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思い出したくないこと

2015 - 01/13 [Tue] - 01:38

テレビでは今年の成人式が阪神大震災からちょうど20年目になることもあって、震災を思い起こすような成人式に関するニュースが多かったですね。きっと1月17日前後は震災後20年に関する番組が多く放送されるのでしょう。

以前のブログでは、私自身に阪神大震災によって死んでしまった身内や知り合いがいなかったことから、震災のことを「興味深い体験だった」といった表現で面白おかしく書くことが多く、また私自身も「めったに経験できないことを経験出来た」と思うようにしてきました。しかし、最近になって私自身がようやく分かるようになってきたのですが、本当は阪神大震災という出来事は私にとって「興味深い体験」だったのではなく、「もう二度と経験したくもないし、思い出したくもない大変な経験」だったんですよね。

そう、「興味深い体験」という表現を使っていたのは、きっと私自身がそう思い込むことで阪神大震災というとんでもなく大変な出来事を心のなかで「大変なもの」と意識しないようにし、そして出来る限りポジティブで前向きな気持を持とうとしていたからだろうと思います。そんなふうに「面白いもの」にでも転換して冗談のようにでも思っていなければ、あまりに目の前に起きたことが大きすぎて、それをいちいちまともに取り合って考えていたら心が参ってしまったからだろうと思います。

それは、大切な身内が亡くなったことに通じるものがあります。病気で長患いしていた身内が随分前に病院で亡くなったのですが、その身内が亡くなるまではたとえ絶望的な病状であったとしても私自身は「きっと治る。今よりも病状はマシになる」と思い込みながら、見舞いに行く時もなにか楽しいイベントにでも行くつもりで出かけていました。

しかし私が思っているとおりには事が運ぶはずもなく、やがて身内は病気で亡くなってしまいました。その後病院に行く用事もなかったのですが、つい先日本当に数年ぶりにその病院の前を通った際に、私はなんとも言えない嫌な気分になりました。やっぱり正直いって身内が死んだ病院の建物を見たり、その前を車で通り過ぎるのって、あまり愉快な気持ちにはなれないんですよね。やっぱり身内が病気で苦しそうにしていた様子などを思い出して、決して楽しい気分にはなれないのです。

そう、結局その身内が死んだ事実についても、私の中ではなるべく嫌な思い出にしないように「楽しいイベント」として記憶の中で転換させて覚えておくように無理からにしていたわけですが、いざ数年ぶりに病院の前を通ると、本当の記憶である「嫌な思い出」が心のなかに思い出されてしまったわけです。

きっと阪神大震災も私にとっては同じ出来事だと思います。いくら身内や知り合いに不幸がなかったとはいえ、しかし水もガスも通っておらず、食料も満足にない不自由な状況で数ヶ月生活し、また日々仕事に行くときも電車が復旧するまで瓦礫が散乱する道を自転車を必死で漕ぎながら通い、そしてとんでもない道路事情の中で荷物を出荷し、毎日深夜に瓦礫が積み上がった山を乗り越えて会社の門を出てまた自転車に乗って帰る、という生活を繰り返していますと、自分の記憶の中でそれを「冗談みたいな面白おかしい話」にでも転化させておかなければ、とてもじゃないけど心も体も参ってしまいそうだったのでしょう。

きっと私の心の中を正直に言えばそういうことでしょう。年をとったからか、あるいは長い時間が経ったからか、最近そうやって素直に阪神大震災や身内が死んだ時の話を思えるようになってきました。人間にとって、本当に大変だった出来事や、あまり思い出したくないと思っている出来事は、きっと記憶の中で意図的に忘れ去られたり、あるいは「何か楽しい出来事」として転化されて記憶されているものなのかもしれません。

しかし、現実にその出来事が起きた場所や、今回の阪神大震災後20年の成人式に関する報道などを見ていると、自分の中で「楽しく興味深い出来事」として記憶されていた出来事が、実は自分にとって「二度と思い出したくもないイヤで大変だった出来事」だったことを思い出してしまうのかもしれません。

きっと私にとって阪神大震災という出来事は「二度と思い出したくない出来事」として心の奥底に封印していたかったのだと思いますが、これから何度も放送されたり新聞で見るであろう阪神大震災発生20年の記事や番組を目にすると、私の中で「面白おかしいイベント」として記憶されていたはずの阪神大震災という出来事が、本来の記憶である「二度と思い出したくないイヤで大変だった出来事」として意識の表面に出てくるような気がしますね。

やっぱりね、嫌なこと、思い出したくないことって、何年経っても思い出さないほうが自分にとっては幸せなことなのかもしれませんね。専門用語で言うと、「トラウマ」なんて言葉なのかもしれませんが、そうやって自分の人生を振り返ってみると、意外と「トラウマ」が忘れ去られた状態で地雷のように色んな所に散りばめられているような気もしますね(笑)。

最近はそういう封印されていた思い出したくないイヤな思い出を思い出してしまうことが多い気がします。まあ、それも年をとって自分の人生を正直な気持ちで振り返る機会が増えてきたからなのかもしれません。

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