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元航空幕僚長の論文問題について

2008 - 11/18 [Tue] - 03:54

 前航空幕僚長による論文が話題になっています。私も念の為にさっと目を通しましたが、内容が正しいのかどうかは残念ながら私には知る由もありません。ただ私の個人的な考え方はこの元幕僚長と比較的近いものがあって、先の大戦では日本が負けたので日本がすべての戦争責任を負わなければならないように近隣諸国等から言われていることには多大な疑問をもちつづけています。もちろんだからといって日本が先の大戦で近隣諸国で行った行為のすべてが正しかったとか、望ましかったというつもりもありませんが、しかし戦争は戦争であってお互い様の部分が非常に大きいのです。それを「日本だけが悪い」という論調で言われることに大いなる理不尽を感じているわけです。まあこの元幕僚長のような考え方も、「こんな右寄りで時代錯誤な狂った意見など」と無視するのではなく、一つの筋のとおった意見として真正面から捕らえる必要があるのではないかという気はしますね。


 断っておきますが、私は右寄りの思想が特別に強いわけではありません。ただ戦後60年にわたる反戦思想や左翼的思想の極端なはびこりに対して反感を抱いているのは事実です。何でもそうですが、極端が一番いけません。第二次大戦で日本が負け、多くの国民が理不尽に命を落としたことから「戦争はいけない。戦争は絶対に行ってはならない。」と考えることは正しいことですし、これ自体が間違っているとは毛頭思いません。ただ戦前の日本の行為が国内外において100%間違っていたかのように断言することはやはりおかしいのではないかと思います。確かに政府や軍部が判断を誤った部分はあったと思いますが、しかし戦前の日本の歴史を全否定することは無理がありますし、妥当であった部分は妥当であったと判断することも大切ではないかと思います。


 ブログに何度か書いていますように私個人は平和主義者ですから外交であれ、税務であれ、日常のことであれ、できる限り平和裏にことが進むことが第一だと思っています。しかし世の中それだけでうまく進むのであれば裁判所も弁護士も警察官も世の中にはいらないわけですね。個人間のトラブルでも、こちらが平和裏に解決を図ろうとしているのに、いきなり相手が殴りかかってきたらどうしますか?殴られますか?それとも守りますか?それとも走って逃げながら警察に電話しますか?普通はまず守りますよね。場合によっては殴り返しますよね。何のガードもしないで殴られ放題に殴られる人など居ませんよね。警察にはその後ですよね。ですから国も一緒なのです。日本国が平和主義を掲げて、他国と戦わない姿勢をとることは一向に問題ないのです。ただ平和裏にこっちが事を進めようとしても争いになってしまうことがあるから紛争を解決する手段が必要なわけです。


 だからたとえば北朝鮮のようなわけの分からない国が日本の平和を脅かそうとして来たらどうするのか、ということを想定しておくことが国際関係においては大切なのです。一昔前の社会党の考えによれば「話せばわかる」のだそうです。しかし「話してわかってくれる」国ばかりであれば誰も苦労しないのです。日本国民を拉致したり、日本国内でスパイ活動をしたり、ミサイルを日本に向けて試射したりする国が現に隣りに居るわけで、こいつらを図に乗らせないためには国境で日本国を誰かが監視して守るしかないわけです。そのときに向こうがケンカを仕掛けてきたらこちらも自国を守るために応戦するのはあたりまえですね。また日本の領海内で不審船がうろついていて、こちら側の停船命令にも従わず逃げ回っていたら射撃しても許されるのではないでしょうか。撃たないから日本という国はなめられるのであって、不審船に一発かまして沈ませてやればなめた行動はしてきませんよ。だって日本の漁船が不法操業などしているとロシアや中国にすぐに撃たれちゃうんですよ。日本がなぜそうしたらいけないのでしょうか?それは日本の国益と平和を守るために行わざるを得ないことなのではないでしょうか。


 翻って元航空幕僚長の論文ですが、あのね、そもそも自衛隊に居る人は有事のときに国を守ろうという意識に駆られている人たちが居る組織なんですね。言っていることが正しい、正しくないはこの際横に置いておいて「先の大戦の責任はすべて日本にある。当時の日本の戦いは100%誤りだった。」などと考えているような人たちじゃあ今の日本を有事から守ることなどできないんですよ。そんな考えを持っている人が自衛隊にそもそも入るわけがないんです。「いざなにかあったときには真っ先に国を守るために自分の命をかけてでも戦おう」と考えている人が自衛隊に入っているのであって、そのために日々信じられないような訓練をして鍛えているわけですね。その航空自衛隊のトップであった元航空幕僚長があのような論文を書いていることはある意味当然であって、彼の思考が著しく偏っているとか、間違っているとは思いませんね。もちろん彼が引用している資料や、彼が信じている事実が本当に正しいのかどうか、ということは十分に検証すべきだとは思いますが、彼の思想信条において著しい論点の飛躍があるとは思えません。


 今の日本では不思議なことに左翼的な思想は声高に主張してもよさそうなイメージがありますが、ちょっとでも右翼的な意見を述べると総攻撃を受けてしまいます。これもよく考えればおかしな話で、左翼的な意見を述べる人のほうが自己中心的でむちゃくちゃな意見を平気で言っていることが少なくありません。「左翼=善、右翼=悪」ではなく、現実にどう対処していくかが大切なのであって、日本の国を日本国民が自らの手で守ることは当たり前なのではないでしょうか。左翼思想にとらわれている人たちは今の日本の平和がアメリカ軍によってもたらされていることを忘れているのではないかと思います。他国の軍隊が居るから日本の表向きの平和が維持されているだけなのに、日本国内では軍隊を持たないこと、戦わないことを声高に主張している矛盾に多くの人がもっと気が付くべきだと思います。アメリカの景気はこれからかなり厳しい状況に入っていくと思われますが、そうなると在日米軍の縮小だって検討されるかもしれません。そのとき日本の国防はどうすればいいのでしょうか。


 それにそもそも論として、在日米軍が日本の有事の際に日本のために戦うと思いますか?普通に考えたら分かりますが、戦うわけがないんですよ。誰が他国のために本気で命をかけて戦うんですか。そんなもの日本が外国から攻められたら在日米軍などいつ撤退したって不思議じゃないですよ。まあイラクやベトナムの事例などを見ると、出向いていった先でアメリカ兵が命を落とすことも少なくないわけですが、それでもそれはアメリカの国益のために戦っているだけなんですよね。もちろん日本を守ることがアメリカの国益を守るという意味があるのであれば米軍は日本のために戦うかもしれません。しかしそれには複数の理由があり、一つには中国大陸への最前線基地としてアメリカを守り、情報を収集するために日本で戦うという意味と、また一つには日本がさまざまな面でアメリカの国益に貢献してきたから守ってやるという意味があるでしょう。そしてもう一つは、多くの人は笑うでしょうが、日本に勝手に戦わせるといつまた日本が暴走して軍事国家になってしまうのかを恐れているためにアメリカが日本の国防を行っているということも十分あるのではないかと思います。


 そう考えてみると、もしアメリカが日本に再軍備の脅威を感じているのであれば、在日米軍の縮小はないかもしれませんね。在日米軍への資金援助を行え、とは言ってくるかもしれませんが。日本自身に国防を任せると軍事力で無言の圧力をかけて外交を行う可能性もゼロとはいえませんからね。もしアメリカが在日米軍の縮小を提案してこなければアメリカは日本を怖がっているのだと考えるほうがむしろ自然かもしれません。であれば先程の論法によって、日本は自衛隊を強化させなくても当面の間国防はそれなりに維持される可能性があります。しかしその国防はあくまで自国の意志に基づくものではないので、必ずしも日本の国益に役立つとは言えません。


 まあ日本の再軍備にアメリカが怯えているのであれば、それはアメリカが納得する程度に押さえておいてやればいいのかもしれません。しかし日本が日本の国益のためにある程度独自の指揮において国防を行えるようにすることは大切だと思います。なぜ今回のような論文が自衛隊から出てくるのか、といえば、やはり今の国防のあり方や国を守る気持ちや国を愛する気持ちについて国民の間で温度差がありすぎるからだと思います。国旗や国歌が学校で大切にされなくてもまかり通ってしまう国などおそらく日本だけだと思います。はっきり言って日本国民として日本に居住している以上、国旗や国歌を大切にすることは当然の義務であって、それは個人の思想や主義主張どうこうの話ではないのです。そんなことを言い出すのであれば日本国への納税拒否すら認められかねられません。日本の国旗や国歌が嫌いなら好きな国に帰化すればいいと思いますが、残念ながらその国では日本以上に国旗や国歌への忠誠を誓わされると思います。でも国旗とか、国歌とか、国防とか税金という話はそういうものなのです。個人の主義主張を超えて優先されることが本来なんですね。そうでないと国家としての存在意義やそこに属する国民のアイデンティティが成立しないからなんですね。それがいやな人は国民を止めてください、というレベルの話なんですね。多くの国民は戦後の極端な左翼思想、リベラル思想教育のせいで誤った意識を植え付けられすぎているのです。


 元航空幕僚長の論文の細かい部分が正しいかどうかは私には不勉強でわかりません。ただ言わんとしている大筋は間違っていないんじゃないかと感じています。村山談話に反するとか、政府見解と異なるとかそういう話をよく耳にしますが、じゃあいつまで日本は謝りつづけないといけないのでしょうか。日本の行動が戦時下におけるものとして本当に間違っていたかどうかを自分たちで検証することもなく、ただ戦争に負けたからという理由だけで謝りつづけることに疑問を感じる人たちも増えていくでしょう。アメリカは日本に原爆を落としても、ベトナムに枯葉剤を撒いても、イラクに大量破壊兵器があるとウソを言って勝手に戦争を仕掛けても絶対に謝りません。サブプライムローンなんて詐欺金融商品をいいかげんな格付けを行って世界中にばら撒いて世界中の経済をめちゃくちゃにしても謝りません。イギリス、ドイツ、スペイン、ポルトガルなども植民地支配で世界中に迷惑をかけまくってましたよねぇ。なんかおかしくないですか?こんな連中に文句言われて日本は謝りつづけなきゃいけないんですかね。日本人が自分自身で不戦を誓って反省するのは大切ですし、結構なことだと思います。だけどいつまでも謝罪を他国から求められるのはいいかげんにしてほしいと思いますわね、だって戦争ですもの、お互い様の部分は絶対にありますもの。「負けました、迷惑かけました、すみません」それが負けたほうの終戦直後の態度ですよね。それを60年も続ける必要があるんですかねぇ、世界中の歴史を見ても。普通それほど謝罪要求が続けば逆襲につながりますよね。


 「逆襲はしませんよ、でも日本国は独立国家として自力で国防を行わせてもらいます。侵略は絶対に行いませんが国際法で認められているレベルの自衛と防衛は行わせてもらいます、だからそろそろあなたたちも60年前の戦争をネタに日本をとやかく言ったりゆするのは止めてくださいね。それからあなたたちが不当に日本国内に侵入してきたらやりますからそれだけは気をつけて行動してね。」じゃだめなんですかね。いや本当のところ、人間の心理として自衛隊にもその国防意識の気持ちの強さを紛らわせるはけ口がないから今回のようなやや暴走にも見えるような意見が噴出してくるんですよ。テレビなどでは文民統制がどうの、とかクーデターの恐れが、などといっている話も聞きますが、そんな話じゃないんですよ。最初に言いましたように防衛省や自衛隊に所属している人たちなどは有事の際の国防に対する意識が強い人なんですよ。戦う際に「自分たちのやっていることは間違っている。反省しなきゃ。」なんてことを最初に考えて戦う人たちはここにはいないんですよね。だけどその強い国防意識を時々血抜きしてやらないと本当にクーデターが起きる恐れがあるんです。


 その血抜きは何かといえば、やはり適切な国防行為ということにならざるを得ないと思うんですね。自衛隊の最大の鬱屈は何かといえば「北朝鮮や中国、あるいは韓国のようなわけの分からん国が勝手に日本国の領土に入ってきて人をさらったり、スパイ活動をしたり、自分たちの領土だと言って日本の島を占拠している。ここで我々が国を守るためにこいつらに一発かますのが当たり前なのに、なぜ戦うことが許されないで遠巻きに見ることしか許されないのか。」ということだと思うんですよね。だから先程も書きましたように、自衛隊は日本の国防のための軍隊なんですから、日本の有事の際には適切に戦わせてあげてほしいのです。それで彼らの心意気やプライドはかなり満たされると思うのです。もちろん戦わないですめばそれに越したことはないのですが、戦わなければならない場面で戦うことが許されない、という自衛隊員にとってもっとも屈辱的で理不尽な状況だけ何とかさせてほしいなと思うわけです。


 こんなことを書いていると「極右」なんてレッテルを貼られちゃうんでしょうが、私は平和主義者ですよ、何度も書きますが。戦うなんてもってのほか、でも戦わなきゃならないときにはしょーがない、戦わないといけないな、と思っているだけですよ。戦い方はいろいろあります。戦うということは極論すれば相手に精神的な圧力をかけることです。言葉による圧力、金銭による圧力、武力による圧力、食料による圧力、等々いろいろなやり方はあります。ですがこれらの中でもっとも強力な圧力は武力です。強い武力を持っているからこそ国の主権は維持されるのは真実で、それを維持するために金銭が必要なわけです。多くの人はスイスを永世中立国であるからさぞかし軍隊も持たない非暴力国家だと思っているのでしょうが、スイスこそ強い軍事力があるから永世中立国家としての国家主権が守られているわけです。日本もアジアのスイスになればよいのであって、侵略のための武力ではなく、国家の主権維持と平和維持のために武力を持てばよいのです。武力を持つこと自体が悪いのではなく、要はその武力をどう使うかということが問題なわけです。


 見た目がいかにも屈強そうな男は誰も戦いを挑んできませんし、おかげで穏やかに日々過ごせますよね。屈強そうな男がわけも分からず戦いを挑んでくるからややこしいのであって(例:アメリカ)、屈強な男が何もしなければ何も起こらないわけです。「何もしないのであれば屈強でなくてもいいじゃないか」という人も居るでしょうが、見た目弱いやつは損するんですよ、何かと。同じ戦わないのであれば、見た目弱いより見た目強いほうがいいんです。それを日本は国家として目指すべきじゃないでしょうか。

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