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性的少数者に対する差別をなくすこと

2015 - 07/03 [Fri] - 18:04

テーマとして取り上げてみたものの、正直気が重いテーマです・・(笑)。アメリカでは性的少数者、いわゆるLGBTと呼ばれる人達の結婚が合法だと認められたのだとか。

日本でもある調査によれば全人口の5%程度、20人に1人はこの性的少数者に該当する人達なのだとか。「あなたは左利きの人を差別しますか?血液型がAB型の人を差別しますか?だったら職場にLGBTの人がいても差別するのはおかしいでしょう?」と書いている意見も見かけましたが、申し訳ない、左利きやAB型の人は私や職場に一切なんの影響も与えませんけど、LGBTの方はちょっと話が違いますからねぇ・・。

・・・なんてことを書いた時点で「差別だ」って言われるんでしょうね・・。でも、ごめんなさい、わたし、どうしてもそういう性的少数者の方たちのことを好きになれないんです、ごめんなさい。もう本能的というか、生理的というか、受け付けられないんですから仕方ないじゃないですか。

例えれば、納豆やホヤがどうしても食べられない人に対して、「なんで食べれないの?おいしいのに。食べてごらんよ」と無理強いして食べさせようとしているようなもの。だってどうしても食べられないんですから、無理強いされたってイヤなものはイヤ、無理なものはムリじゃないですか。納豆やホヤが苦手な人には、周りの人もムリに食べろなんて言わないでしょう?

だから私はLGBTの方たち、苦手なんです。どれほど仲良くしろ、差別するな、と言われても、ごめんなさい、ムリなんです。だってその方たちのお考えや性的嗜好が全く理解できないんですもの。理解できないというより、私の根幹を成している性に対する概念を遙かに超越してしまっているんですもの。どれほどLGBTの方たちがテレビでおもしろおかしいことをやってくれたとしても、ごめんなさい、現実社会で目の前で分け隔て無く接することは、私にはできません・・。

・・・そんな考え方をしている人って、私だけなんでしょうか?あんまりそういう話を友達ともしたことはありませんが、ぶっちゃけ、私は本当にムリなんです。それを「差別」とお呼びになるのであれば、それは甘んじて受け入れます。でも、それでもLGBTの方たちと心から仲良くすることは私にはできないと思います。唯一可能だとすれば、男に全く興味がないL(レズ)T(トランスジェンダー)の方となら、なんとかお友達にならなれるかもしれません。GとBは本当にムリです・・。

「そんなことを言うのは、お前の周りにLGBTの人がいなかったからだろ?」というご指摘を受けるかも知れません。確かに私の周りにはいなかったと思います。少なくとも友人にはいません。大学の後輩にはGまたはBはいましたが。まあ、そういう私の友人環境が影響しているのかも知れませんが、でももういまさらか彼らを受け入れることもないでしょうからねぇ・・。

ごめんなさい、本当に、本当に、私にとって差別を心の中からなくすことって、難しいです。きっとできる自信はありません。なぜなら、前にも書きましたけれども、差別、つまりお付き合いする人を自分で選別すること、もっと良い言い方をすれば、人を見る目を養うこと、って自分の人生をより良く、そして安全で予期しない犯罪に巻き込まれないものにするためには大切なことだと私自身が信じているからです。

そしてもっと言えば、私自身年を取ってきていますので、人付き合いにおいてもう回り道をしたり、無駄な時間をかけてお付き合いする方を選別するような時間的、精神的、体力的な余力がありません。これから新しくお付き合いする方々についても、今までの私自身の人生経験や身につけた価値観に基づいて深くお付き合いする人やビジネスで仲良くしていく方などを選んでいきたいんです。

もう私には「誰とでもお付き合いした上で、その人となりを見極める」などという時間的な余力がないんです。お付き合いする人を選ばなければ私自身人生の時間が足りなくなります。自分と合いそうな方をできるだけ早い段階で見分けなければ、無駄な時間と努力を行うことになってしまうのです。

と、なれば、自分の価値観と異なる方々とお付き合いすることはできれば避けたいんですよね。お付き合いするのであれば、自分と同じような価値観をお持ちの方、あるいは自分に良い影響を与えてくれそうな方、そんな方たちとお付き合いしていきたいのです。そのお付き合いの対象から外れた方たちから、「それは差別だ」と言われたとしても、私自身は少し心外に感じますね。

好き、嫌い、を「差別」という表現に置き換えられたら、世の中たまったもんじゃありません。なぜ「好き」とか「嫌い」と言っちゃいけないのか、もし「好き、嫌い」を公言することが「差別」ということになるのであれば、敢えて人前で「好き、嫌い」を言うことは止めますが、でも心の中や態度では変わることはないと思います。

今一度良く考えてみていただきたいのですが、「差別」って一体なんですか?「差別しちゃいけない」って人々を強制する意見が世の中で一般的ですが、なんで「好き、嫌い」の感情を誰かに強制されないといけないのでしょう?もちろん世の中からなくしてしまわなければならない「差別」ってありますよ。それは私もわかっているつもりです。

けれども世の中には逆差別、ってものもあるでしょう?結局、差別するにしても、差別をなくすにしても、やり過ぎはどちらもいけない、という話なんだと思うんです。もちろん差別はやり過ぎちゃいけません、でもだからといって、すべての「好き嫌い」の感情まで人の心から消し去ることはできないし、それを全員に強制することもできないと思います。

今の世の中の流れって、「差別をなくせ」一辺倒であるような気がするんですよね。もちろん、今まで差別されて抑圧されてこられた方々の権利を回復させてあげようという考え方は理解できますが、だからといって今まで差別や抑圧をされてきたと言うことは、正直多くの方たちに好かれてきたわけではないことも事実なわけです。

そうやって多くの人が好きだと思われなかった方たちが、ある日突然「私たちのことを面と向かって嫌いと言うな!好きになれ!嫌いというヤツは訴えてやる!」という態度に出てこられるのも、正直、ものすごく戸惑うんですよ。「それってやり過ぎでしょ、それってちょっと違うでしょ?」って思っちゃうんです。間違ってますかね、私の考え?

まあ、今の世間的には私のような考え方は「しちゃいけない」と言うことなんだと思いますが、それでも私は私自身感情を変えることはもうムリです、できません。だから私の心の中から「差別」をなくすことは、ムリだと思います。なくす自信はありません。

・・・そんな人って私だけなんですかね?なんか世の中の報道などを見ていると逆に悩んじゃうこともあるくらいなんですが、世の中の皆さんって、本当にどんな方とも分け隔て無くお付き合いできるものなんでしょうか?好き嫌いの感情って、ないものなんですか?どうしても苦手な方、って世の中にいないんですか?

だれか、教えて欲しいなぁ、本当に差別、別の言い方をすれば、お付き合いする人を選ぼうとすることって、しちゃダメなことなんだろうか・・・?嫌いな人の前でイヤな顔をしちゃいけないの?会話の中で「あんなタイプのヤツと付き合っちゃあかんで」と言っちゃダメなの?もしかして、美女がブ男を振るのも「差別」なの?

どこが本当の「差別」の線引きなのか、分かんなくなってきたよ・・。

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