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民主主義を勘違いしてない?

2015 - 09/27 [Sun] - 15:39

今日もネットのニュースを見ていますとこんな記事を見ました。

安保法成立:「映画監督の会」が抗議声明

うーん、正直言いまして、ジョンレノンの「イマジン」を引き合いに出すまでもなく、ミュージシャン、芸術家、作家、俳優そして今回の映画監督などもそうだと思いますが、アート・芸術の世界に生きておられる方はご自分の「理想とするもの」を表現することを生業としているからか、どうしても現実の社会においても空想的というか、理想や夢を追い求めておられるのかなぁ、と感じてしまいます。

だから「戦争のない平和な社会、差別のない平等な社会」という、リベラリストが好む世界を理想とされておられる方が多い気がします。それは、もちろんそうですよね、そういう社会が実現すればそれほど望ましいことはないですよね?

でも、残念ですが、この方々自身がそういう社会の実現が不可能であることを図らずも証明してしまっています。そもそも戦争や争い、そして差別といったものは人々の「価値観の違い」から生じることがほとんどです。ですから、そういう戦争や差別といったものを世の中からなくすためには、「価値観の違い」を「容認」することが大前提となります。だって世の中には自分と全く同じ考え方をしている人なんて一人もいませんからね。すべての人は、必ず自分と違う感情、考え方を持っています。

しかしこの映画監督たち自身、安保法案に対して「反対」していますよね?「個人的には賛成しないけど容認する」という立場じゃないですよね?じゃ、この監督たちは与党・政府に対して「価値観の違いの容認」ができていないことになりますよね?つまりそこには「争い」や「批判」が生じることになりますよね?じゃあ、「戦争や争いのない平和で平等な社会」なんて実現不可能だ、ってこの監督たちが証明しているに他ならないじゃないですか(笑)。

こういうところがリベラリストの方たちが抱えている「自己矛盾」なんですよね。その矛盾にご本人たちは全く気が付いていないんです。いや、気が付いていないというより、ご自分たちの意見が「絶対的に正しい」と思っておられるので、それ以外の意見を持っている人のことを許すことができないのです。何しろ「理想」と「夢」に生きている人たちですからね。現実的にいろんな意見や反対意見をを持っている人がいることや、その人たちと折り合いをつけて世の中を暮らしていくことなど、端からご自分の思考の中で想定していないんです。

ご自分たちは「戦争や争いのない、平和で差別のない社会を!」とか言っておきながら、自分と意見が異なる人たちが目の前に出てくると突然ケンカ腰になって口汚い下品な言葉を恥ずかしげもなく発して批判を行い、デモを行ったりするのです。こんな矛盾した考え、ほかにはないですよ。

結局、リベラリストに言わせれば、「戦争や争いのない平和で差別のない社会」を実現するためには「世の中の全員が私と同じ考えになれ」ということになるわけですよね?それは、いささか不遜が過ぎませんか?(笑) 自分たちと同じ考え方の人たちとだけ仲良くして、意見が異なる人たちにはひとかけらの理解も示そうとせず総攻撃をかけるだなんて、差別と暴力そのものじゃないですか(笑)。

私はリベラリストの方のようには思いませんね、絶対に。私は世の中には意見の違いや争いがあって当然だと思いますし、差別や格差は生じても仕方がないと思っています。だって人はすべて体格も美醜も、考え方も、宗教も、育ってきた環境も、今生きている環境も、すべて違いますからね。誰一人として同じ環境で暮らしていない以上、すべての人が異なる考えを持って当然だと思っています。

だから、そこには当然争いも生まれるし、他人に対する差別も生じると思います。それは人が人として暮らしている以上、絶対に避けようなないことだと思っています。しかしそれを放置しておくと世の中がめちゃくちゃになってしまうので、法律で個人の行動を抑制したり、あるいは実際に争いが生じてしまった時のため、そして未然に争いを防止する目的で警察や機動隊、弁護士や裁判所、そして軍隊が存在しているのだと理解しています。

そりゃ、誰もが他人の考えを笑って許し、誰もが他人を嫌いにならなければ世の中平和で幸せですよ。でもそんなことありえないじゃないですか。だって現に平和を標榜する映画監督たちだって安倍政権と与党を公然と批判してるのに(笑)。彼ら自身が「平和社会の実現には何が大切か?」ということを一番わかっていないと言わざるを得ません(笑)。

そう、ですから、究極を言えば、世の中誰も他人の意見をすべて容認しながら生きることなんてできないんですよ。それはリベラリストであろうこの映画監督たちが見事に証明してくれています。目の前に自分と正反対の意見を持つ人が現れたら、それを理解して容認しようとするのではなく、その反対意見に対して口汚く批判しようとする - それが悲しいかな人間の偽らざる姿なんです。

・・で、すみません、全然前段が長くなってしまったのですが(笑)、この映画監督たちは「国民の抗議の声を全く無視した暴挙は民主主義の蹂躙(じゅうりん)」と、今回の安保法案成立を行った政府・与党を批判しているようなのですが、「国民の抗議の声を全く無視した暴挙」とか「民主主義の蹂躙」とか言っていますが、本当にそうでしょうか?

だって「国民の抗議の声を無視」と言っていますが、別に国民の全員が安保法案に反対しているわけでも何でもないですよ?そりゃ映画監督たちの周りには左翼・リベラリストたちが多いので反対している人が多いかもしれませんが、世の中リベラリストたちの意見だけがすべてじゃないですよ。ましてやデモをしている人たちの意見が正しいわけでも、大多数なわけでもありません。

マスコミなどの世論調査においても、反対意見を示す方の数が多いように報じられていますが、これについても正直言って参考程度の数字にしかなりません。だって誰を対象にして、どのようにフェアな手法でアンケートを取ったのかわかりませんからね。だって、私は生まれてからかなり長い時間経っていますし、大都市で暮らしていますけれども、今まで一度としてこの手の世論アンケートの対象になったことがないですからね(笑)。

ですからマスコミの世論調査の結果については、サンプリングの公平さに少なからず疑問を持っています。だってマスコミ各社で正反対の結果が出ることだって少なくありませんから、明らかにサンプリングや設問において何らかの意図が働いていると思わざるを得ませんね。だから、マスコミの世論調査の結果や、国会前でデモを行って叫んでいる人たちの意見が「国民の抗議の声」だと思うことは間違ってると思いますね。

で、さらに言えば、仮に世論調査の結果が正しかったとして、そしてデモにたとえ10万人、100万人集まって反対活動が行われたとしても、それは今の日本の「民主主義制度」においては、まったく「国民の声」にはならないし、ましてや「民主主義の蹂躙」にもなりえないです。

なぜなら、世論調査の結果と言っても、しょせんは国民総数から比すればごく少数のサンプルの中から「ある傾向」を抽出して分析した結果にほかなりませんし、デモに10万人、100万人参加したって、それも全国民から見れば高々0.1%弱、1%弱の「一部の人たち」の声に過ぎないからです。現実論とすれば、残りの99.9%、99%の人たちの声は全く無視されています。

そう、この映画監督たちが勘違いしているのは、まるで「政治には国民一人一人の意見が即座に反映されなければならない!政治はそうあるべきであって、そうしない政治は横暴だ!民主主義を無視している!」と思っているところなんですよね。これは現在の日本の「民主主義制度」を全く理解してない意見で、逆にこういう意見のほうが横暴で不遜に思えますね。

この監督たちが言っている「民主主義」とはいわゆる「直接民主主義」のことを言っているのでしょう。生徒会長を選ぶようなもので、有権者が直接リーダーを選ぶようなシステムですよね。でも今の日本の、いや世界のどの国の「民主主義制度」もそんな「直接民主主義」じゃなくて、「間接民主主義」すなわち「議会制民主主義」と呼ばれる制度です。アメリカの大統領だって間接選挙によって選ばれていますから、あれだって「間接民主主義」です。

皆さんご承知のように、「議会制民主主義」においては、私たちは私たちの代表として議員を選挙で選び、その選挙で選ばれた議員たちが議会において政治を進めていくことになっています。つまり私たちが「議員を投票によって選ぶ」ということこそが「議会制民主主義」における最大の権利行使の場であって、その代表が議会でどのようなことを議決し、実行するかは議員たちに完全に委ねられています。そこを間違ってはいけません。

ただ、そうやって直接国民の意見が政治に反映されないシステムであれば、議会で多数を占めた政党がそれこそ国民を無視した独裁政治を行う恐れがあるので、衆議院も参議院も任期があるわけです。どんな横暴を働こうとしても衆議院では4年で選挙が行われるので、そこで横暴を働いた政党の議員たちは選挙の洗礼を受けるわけです。それが日本の「民主主義」です。

だからこの映画監督たちが政権と与党を批判する言葉の中に出てくる「国民の抗議の声を全く無視した暴挙は民主主義の蹂躙」という表現は100%間違っているのです。どれほど世論調査で反対意見が高くとも、また国会前でデモを行う人が多いとしても、そんなもの政権与党は無視したってかまわないし、そもそも耳を傾ける必要などないのです。だってそれらは正当な手続きを経て得られた「世論」でも「国民の意見」でもないからです。

そう、日本の「民主主義」において「世論」や「国民の意見」が反映されるのは、国政選挙の場においてのみです。そこでどの政党の議員を支持して有権者が票を投じるか、その一点にこそ「民主主義」は集約されているのです。そこを勘違いしてはいけません。もし自分たちが選挙で選んだ議員の属する政党が横暴な政治をしたり、無能なことをしたら、それはそういう政治を行う政党の議員に票を投じてしまった私たち自身の見る目のなさを恥じて反省すべきことであって、公然と「アホな与党」とか「こんな政治するくらいなら辞めてしまえ」とか批判することは、自分たちの行為を自分たちでけなしていることと一緒です。

私自身は、先ごろの民主党が第一党になったことに少なからず期待を寄せていた部分がありましたので、そのことを大いに反省する気持ちだけは一生忘れないでおこうと思っています(笑)。それこそ「あんなひどい政治を行う政党を、なぜ国民は第一党として選んでしまったのか?」という、国民としての反省は絶対に忘れたくないと思っています。

ですから、映画監督の皆さんも、こんなしょーもないコメント発表して民主主義に対する無知と自らの左翼指向をさらけ出すような恥ずかしいことはしないで、あなたたちのその現政権に対する反対の意思は、ぜひ次の参議院選挙や来るべき将来の衆議院選挙でしっかりと意思表示していただきたいと思いますね。

そしてその時の選挙の結果こそが、本当の「国民の意見」であり、「世論」であり、「民主主義による結果」ですからね。だから、今回の安保法案について強い意見を持っている方がおられるのであれば、それは是非とも次の国政選挙においてしっかりとご自分に与えられた権利を行使して投票することによって、その意思を表してほしいと願いますね。

デモや、有名人がマスコミを使って反対意見を述べることは決して民主主義でも、国民の声でもなんでもありません、まったく。

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