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良い努力と悪い努力

2010 - 02/27 [Sat] - 18:24

 今回のオリンピックの結果を見ていても感じますし、そのほかのビジネス全般についても感じることがあるのですが、日本人って何か努力の方向性が違うんじゃないかなぁと思ってしまいますね。

 良い言い方をすれば士魂を持って全力で立ち向かっていった結果負けることがあってもそれは仕方ない、よく頑張ったと評価できるわけですが、しかし望む結果が手に入らなかったのなら本人にしてみれば失敗と言ってよいわけで、いくらまわりから慰められても仕方ない面もあるのです。

 で、どうも私から見ていると日本人は「過程を一生懸命頑張る」ことを評価しすぎている気がするんですね。と言っても過程が大切でないと言っているわけではなく、過程を一生懸命頑張ることは結果を得るための絶対条件ですからこれがなければ話になりません。

 ただそれも単なる条件の一つであって、最も大切なことはその過程を経て「結果」を手にすることですから、同じように「過程を一生懸命頑張る」のであれば「結果」を得られるように努力した方がいいんじゃないかなぁという気がするのです。

 だって浅田真央選手のスケートなど、多分彼女なら金メダルは確実に取れたと思います、やり方さえ間違えなければ。本当に一生懸命頑張ったし、技術も世界一だと思います。ただ金メダルという結果を手にするためであれば別の努力の方法があったように思います。それは前回のブログに書いたとおりです。

 キムヨナなんかあっさりしたものです。最初っから金メダルを取ることだけに照準を合わせ、そのための最短距離をひた走っただけなのです。トリプルアクセルをマスターするなどという無駄な努力は一切しない。結果、彼女は当初の目標通り金メダルを手にしたわけで、どうせ努力するのならこういう努力の方がいいと思いませんか?

 だって後になって振り返ってみたら、金と銀の違いって大きいですよ、もの凄く。ほんの少しのこだわりを持っていたせいで銀に終わるのか、それとも勝負に関係ないこだわりなど捨てて効率よく金メダルを手にするのか。でも日本人は心情的に後者は嫌いですよね。

 いつの間にキムヨナに浅田選手が逆転されたと思います?ホントは何も逆転なんかされてないですよ、ただ単にキムヨナのスケートは金メダルを取るためのスケートだった、それだけの話ですよ。でも結果はキムが金、浅田選手が銀です。悔しくないですか?私はもの凄く悔しいですよ。

 でもその割り切り、ドライさが結果を手にするためには必要なことが多いんですよね。日本人はどうしてもそのあたりが中途半端なんですね。海外、特に欧米系の人間は本当に考え方が割り切ったものです。AとBと二つのものがある。Aの方が価値がある、という事になればなんの迷いもなくAを取りに行くのが欧米系の考え方です。「もしかしたらBにもそれなりの価値があるかも」と迷いながら最後までAを選ぶことができないのが日本人です。

 でも日本人にはどうもそんなきらいがあるような気がするんです、つまり「頑張って」さえいれば誉めてもらえるような風土が。サラリーマンだってそうです。能力が低くても長い時間会社にいて一生懸命事務処理さえしていれば上司や周りから「お、あいつ頑張ってるな。いつも偉いな。」と思われるようなところがですね。ホントは仕事が人一倍トロくて、判断も悪いだけかも知れないのに。

 実際にはさっさと仕事を片付けて早く帰っちゃう人の方が能力も高くて、会社に対して遙かに貢献しているかも知れないんですね。でも早く帰っちゃうと、「あいつは仕事もしないですぐに帰る。できないヤツだ。」と思われてしまうこともあります。

 そういうことも含めて、頑張ってさえいればよいのか、結果を出すことが大切なのか、そこの考え方や評価のバランスをもう少し見直すべきなんじゃないかなぁと思いますね。仕事もスポーツも海外と交流したり競争することが多くなってくると「頑張ってさえいればいい」という考え方で進めていると日本や日本人は損してばかりじゃないかなと思うんですね。

 結果を重視するオリンピックにおいては、金メダルを取る選手は「金メダルを取る」という結果だけに焦点を合わせ、その目標から逆算した努力をおこないます。でも日本人はなんだかわからないけどひたすら努力だけしているような気がするんですね。具体的な目標がないというか、「頑張っていればいつかは金が取れる」と勘違いしてただ一生懸命してだけのような・・。仕事のできないサラリーマンと一緒です。

 なんか努力の位置づけが日本人ってちょっと違うような気がするんですね。努力するのは目標や結果があるからであって、目標や結果に近づかない努力はあまりしていても意味がない気がするんですね。そういう努力はあっさりと止めて、別の努力やアプローチの方法を変える方がいい気がするんですけど、なぜか惰性で続けちゃう人が多くて、社会もそういう人をなぜか賞賛しちゃうんですね。

 先日続けることの大切さを書きましたけれど、断っておきますがそれと今回の努力の中身との話は全く別です。続けるというのは人間の最も芯となる部分で大切なことでこれは絶対です。ただ努力について言えば、やればいいと言うものではなくて、なんのためにしているのかがわかっておかないと続ける意味がないものなのです。

 もちろん意味のない努力でもひたすら継続することで何かを得ることはありますが、一言で言って意味のない努力は「効率が悪い」のです。どうせ努力するのなら効率のよい努力をした方がよいに決まっているわけで、効率の悪い努力は「無駄」とほとんど同じなのです。

 例えばこのコンピュータ時代であればエクセルを使って瞬間に千個の数字の合計など集計できるのに、それを算盤でパチパチと30分くらいかけて一生懸命計算することが「努力」だと思いますか?無駄だと思いますか?私は絶対的に「無駄」だと思います。意味のない努力、効率の悪い努力は「無駄」であり、やらない方がよいのです。

 この努力と無駄がどうも日本人は一緒になっているような気がするんですね。北京オリンピックで金メダルを取った石井選手なんかは私の目から見ると努力の方向性が最も良かった例だと思います。彼は柔道の世界大会におけるルール、ポイント制への対応を誰よりも早く理解し、そしてひたすらに「試合に勝つため」に照準を合わせた努力をおこない、金メダルを手にしました。

 彼の面白可笑しいキャラクターだけが一人歩きして、彼の本当の努力が上手く伝わっていないと思いますが、私は彼の努力のやり方がもっとも良い例だと思います。目的を定めて、その目的を達成するための最短距離を最大限の努力でひた走る。

 人生の良い、悪いはいろいろな評価がありますので人生のための努力のやり方は全く別の話です。私が今まで述べてきたことは結果が明らかに表れるビジネスやスポーツについての話です。ビジネスやスポーツについては日本人はもう少し努力のやり方について見直すべきところがあるのではないかなぁと強く感じています。

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