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左翼の「話し合い」は口ばっかり

2015 - 06/15 [Mon] - 13:07

国会での民主党を中心とした野党の審議阻止について記事を書きましたが、それに関連しまして。

大体ですね、左翼系、リベラル系の思想をしている人に限って問題が生じた時には「民主的に話し合いで解決を!」とか「武力で問題解決をおこなうのは野蛮で言語道断!」と主張するわけですが、不思議なことにこういう主張をなさる方に限って、実際に問題が起きた時にはとても合理的・合法的とは言えない実力行使によって問題解決を図ろうとしますよね?

古い話で言えば、浅間山荘事件を起こした連合赤軍と名乗る左翼過激派などでもそうですが、こんな組織でも最初は「共産主義国家を樹立して、真に平等で平和、幸せな社会をつくろう!」という辺りから始まっているはずなんですよね。ところがどうですか、時が経てば少し意見の異なる組織内の同志にまでリンチを加えて殺害するような事態にまで発展してしまうわけです。

そして東ドイツとソ連における共産主義が崩壊したのもまだ記憶に新しいところがあるかもしれませんが、現在の中国や北朝鮮を見ても共産主義国家においては市民の情報を統制し、厳しく思想と情報を制限します。そしてそれに逆らった人たちは、合法的な裁判を行うわけでもなく、まるで見せしめにするかのように処刑します。

なぜ左派思想やリベラル思想を持っている組織においてこのような傾向があるかといえば、基本的に左翼的思想というのは「賢い人達がはまりやすい思想」だからです。共産主義というのは、ざっくりと言えば、みんなで富を生産し、そしてその富をみんなで「平等に」分け合おう、という思想です。ですから、その富を生産する過程において富をちょろまかす奴がいてもいけないし、富を分配する際には貧富の差や不平等を生じてはならないので、「平等」という結果に対して理解できるだけの人々の「理性」が求められます。

で、賢い人(もちろんここでは「お勉強が出来る人」という程度の意味)は、その「平等な社会を実現させるためには、人々は理性を持ってその理想社会の実現に対して協力し、理解し、必要に応じて我慢しなければならない」ということが妙に心にストンと落ちてくるんでしょうね、きっと。

だから「共産主義的な社会を実現させるためには、人々は知的で自己抑制されるための教育がなされなければならない。こんな理想的な社会システムなど他に存在しないし、その社会システムを理解し、人々にこの社会システムの良さを説き、実現のために努力している自分たちは賢くて優秀。でも、この共産主義の良さが分からないで、自分の欲を主張するだけの連中はどうしようもない下等でカス」と思ってしまうのでしょう。

しかし世の中ってそんな単純じゃないんですよね。だから当然ですが、そうやって左翼的思想と左翼的社会実現を説く人たちに対して疑問や不満を投げかける人たちが出てきます。だって人間には誰しも他人よりより良い人生を得たい、という当たり前の欲求がありますからね。

しかし、こういう反論、反発を行なう人たちは、左翼的社会実現を目指している人たちから見れば「自分たちの思想を理解することすらできない低レベルな連中で、邪魔な危険分子」という存在として捉えられ、そして「こんな連中を放っておくと他の人達の思想教育に悪影響を与えるので、そうなる前に早く排除してしまおう」という判断につながるのだろうと思います。

つまり左翼的思想においては、支配者やリーダーの思想に反する思想を持った人は「社会に存在してはならない」という大前提があるのです。なぜなら「人々は皆平等であり、その状況に不満を持たぬよう理性的・抑制的たるべき」であり、その思想を理解できない人がいれば共産主義自体が成立しないからです。

・・・そう考えていきますと、左派的思想というのはそもそも実に非民主的で排他的な思想なのです。多様な主義主張とか多様な思想、また反対意見を聞き入れる度量、などというものがありえるはずがない思想なんですよね。その左翼的思想に共感を覚えた人たちが作る組織も、いきおい、同じ思想を持った人たちだけで集まり、排他的になり、思想信条が異なる者に対しては排他的・攻撃的になってしまうのではないでしょうか。

でも第三者的に見て首を傾げるような左翼的思想であっても、なぜかそこに惹きつけられる人たちはいつの時代でも一定数社会に存在します。なぜなら最初にも書きましたように、左翼思想というのは「賢い人」が引き寄せられやすい思想だからです。

特に経済的にあまり恵まれてないけれども勉強ができる人たちには「ああ、こんな社会システムが実現できたら本当に素晴らしい世界になる!」と魅力的に映るので、それゆえその思想に対する執着とプライドは強いのでしょう。だからお勉強だけができる一方で実社会のことはあまり知らない大学教授や学者、思想家、法律家、作家、アーチストなどに左翼主義を強く持っている人が多いのでしょうね。

残念ですが、彼らはそういう左翼思想の持つ自己矛盾に気がついているのか、気がついていないのかわかりませんが、意見の異なる人たちに対しては猛烈に攻撃的な姿勢を示し、そして今回の国会審議のように、自分が思うようにことが運ばないとわかると暴力的な実力行使にでます。自分たち自身は、日頃から「力による問題解決ではなく、話し合いによる理性的な解決を」と主張しているにもかかわらずです。

その理由は「確かに話し合いによる問題解決が一番大切だけれども、自分たちの主義主張を何としても押し通さなければならない場合には、力を行使することも必要」と考えているからでしょう。つまり話し合いで妥協点を見出すのではなく、あくまで「自分たちの主張は絶対なので、その主張をを通すのが一番大事」と信じているのでしょうね。

これ、何かに似ていませんか?そうです「カルト宗教」ですよ(笑)。意見が異なる人達と話し合ったって、妥協点を見出すのがその話し合いの目的ではなくて、自分たちの主義主張をまくし立てる場所が話し合いの目的なんですよね、この人達にとっては。だから今回の国会審議のように、その主張の場を持たせてくれないような状況になると、力を使って主張を行なうこともやむなし、というわけです。

もう、こんなのカルト、テロと一緒ですよ(笑)。こんな「自分たちの意見を聞いてくれない人たちに対しては、力を使ってでもこっちの意見を押し付けてやる」と考えている人たちが「話し合いが一番。武力による問題解決は最低」と公に主張しているなんて、片腹痛くて仕方ありません。自分たちが主張していることと、実際にやっていることの矛盾に自分たち自身がまったく気がついていません。

まあ、「人々は平等たるべし。その平等に不満を持つことなど許すまじ」の思想が大前提であるのですから、個人的には左翼的思想は前提から既に崩壊していると思っています。もちろん社会的弱者を救済する目的で、社会保障システムの中に左翼的平等・権利思想が一部取り入れられることは必要だと思っています。しかし過度の左翼的思想は人々の自由を奪うものでしかないと思っています。

まあ思想信条の自由は保証されるべきですから、左翼的な思想を持っておられる方々が世の中におられてもそれは悪く無いと思います。しかし、自分たちと考え方が異なるからといって、力で反対分子を排除したり、力で反対意見を抑えようとすることだけはやめていただきたいと思います。それは、タダの暴力、テロ行為です。

日本は民主国家、法治国家なのですから、意見の違いは平和的、民主的な「話し合い」においてぜひとも解決していただきたいと強く願います。

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