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民主主義の破壊?

2015 - 07/21 [Tue] - 00:44

最近の安保関連法案の衆議院可決などに関連して、様々な方面(主にちょっと左系の団体や個人が多いと思われますが)から「民主主義の破壊」とか「民主主義の否定」などという批判の声が聞かれますね。

学者1万人超が抗議声明=強行採決「民主主義の破壊」―東京

なんでも学者さんたちがたくさん集まって「民主主義の破壊」と言いながら抗議したようですね。といっても、大学の学者さんたちって大体リベラル、左翼系の人がもともと多く、ノーベル賞を受賞した学者さんが参加されてるからといって「だからなによ?」って感じがしないところも少なくないですが(笑)。学者さんたちって本当に浮世離れしているところがありますし、抗議している学者さんたちは世代的に学生運動に参加されたような方も多いでしょうから、「昔とった杵柄」という感も無きにしもあらずです。

でもですね、この学者さんたちは今回の安保関連法案の強行採決について「民主主義の破壊」とおっしゃるわけですが、それはどうなんでしょうね。だって、民主主義、それも議会制民主主義って、選挙によって選ばれた国民の代表たる議員さんたちが、議会において多数決でものごとを決めることでしょう?確か小学校あたりの授業で習ったと思いますが、そういう意味では、今回の強行採決は「民主主義の破壊」ですか?

私は違うと思いますねぇ。これはどう考えても民主主義の原理原則に則っていると思いますよ。むしろ採決の際に本会議場から棄権退席した野党議員たちのほうがよほど「民主主義の破壊」というか「民主主義の放棄」を行っていると思いますね。

確かに多数を占める政党が今回のように与党単独採決でものごとを決めていくと、何でもかんでも与党の思い通りの政治ができることになって危険かもしれません。しかしそれを国民が一定期間ごとに選挙でチェックすることができるのが、戦後の民主主義の要点でしょう?

安倍自民党が国民の意志に反して勝手に暴走している、と思うのであれば、次の衆議院か参議院の選挙の際に自民党に票を入れなければいいんじゃないでしょうか?そして、その時の民意によって選ばれた新しい政権が、安倍政権の時に作った安保関連法案を改正すればよいのではないでしょうか?それが「民主主義」なんじゃないでしょうか?

だって、「民主主義の破壊」と言ったって、その「破壊」行為を行っている安倍自民党政権の誕生を望んだのは、紛れも無い私達日本の有権者じゃないですか。それまでの民主党のとんでもない政権運営を見て、「これじゃ日本はダメになってしまう。もう一度安倍が率いる自民党に日本を託してみよう」と思って票を入れたから安倍政権が誕生したんでしょう?これは「民意」じゃないですか。

だから、そうやって国民の総意で選ばれた自民党政権が、与党単独採採決によって安保関連法案を決議したことも、これは紛れもない「民主主義」じゃないですか。このプロセスにはなにも手続き上の問題点はないと思いますよ?

ただ、その決議した内容が気に入らないのであれば、次の選挙で自民党に票を入れなければいいじゃないですか。それだけのことでしょう?前回の選挙で安倍自民党を大勝させ、そのご数年間の日本の政治を彼らに託したのは紛れもなく私達自身なのですから、それは甘受せざるを得ないでしょう。

というより、私自身は別に今回の安保関連法案の単独採決だって、別にそれほど悪いことだと思っていませんしね。なんか、話を聞いていると、反対する皆さんは「憲法違反」とか「9条死守」とかそんなところばかりの議論にとどまっていて、結局のところ安保関連法案の内容とか、必要性とか、日本がいまどういう状況にあって、それを改善するためになにが必要か、とか、そんなところは全然議論していませんよね?

だから今回の安保関連法案について「中身がわからない」とか「説明不足」とかおっしゃるわけですが、そもそも「憲法違反」という議論の入り口で思考が止まってしまっていて、そこから先の肝心の内容の議論まで進んでないじゃないですか。というか、入り口で止まってしまっているせいで、そこから先の内容を理解しようとなさっておられないようにしか見えません。

一万人も集まったという学者の皆さんもまったく一緒だと思います。彼らも「憲法違反」というところばかりを主張して、肝心の安保関連法案の内容の是非とか、それが必要とされている日本を取り巻く外交の状況とか、そんなことはまったく論じようとすらしません。

憲法を守って外国から侵略されるのが良いのか、それとも憲法の解釈を少し柔軟に変えて現在の差し迫っている外交・防衛問題に現実的に対処できるようにするほうが良いのか、本来の議論はそこで行なうべきなのに、反対派の皆さんは「憲法を守れ」としか主張なさらないのです。

前のブログにも書きましたけれども、私はイヤですよ、そんな憲法を守っているだけで中国や韓国、ロシアや北朝鮮から日本の国土が攻められるのを黙って見ているなんて。そんなばかみたいなこと、絶対嫌ですよ。通りすがりの暴漢にいちゃもんつけられて殴られている時に、「僕は戦うことが憲法で許されていないから。とりあえず冷静に話し合おう」と言いながら何の抵抗もせずに殴り殺されるのなんて、タダの理想主義バカじゃないですか。そんなことされて家族が喜ぶと思うんですか?無抵抗で殺されるなんて、そんなのアホですやんか。

私は日本にそんな国になってほしくないですよ、正直言って。守るべきところはしっかり守る。戦わなければならない相手に対してはしっかりと戦って、領土と国民の安全を守る、そういう国であってほしいと思います。時代が変わって、憲法の従来の解釈が追いつかなくなってきたのであれば、憲法の解釈を柔軟に変えれば良いのではないでしょうか?

学者の方々が主張されるように「憲法違反だ!」というのであれば、じゃあ、憲法を変えれば良いじゃないですか。憲法を変えれば学者連中も文句無いでしょう?もう二度と「憲法違反」と文句を言うことはできなくなるでしょう?じゃ、憲法を変えましょう。

いや、究極はそこだと思いますよ。憲法の改正だと思います。けれども「そこまでやる必要はない。なんとか解釈を時代に合わせて変えることで、そこは対応できる範囲ではないか?」と思う人が多ければ、憲法を無理に変えなくても良いのではないでしょうか?結局はそういう議論でしょう?

なのに、学者連中は安保関連法案の中身とか、外交・防衛の実情などを理解しようともせず、ただ「憲法違反」とバカのひとつ覚えのように繰り返すだけ。さすが安保闘争の影響を強く受けた方たちですね。

今日もテレビで言っていましたが、数年前は自衛隊は年に20数回くらいしかスクランブルをしなかったそうですが、近年は400回超のスクランブルを行っているのだそうです。それだけ近年は中国やロシアなどが日本の領海や領空を侵犯している事例が増えてきているんです。それがいまの日本を取り巻く現実なんですよね。

残念ですが、日本もそういう「敵」に適切に対処せざるをえないんですよね。従来と同じような対処だけしてれば敵が去っていく、という状況ではないんですよね。そういう現状をしっかりを理解する議論を行う以前に、憲法違反という論点だけで安保関連法案の議論が終わってしまっているという事こそ、日本の民主主義、というか日本の政治や日本人自身の安全に対する意識の質が問われているように感じますね。

非常に残念に思います。

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