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怒らない、無欲な人生

2009 - 11/08 [Sun] - 11:48

 最近新聞を読んでいますとやたらと「欲を持たない生き方」「怒らないこと」のような本が出版されていることに気がつきます。ある本はインドの宗教家、ある本は日本のお坊さんといった感じで、やはりこういった分野の本は宗教家の得意分野なのでしょうね。またイタリア人のようにあるがままを受け入れて、家族思いで身の回りの狭い範囲で心豊かに暮らすことが幸せだという話が書いてある記事もありました。


 確かに欲は時として人々を不幸に陥れることがあります。強欲であることは周りの人々を不幸にし、そして時として自分自身にも不幸を返してくることが多いことは確かです。「足るを知る」ことや「あるがままを受け入れること」、そしてどんな状況であっても「感謝と幸せ」を感じることができれば最高の人生が送れることは間違いありません。


 しかし、です。私も若いころからいろいろなことで悩み、そして本を読んだり他人の意見に耳を傾けながらそれなりに自分の考えを身につけてくるようになりましたが、私の結論は「仙人の生活だけじゃ、世の中も個人もだめになる」ということです。今の時代、あるがままを受け入れて幸せを感じることができる人など、それこそ「神」です。何の欲も持たず、他人にも怒らず、何が自分の外側で起きようと全く泰然としていられることができれば、それはそれは幸せなことでしょう。


 しかし人間はそこまで達観できるものでしょうか?また達観した人生だけが素晴らしいものでしょうか?私は正直疑問に感じます。「達観」とはある意味「諦め」であり「無関心」と同義です。他人ともかかわらず、他人に意見することもなく、自分の強い意見も意思も表明することなくただひたすらに無の境地に至る。それが果たして自分から見ても他人から見ても魅力的な人生と言えるでしょうか?そんな「自分だけ良ければいい」という利己的な姿勢が人間として本当に正しい生き方でしょうか?


 それほど欲を持たず感情にも流されないことができるのであれば、全ての人間の理想形は乞食ということになってしまいます。何しろ何の欲も感情も関心も持たないわけですから、いい家に住みたいとも思わず、美味しい食べ物も食べたいと思わず、知識に対する欲望もなく、他人の生活や他人からの批判にも怒ることなく、どんなレベルであれ現状を幸せと感じ、何の向上心も持たないのであれば、ホームレスが正にその姿に具現していることになります。


 しかしそれが本当に幸せなのでしょうか?逆に言えばホームレス以外でそのような私利私欲のない生活を「幸せ」と感じることができる人は、衣食住に一生困ることがないほど恵まれている、ということも言えます。家族を抱えてリストラされている人たちに「欲を持つな、怒るな」と言っても心に届くでしょうか?彼らにすれば、まずその日を暮らせる収入がないことにはどうしようもないのです。だからと言って全ての欲としがらみを断ち切って家族全員がホームレスになって暮らすことが幸せな姿でしょうか?そんなことあるはずがありません。


 私個人の考えは、これらとは真逆です。人間は適切な「欲」を持たなければより良い生活は送れないと私は考えています。だって病気になったときに「これが神の与えた運命だから、その運命に従って何の治療も必要ない。私はありのままに死ぬ。」などと考える生き方が良い生き方ですか?病気になったら「よーし、頑張って病気と闘って必ず元気になるぞ!」と思うほうが自然だし、幸せだと思いませんか?それは「生きたい」という「欲」があるからであり、家族だって「生きていて欲しい」と思う「欲」があるから元気になって欲しいと思うのではないでしょうか。


 人間は「欲」を持っているからこそ頑張れるのです。何の欲を持たないのが望ましいのは人間が死ぬときだけです。でもそれまではどんな年齢になっても欲を持っていなければ幸せに暮らすことはできないはずです。「今よりも健康に暮らそう」「できる限りボケないでおこう」「家族に迷惑をかけないように暮らそう」・・、これらも全て「欲」があってこその話です。


 当然ながら若い人たちでも欲を持っているからこそ人生で頑張っていけるのではないでしょうか?「よりよい暮らしがしたい」「もっと美味しいものが食べたい」「いい家が欲しい」「異性にモテたい」・・、そんな下世話な欲があるからこそ人間は多少のつらさや困難に耐えて頑張っていけるのではないでしょうか?


 それに人類が欲を持っているからこそこれだけの文明社会を築くできたのです。もちろん行き過ぎた文明化、経済化などはその人類の欲望が顕著に現れすぎた悪い面かもしれません。しかしそれを逆方向に修正してより多くの人たちが幸せに暮らせ、地球環境も保全し、後世に良い世界を残しておこうと考え始めたこともこれまた人間の「欲」のなせる業なのです。


 確かに無欲で仙人のように世俗から離れ、達観して生きることができれば理想でしょう。しかし現実問題としてそうなるとそうなったで別の深刻な問題が出てくるのも事実です。世の中に生活している人が仙人ばかりになってしまうと、新しい服も買わない、流行も追わない、子供も作らない、家も買わない、車も買わない、他人のことは無関心・・・、と世の中の経済は確実にめちゃくちゃになります。


 だからそんなに宗教家が説くほど世の中や人間の生き方は単純なものではないのです。それにね、こういう宗教家の大きな矛盾を一つ指摘しましょうか?無欲、無欲とか言いながら結婚して子供までいるのってどうなんでしょうね。しかも仏の道に入ってから結婚した、なんて俗世の欲にまみれまくってる証拠じゃないですか(笑)。ね、だからそんなに人間って理想通りには生きることはできないんですよ。人間には欲があって当たり前、それが健全な人間の証拠なんです。

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