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大学関係者から漏れる“英語不要論”… ヴァカか?

2014 - 12/25 [Thu] - 17:30

驚いた記事を見つけました。なんでも一部の大学関係者が「英語不要論」を唱えているのだとか。

「英語」は本当に必要なのか…大学関係者から漏れる“英語不要論”

記事を読んでいましても、いかに日本の教育関係者たちが実際の現場を見ていないか、ということが如実にわかりますね。会社に就職してからのビジネスの世界では、一昔前とは比べものにならないほどグローバル化が進んで英語によるコミュニケーション能力の必要性が高まり続けているというのに、一方で教育界の「有識者」からは英語教育そのものへの根本的な疑問が出てきたのだとか。

本当に、教育界にいる連中はバカですね。マジでバカですよ。「差し迫った課題でない」と言い放つ輩もいるそうですが、もうそこからして全然考え方が違うんですよ。私たちが想像すべき英語教育のあるべき姿は「もし誰もが英語が気軽にしゃべれて、英語の簡単な文章も気軽に読めたとしたら、誰もがどれほど可能性が広がるだろうか?」ということなんですよ。

「海外に行ったり、企業で海外出張や駐在をしなければ英語など必要ない」「ほとんどの日本人には英語は不要」、確かに私も昔はそう思っていました、10年ほど前くらいまでは。ところがそんな私も考えを大きく変えざるを得なくなったのは、インターネットの普及です。

考えてもみて下さい、日本人がインターネットを使う場合には、ほぼ100%の日本人が日本語で書かれたホームページをみていると思います。ところが日本語で書かれたページなんて、日本人以外の人はまず誰も読まないんですよね。一方でインターネットの世界には、日本語で書かれた情報の何十倍、何百倍、ひょっとしたら何千倍くらいの情報が英語によって書かれているんです。インターネットの世界では、事実上英語が標準語なんです。

もし世界中に溢れる英語の情報を自在に読みこなせて普段から利用できれば、あるいは自分が世の中に発信したい情報を日本語ではなく英語で発信できたとしたら、ビジネスにしても個人的な趣味や買い物などにしても、どれほどのチャンスが広がるかご想像できるでしょうか?もし日本人が英語で情報を発信したり、入手することができれば、事実上国境なんてなくなったも等しいだけの効果があるのです、今のネット社会においては。

その膨大なチャンスを日本人はみすみす逃しているのです、日本語のせいで。しかしだからといって、私は日本語を捨てろ、とは言いません。それは文化としてとても大切なものだからです。ですから、第二言語としての英語の能力を高めて欲しいと願うのです。

もうこのブログにも何度も書きましたけれども、日本人の英語能力が高まらないのは、ひとえに中学から大学までの日本の学校における英語教育がクソだからです。明治の開国以来、日本では世界でも特異な「英語をしゃべれない英語教師」が英語教育の担い手だったため、読み書きに関する英語教育しか行うことができなかったのです。

そのため当然ながら、挨拶程度の会話能力すら全く身につかず、しゃべれない人間が英語を教えるためには「理屈」で教えるしか方法がないので、勢い文法と単語暗記だけに頼った英語教育と、そしてそこから派生した「これ以上無意味なものはないと断言できる」ほどの「大学入試用英語」という新ジャンルが日本における英語教育を支配するに至ったわけです。

その英語がどれほど役に立たないかは、皆様が実体験として十分過ぎるほど感じているはず。会社員になって海外の仕事とかかわるようになった方はもちろんのこと、日々英語と接する必要の無い方は、それこそそれまでご自分が受けてきた「日本の英語教育」の無意味さを別の意味で実感しているはず。

無意味で役に立たない英語教育を行うということは、教える側ももちろんのこと、なによりもそんな授業を強制的に受けなければならない生徒たちの「時間と労力のムダ」なんですよね。そのムダの総数、総額は本当にバカにならないです。ですから今までの日本の英語教育を今後も続けることが、ある意味「日本にとっての損失」と認識する必要があるわけです。

じゃあ、どうすればよいのか?と言えば、もうこれは簡単な話です。本当に簡単です。従来の「英語がしゃべれない英語教師」を全員即刻クビにして、英会話教師レベルのネイティブの英語教師に授業をさせ、そして高校・大学共に受験科目から外すことですね。もしどうしても一定の英語能力の見極めが入試に必要だというのであれば、TOEICやTOEFLのスコアで全国共通に利用すれば十分ではないでしょうか。

とにかく英語を日常的に拒否感なく気軽に使えるようになることが大切ですから、基本的に成果を点数ではかることはやってはいけません。だって、どこの英会話教室が英会話を学びに来た生徒さんたちを点数で評価したりしますの?あるいは日本の学校において「日本語が話せるかどうか」を点数で評価するところなんてあると思いますか?

そんな言語能力などは、もとより点数で評価する必要もランクわけする必要もないんです。私がここに書いていることの意味がお分かりにならない方がおられたら、ぜひ一度社会人が会社で受けているような英会話授業を受けてみてください。アレが英語教育の理想の姿ですよ。

だって会社の英語教育を受ければ、みんな英語がそこそこしゃべれるようになって、海外に一人で出かけられるようになっちゃうんですもの。あんなの、集中講義でマスターするとすれば、延べ一週間くらいの時間しか使っていないはずですよ。一週間の授業内容に、中学から大学までの都合10年の教育の成果が負ける、ってどういうことなんでしょうか?それだけ無駄な時間と労力を日本人は使っているということなんです。

文科省の有識者会議で「英語教育の必然性はない」と述べた委員がいたそうですが、その程度しか世の中の現状を認識できていないようなヤツが「有識者」だなんて、チャンチャラおかしい話。こんなヤツが「有識者」として文科省に名を連ねているから、いつまで経っても日本の英語教育はマシにならないんですよ、明治から100年以上経っても。

繰り返しますが、今からの時代、絶対に英語は不可欠です。「英語なんて要らない」と開き直っていたら、きっとこれからの日本社会においては確実に負け組まっしぐらだと思います。お金儲けをするにしても、これからの時代は真面目に英語が必須になってくるはずなのです。

だって考えてもみて下さい、海外に旅行するのを躊躇している日本人がいるとしたら、ほとんどの場合、その理由は「英語がわからないから」「現地の人が何をしゃべってるかわからないから」だと思いますよ。じゃあ、その不安を解消できれば、日本も海外も別に気にしないで行き来ができ、そして楽しむチャンスが単純に広がるじゃないですか。その精神的な障害がなくなれば、仕事でもプライベートでもものすごくラクになると思いませんか?

それが本来の在るべき英語教育の目標とするところなんです。まあとにかくこの文科省の有識者会合で「英語は要らない」と発言したバカな奴、こいつを参加者から外すことが、これからの日本の英語教育改善のための第一歩だと思いますね(笑)。こんな発言をして平気なヤツがいるから、ほんとに日本の英語教育はいつまで経ってもダメなんですよ。

本当に日本と日本人が置かれている国際的な現状認識が全くできてないです。そんなヤツが「有識者会議」になんかノコノコ座ってるんじゃないですよ、ホントに。こんなヤツに日当を払うなんて、税金の無駄遣いですよ、絶対。

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