたら、それは英語が話せない中学、高校の英語教師だけだと思います。しかし私に言わせれば、今まで何の役にも立たない勉強を全ての生徒に強いておきながら、その反省もなくよくそんなことがヌケヌケと言えるもんだな、と思うくらいです。

 本来であれば彼ら自身がもっと役に立つ英語教育のあり方について改善を提案し実行するべきだったのです。それだけの十分な時間と知識を持っていたにもかかわらず何も行動を起こしてこなかったことの責は彼ら自身が負うべきです。

 とにかくこれだけ変化の激しい時代においてのんびりと英語教育の見直しなどしていたのでは全く話になりません。変えなくてもよいものは変えなくてよいですが、変える必要があるものは即座に変える必要があるのは物事全ての常です。日本の将来を考えた場合、英語教育を即座に見直すことは何よりも効果があることがも知れません。

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