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投稿見てヘコむ…でも止められないFacebookとの上手い付き合い方

2015 - 11/17 [Tue] - 13:59

ネットで面白い記事を見かけました。そのタイトルは「投稿見てヘコむ…でも止められないFacebookとの上手い付き合い方」というもの(笑)。


まあ、私の場合はヘコむことはないですねぇ(笑)。もういい加減歳をとってますので、別に友達や知り合いの誰かが幸せだろうと、自慢しようと、その書き込みを見たからといって気分が落ち込むことはないです、まったく。

ただ、単純にその自慢を鬱陶しいな、と感じることは少なからずありますね。これはきっとフェイスブックをしているみなさんも何度か感じたことはあると思います。そういう書き込みを目にして

「話題についていけない」
「なに書いてるのか意味がわかんない」
「みんなの前で自慢したいだけ?」

などと思うことはありますよねぇ?

まあ、実際のところフェイスブックって友達同士の情報交換、みたいなところがサービスの原点みたいなものなのでしょうけれども、当然こういうサービスが普及してくると、その「友達」の中には自分のことをアピールしたい性格の人や、「別に自分の話は書かなくてもいいや。そんなに面白くもないし、ウケる話でもないし」と思って自分の話はあまり書かない人の二通りにピシっと分かれてしまうように思います。

書き込みを続ける人たちはひたすら書き続けますし、沈黙する人はひたすら沈黙し続けます。沈黙する人の中には、フェイスブックを開こうとしない人も結構多いんじゃないかと思います。アメリカのように自己アピールすることが善、という価値観とは真逆の文化を持つ日本では、このように二通りに分かれ、そして沈黙してしまう人のほうがどちらかと言えば多くなるのではないでしょうか。

とはいえ、自慢話というものは、例えそれが友達のものであったとしても、やはり日々ずーっと見せつけられ続けるのは誰しも愉快なものではないと思います。正直、「ヘコむ」というより「ウザい」というほうが感情としては強いと思うんですよね。見せつける人たちはひたすらにご自分の「リア充」を自慢しようとしますけれども、見ている側とすれば「べつに、それがなによ?」といったところですからね。

上記のリンク先の記事にあるような「自らの生活に不満を感じる」とか「うつ症状」というのは感じたことはないですね。ただ「FBは退席できない厄介な家族のディナーパーティー」という表現はとてもピッタリする気がします。そう表現しているのがアメリカ人だというのが興味深く面白いところですが、結局のところ、自己アピールに余念がないアメリカ人にとっても、友人たちの自己アピールに延々と晒され続けることは精神的に楽しいことではないことがわかります。

私の場合には、フェイスブックに関しては自分にとって楽しいと感じる話題だけに反応することにしています。それ以外の書き込みについてはまったく見ないようにしていたり、もし見てしまっても非表示にして以後その記事が表示されないようにしています。そうすることで自分の心がムダに動かされないように使っています。

なので、見ていて不愉快に感じる書き込みが多い人に関しては、端からフォローを止めていて書き込みが表示されません。なので、その人が自分の書き込みとしてどのようなことを書いているのかまったく知りませんけれども、それはまったく気になりません。そうやって使う限りにおいては、フェイスブックもそれほど不愉快なものではありません。もちろんフォローを続けている友達の中にも、時々本当にまったく興味ない話題を繰り返し書き込むことがありますので、そういう場合に限り書き込み単位で非表示にします。

なんでフェイスブックが多くの人にとって不愉快なものになってしまうのか、という理由は、きっと書き込みを行う内容が「不特定多数の人に宛てたもの」になっているからでしょうね。その書き込みを見せる相手は、一応友人や知り合いに限定されてはいるのですが、多くの場合は「特定の誰かに見せるもの」ではなくて「相手は特に決めていないけど、できるだけ多くの人に見てもらいたい」と思って書いているはずです。

それが結局トラブルのもとなんでしょうね。私のこのブログのように、本当に不特定多数の方に対して何かを書いている場合には、その書き込みをご覧になる方は完全にご自分の意志でお読みいただいているわけですから、当然ながら私の文章を不愉快に感じる方は端から私のブログなどお読みにはなっておられないわけです。「読んでやってもいいよ」とお感じになってくださるありがたい方たちだけが、この私の拙い、意味不明な文章を読むという「奇特な行為」にお付き合いいただいているわけでございます(笑)。

しかしフェイスブックは違うんですよね。完全に書き込みを読ませる「相手」というのは決まっているんです。限定されているんです。にもかかわらず、まるで不特定多数の、ブログにでもアップするような話題を書き込んでしまうから、読んでいる側はひいてしまったり、鬱陶しく感じたりするわけです。

フェイスブックは、あくまで自分のことをある程度知っている友達や知り合いを対象にして情報を発信するツールなのですから、そこには当然ながら、ある一定のマナーとして「お互いの人間関係を悪くしないような情報交換をしよう」という暗黙のルールが有るはずなのです。ところが、現実として、先ほど書いたように「まるで不特定多数に見せるための内容」を書き続ける人がいちゃうので、「それはマナー違反だろ?」と反発を食らうことになっちゃうのです。

フェイスブックでただひたすらに他人の文章を引用して拡散したり、仕事先の商品の宣伝などをする人も、まったく一緒の理由で煙たがられますよね。だってそんな情報ばかり見せられたって、見ている側は迷惑なだけなんですもの。ですから、一時期「フェイスブックをビジネスに活用しよう」なんて言っていた人たちもいましたが、それを信じて個人がビジネスにフェイスブックを活用しようとすると即効でマナー違反になっちゃうので、ものすごく嫌がられますよね。

私はもうフェイスブックに記事を書くことは殆ど無いですね。きっとこれからも記事を書くことはあまりないと思います。理由は、「よく知っている友達や知り合い全員にわざわざ一斉に知らせて、一斉に楽しんでもらえるような情報などないから」ですね。私の平凡な日常など、別に友達に逐一報告する必要もないですし、友達もいちいちそんなこと教えてほしくもないでしょう。また自分の考えていることや日々のできごとを他人に伝えたいと思うのならこのブログや、それこそ地面に穴掘って喋るようなツイッターもありますからね(笑)。また本当に他愛もない日常の情報交換をしたければ、LINEで気のあった友達同士だけでやり取りをすればお互いきちんと気を使って楽しめますからね。

私の場合はそうやって自分のニーズに応じてブログ、フェイスブック、ツイッター、LINEを使い分けているので、それなりに楽しめているのではないかと思います。その中でも自分にとって一番位置づけが低いのはフェイスブックでしょうか(笑)。フェイスブックを始める前にはMIXIも少しだけやっていましたが、MIXIは私にとっては本当につまんない場所でした(笑)。

正直言って、フェイスブックもそれに近いのですが、それでもそのなかでも楽しいやり取りもありますので、いまだに日々チェックしている状態です。しかしほぼ完全にリードオンリーだけですし、もし可能であるならば退会もひとつの良い選択ではないかと思っています。ただ、昔からの友人たちとの「楽しいやり取り」が時々あるので、そのためだけに退会せずに残っている、といっても過言ではないです。

とにかく、フェイスブック、自分の考えばかり語ったり、自分のリア充を自慢ばかりしたり、他人の意見を受け売りで拡散ばかりしたりすることがなければそれなりに居心地が良いスペースなんですけどねぇ。言ってみればフェイスブックって、ロビーで友達と一緒にくつろいでいるようなスペースに居るのと一緒なんですよ。もしそこに一人だけ他人の話は一切聞かないで自分の話ばかりしたり、自分の仕事の宣伝ばかりする人がいるとうんざりするでしょ?(笑)

みんな楽しく過ごしたいんですよ、共用スペースのロビーでは。そういう意味ではバーチャルなフェイスブックも、ロビーで顔つき合わせて集まっているのも、みんなが感じることは一緒だと思いますよ。きっと日本だけじゃなく、アメリカでも、世界でも。そういう「一緒にいる人達を不愉快にさせない」という配慮がバーチャルでも必要なんでしょうね。

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