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「字」のはなし。

2008 - 09/24 [Wed] - 12:58

 よく「字は人を表す」なんて言いますよね。このことについて私の経験から得たことを書いてみましょう。この言葉の意味は「字を綺麗に書く人は心も綺麗」ということが多いわけで、だから「字を綺麗に書きましょう、そうでないと他人からあなたの人間性が疑われる」という話に続くわけですが、まず結論を先に書いてしまいますと、「字は人を表す」かと言えば答えは完全に「ノー」です。字の美しさは人間性の美しさなど一切表しませんし、人間性が素晴らしいから字が綺麗かと言えばそれは全く違いますしむしろ逆だと思います。ただ「字を書く」という行為に対する各人の姿勢や考え方を表すことはあるので字に性格や考え方は表れます。


 まず綺麗な字を書く人、特に達筆といわれる域にまで字を上手に書くことができる人は他人に対して厳しい人が多いですね。これはきっと「自分はこれだけ字を上手に書くことができるのに、なぜあなたはできないのか。それはあなたがだらしないからだ、努力していないからだ。」という頭で他人を見分ける傾向があるからだろうと思います。これは礼儀作法を必要以上に重んじる人にもよく見られる傾向で、こういった方は他人を字、服装、姿勢、態度、礼儀などだけで自分の気に入る、気に入らないを即断し、その後の修正をほとんど行わない傾向があります。まあ一言で言えばプライドの高い「偉い人」ですね。超保守的な教育や考え方が体に染みついた方にこういう方が多いので勢いお年を召した方によく見られますが、必ずしもそうとは限りません。


 ではそういう方々自身はきっちりしているのかと言えば、私が観察した限り他人に礼儀作法などを求める割にはそれほどでもない方が多いですね。こういった方は常に「自分はきっちりしている。自分は正しい。」という意識がとても強いので他人には厳しいのですが、自意識が異常に高いだけに自分に対する客観視はあまり得意ではないようです。ですからともすれば表面的はどうであれ、本心は独りよがりで横柄、取っつきにくい方が多い気がします。


 ですから実は私はあまりに字を達筆に書く方や、丁寧に書く方、そしてTPOから見て過度に礼儀正しい人などを見かけると信頼するよりも先に警戒してしまいます。「この人は何を考えているんだろう。この愛想の良さの裏側で何を本心で考えているのだろう。私のどこをあら探しするのだろう。」と強く思ってしまいます。そういった方は実は身の回りにはそれほどいませんから、もし身の回りにおられればよく観察してみればよいと思います。そういう方は先ほども書いたようにとても他人に厳しい人なので、いくら愛想良く話しかけてきたからと言ってもその人に対してタメ口で話したり馴れ馴れしい態度を取ったりすると最低の評価が下されますので、そういった態度は当分の間しない方が賢明だと思います。そういう意味では「字が綺麗な人」は心が綺麗というより、むしろ「難しい人、慇懃無礼な人」が多いと思います。


 一方で字が汚い人はどうかと言えば、これは本当に余り性格を表していないように感じます。これは私が上場企業の社長直属の部署にいた頃に社長直筆でメモ書きがしてある社内回覧が回ってきたときに気が付いたことですが、私が知っている限りでは社長になる人はみんな字が汚いですね。汚いと言うよりは所謂「チャラ字」であると言った方がいいでしょうか。これを見て私自身も「字が汚くても社長になれるんだから、オレも字が汚くってもイイや」と強く思ったものです。でもこれには理由があると思うのです。つまり偉い人や仕事ができる人は字を丁寧に書くことにエネルギーや時間を注いでいられない、と言うことがあると思うのです。草書や行書は別にしてやっぱり字を綺麗に書こうとするとどうしても時間と手間がかかります。ですから仕事に重きを置いているような方は大変忙しいので字を丁寧に書くことにそれほど意義を見出していないのだと思います。もちろん時間をかければ綺麗に書ける人もいるでしょうが、私が見た限りでは上場企業の社長になるような方はやはり達筆ではなく、そもそもが悪筆である方が多いと思いますね。


 ただ仕事ができる方々の字には力があります。チャラ字ですがとても力強い字を書きます。比較的大きめな字でサッサッ、と筆圧を強く書きますので、この辺りにその方の自信や考え方が表れているような気はします。そういう意味で言えば、字が小さく書く人はその人そのものも、考え方もパワフルでない感じがします。よく言えば慎重、悪く言えば小者で小心者、という傾向はあると思います。ですからもし字が人を表すとすれば字の大きさに性格がでるという気はしますので、今小さな字をコチョコチョと書いている方はとりあえず字を大きく書いてみてご自分の殻を破ってみてはいかがかなぁと思いますね。


 ただ先ほど字が汚いからと言って性格を表しているわけでないと書きましたが、だらしない字を書く人はこれは要注意です。例えば手紙やハガキの表書きのようにどのような状況であってもできる限り丁寧に書くことが当然である場面にもかかわらず(この場合綺麗に書けるかどうかは関係ありません)、だらしない字を書いてくる人は残念ながらあらゆる物事について意識が低すぎる傾向があるのであまり高い信頼を寄せない方が良いと思います。もうこれは字云々の話ではなく、その方の生き方そのものの問題と言ってよいと思います。自分のベストでよいので丁寧に物事を行わなければならないような状況においても無頓着にだらしなくできると言うところが問題なわけです。


 また時々楔文字のようにあらゆる文字の角を鋭角に書く方がおられますが、これはこの字の通りに性格も鋭角な方が多いですね。まあ「ナイフのようにとがっている」と言えば分かりやすいでしょうか。当然友達はあまり多くありませんし、触るもの皆傷つけるタイプなので相当な変わり者です。歳を取ったからといって変わるわけでもありません。同じ職場に長く勤めることはあまりありませんが、希に余程度量の大きな人の下ではそれなりに勤め上げることもあるようです。しかし変わり者なので常に周りとのトラブルは消えることがありません。


 ということで結論に行きますと、字は人を表しません。但し字を過度に綺麗に書く人やだらしなく書く人、そして楔形文字にはちょっと注意しましょう、ということでしょうかね。それから小さい字を書く人はいろいろと損をすることが多いかもしれないので、自信を持って大きく力強く書いてみましょう、というところですね。それ以外の大多数の方は字などそれほど気にすることはないですよ。もちろんいざというときには字は汚いより綺麗な方が良いですから、できるだけ綺麗に書けるように努力したり練習することは一つの礼儀としてとてもよいことだと思いますが、「字が綺麗に書けないから自分はダメだ」なんて落ち込むことは全くないと思います。だって字を上手に書くってことも一つの芸術、才能みたいなものなのですから、どれほど努力したからといってみんなが字を上手に書けることなどあり得ません。誰もがスポーツ万能や絵が上手なわけでもありませんし、スポーツや絵が上手にできるからといって人間性が素晴らしいと思うはずがないのと同様に、字が上手に書けるから人間性が良い、下手だから悪い、なんてことがあるはずがありません。


 大切なことはいざという場面にあなたが一生懸命良い字を書こうとして努力したことが伝わればよいのであって、綺麗な字を書くことだけが素晴らしいわけではありません。歴史上の人物(特に近代)や社会的地位が高い人などの字を見れば彼らが達筆でないことは容易に分かりますので、字の綺麗・汚いで人間性や社会的地位までもが決まってしまうなんてことは絶対にないと思いますよ。ぜひ安心して自分らしいおおらかな字で自由に書いてみて下さい。それが一番だと思いますね。

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