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一票の格差、どこまで是正すべき?

2015 - 08/01 [Sat] - 00:48

日本中の弁護士のみなさんがなぜか妙に一生懸命になっている一票の格差ですけど、最高裁でも違憲の判決が連発していることもあってか、与党は10増10減なる新たな区割り案を提案しているのだそうですね。

ところが、先日行われた全国知事会において、「この10増10減案ではますます地方が切り捨てられる政治になってしまう」と懸念する声が噴出したのだとか。

結局のところ、いくら弁護士や裁判官などの法曹界が「違憲だ!公平な選挙権を各有権者に与えるためにも、一票の格差を即座に見直すように!」と強行に求めたとしても、現実的には「そんな一票の格差なんかがなくなった区割りになったら、田舎や地方から選出される国会議員の数が減るので困る!」という現場の声が聞こえるようになるわけですよね。

いや、これはこのブログでも以前から何度も書いてきた話ですけど、「公平」だの「平等」だのってすぐ主張したがる方たちが世の中にはたくさんいらっしゃるのですが、そんなに世の中簡単なものじゃないんですよね。もちろん、民主主義の原則は、最近よくこのブログにも書いていますように「有権者の投票によって選ばれた議員の投票による、多数決による決定」です。

その場面においては、当然ながら一人一人の有権者の投票の価値は可能な限り等しくあるべきだと思います。議員一人を選出するために必要な投票数に差があれば、有権者の意見が等しく議会に反映されないことになってしまいますからね。

しかし、物事には何事においても例外があるように、そのように言っても、機械的に一人一人の選挙権の価値を等しくしようとすれば、当然ながら人口密度の高い地域においては割り振られる議員数を多くしなければならなくなり、逆に過疎地においては議員を一人割り振ることすらできなくなってしまうことになるんですよね。

例えば東京の世田谷区に人がたくさん住んでいるからと言ってそこにたくさんの議員数を割り振ったとしても、その議員たちは世田谷区における狭い地域の同じような問題点を複数の議員が主張することになるだけなんです。一方で、世田谷区の人口よりも少ない人しか住んでいない島根県では、県全体に世田谷区に割り当てられる議員より少ない議員が割り当てられることになってしまいます。

そうなると島根県の過疎地などにおいては、複数の町村にまたがる広大な面積の選挙区においてたった一人の議員しか選出されないことになり、世田谷区の何倍もある広大な地域の問題点や意見を伝える人がたった一人しかいないといういびつなことになってしまうのです。

それが果たして公平な選挙制度なのか?といえば現実問題として難しい問題が生じるでしょう。1千万人の住民を抱える都と、数十万人しかいない県のそれぞれから選出される議員数を、単純に人口比で割り当てて都に県の十数倍の議員を割り振ればいいか、といえばそんな単純な話ではないわけです。そんな狭い地域にたくさんの議員を割り当てると逆に無意味になりかねないのです。

いくら日本の人口の10分の1を越える人口が住んでいると言っても、東京都の面積など日本の中ではごくわずかなもの。しかし単純に一票の格差を是正するのであれば、日本の国土から考えれば極めて狭い東京の地域における話題や問題ばかりが国会で取り上げられることにつながり、ほとんどの日本人にとっては大して興味も関心もない議題ばかりになってしまうおそれがあります。

まあ、一票の格差を是正する、ということは極端に言えばそういうことです。もちろん、弁護士や裁判官も一票の格差を全くなくしてしまえ、と言っているわけではなく、一票の格差に上限を設けて、格差が広がりすぎないように、と主張しているところではあります。

しかし、一票の格差を突き詰めて考えるならば、これは上限を設けたとしてもそのばらつきの範囲内に格差を抑える必要があるわけで、そうなるとこれからの少子高齢化でますます限界集落が増えるであろう地方の過疎地においては、その地域の問題が国会で取り上げられる可能性はやはり減っていくことになるのです。

当然過疎地に高速交通網を整備しよう、とかそんな主張を行う人がいなくなりますし、逆に歳出を抑えるために投資効果が少ない過疎地域へのインフラ整備は止めてしまおう、という都会ならではの経済論理がまかり通ることにもなりかねません。

いえ、本当にこれからの少子高齢化と、都市への人口集中化の流れを考えてみると、全国知事会の知事さんたちが懸念しているように、一票の格差是正に基づいて選挙区の区割りを見直すと地方切り捨て、地方無視の国会になるおそれは非常に高いと思われます。

権利と平等を主張する法曹界と、現実的に住民生活のことを考えなければならない政治、特に地方政治や自治体においては、今回のように真っ向から意見が対立してしまうことがこれからもたくさんあるのではないでしょうか。

私個人としては、これからの時代においてもできる限り日本の広い国土が住む人にとって魅力的なものであって欲しいと願っていますので、人口が少ない田舎でもできる限り不自由のない生活が実現できるようになって欲しいと思います。

もちろん、介護や福祉、その他物流やビジネスなどのコストと効率を考えると、少なくなる人口が地方に散らばっているより、できる限り集中して居住するほうがよいことは明白です。それは十分承知していますが、しかしそれだけを良しとしてしまいますと、過疎地には人間は住むべきではない、地方は切り捨てて農地や山林は荒れ放題荒れてもしかたない、という考えになってしまいます。

できればそうならないで、人口が少ない場所に住みたい人も可能な限りその地域で生活に必要なサービスが受けられるように、何とかなって欲しいと願っています。政治もそういう地方の生活を支えるものであって欲しいと願いますし、当然ながら選挙制度も地方を切り捨てないですむものであって欲しいと、強く願いますね。

もちろん、そこは経済合理性とか、権利の平等、といった現代的・先進的な価値観だけでは判断ができない、極めて解決が難しい政治的な問題だとは思いますが・・。

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