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一人で死ぬということと「お迎え現象」

2016 - 10/20 [Thu] - 13:40

今日ふとネットのニュースを見ていますとこんな記事を見かけました。

ひとりで死ぬということと「お迎え現象」

いい記事ですね。こういった内容の記事は多くの場合筆者の個人的思想信条や宗教を広めるためのものであったり、オカルトチックな内容であることが少なくなく、「ああ、またこうやって人の死を利用した不愉快な記事か」と思うことが多いのですが、これは違いました。ごくごく冷静に淡々と実際の事例を書き綴り、宗教的なものとは別の次元での「お迎え現象」は、人が安らかに死ぬために必要なプロセスになっているのではないかとの見解ですね。

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私もそうですが、人間年齢を重ねてきますと様々な人の死を受け入れざるを得なくなります。人はいつか必ず死ぬわけで、極論すれば人は死に向かって生きていると言ってもよいのかも知れません。でもだからこそよりより日常生活を過ごそうと努力することに大きな意味があるんですよね。

いかに最期までよい人生を送れるか、そして最期を安らかに迎えられるか、大げさに言えば、それが人生の目的ということになります。そのためには自分が亡くなったあとに不安が残るようではいけませんから、残された人が不安にならないような状況を整えておいてあげたいと思うものです。

そうするためには、元気に働いているときからその準備をしておかないといけないんですよね。つまり普段から後悔と心配をしないですむような努力を重ねていることが、結局よい人生の最期を迎えることにつながるのではないかと思いますね。で、もっと言えば、常日頃そのような生活を行っていれば、もし不慮の事故で急に最期を迎えることになったとしても死ぬ直前で後悔することが少しでも減ると思うんですよね。

やや宗教じみた話ですが、結局のところよりよい人生を過ごすと言うことはよりよい死を迎えることにつながるのだと思います。有名芸能人などを見ていても、若い頃は好き勝手やって異性関係も奔放な方が晩年は誰にも世話をしてもらえず孤独に死んでいく、というケースが少なくないですが、やはりその人の人生は結局晩年に集約されるのではないかと思いますね。

普段からよりよい人生を送ろうと心がけ、努力することが、最終的にはよい死を迎えることにつながっていくのだと思います。それは決して病気で苦しむとかそういったことではなくて、晩年におけるその人個人の心が幸せかどうかという話ですね。できれば、そういう心安らかに死んでいけるような人生を過ごしたいものです。

自分が死ぬときには、何の心配もなく心穏やかな死を迎えたいというのが大きな人生の目標ですね。晩年不幸なのは本当に不幸な人生です。できれば晩年を幸せだと感じながら過ごせる人生にしていきたいと思いますね。

まあ、幸か不幸かまだ私には自分の親や先祖が夢枕に迎えにきたことはありません(笑)。それはまだまだ現世でやるべきことをやっていないということなんだろうと思いますね。まだまだ死ぬには早い、ということなんでしょう。だからもっともっと一生懸命に働いていろんな方のお役に立てるようにしなければなりませんね(笑)。

それが税理士である私が「よい死」を迎えるためにしなければならないことだということなんでしょう。

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