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安楽死について考えてみる

2012 - 03/30 [Fri] - 00:37

 今日ふとお風呂に入ってボーッと考えていると、自分もあと何十年かすればいつ死んでもおかしくない年齢になるんだ、という事実にあらためて気がつきました。で、人間歳をとって死が身近に感じられる年齢になってくると、少しでも病気にならないように人間ドックに入ったり、健康に気をつけた生活習慣を心がけようとするわけです。

 で、なぜそのようにするのかといえば、一言でいえば人間にとって「死は怖いものである」から。私もそうですが、きっと多くの人は自分が死ぬことについて「痛い」「怖い」「寂しい」「不安」といった感情を持っていると思うのです。だから少しでも死の時期を遅らせようと人間ドックや生活習慣改善を行うのです。

 でももし、死が怖いものでなかったとしたらどうでしょうか?例えば何らかの薬物などを点滴することによって、何の痛みも苦しみも感じることがなく、眠るように死ぬことができたら、死は怖いものではなくなってしまうかも知れません。そうすれば人間は死に怯えることなく、最期まで自由で素敵な人生が送れるのでしょうか?

 いわゆる「安楽死」というヤツですよね。「死刑は残酷だから止めるべき」と主張する人々がいますが、仮にこの「安楽死」によって死刑を執行することができるとすれば、それは残酷な刑罰ではないかも知れません。もちろん凶悪な犯罪を犯した人間に対して、絞首刑や電気イスといった痛みと苦しみを伴う刑罰が最高刑として用意されている、という恐怖感を与えることが、死刑執行までの期間で彼らが人間らしく反省と贖罪の感情を持つことに役立つのかも知れませんが。

 以前から、この安楽死については議論がありますよね。個人的にはもう助かる見込がない病気の人については、本人が希望すれば安楽死させてあげればいいのになぁ、と思いますね。それは痛くて苦しみながら自分の最期を迎えるのではなく、少しでも自分が自分の人生を幸せに感じている間に眠るように死ねるのが誰にとっても最も幸せな死に方だからです。

 もちろん技術的には安楽死を行うことには何の問題もないでしょう。でももし医者が不治の病にかかった患者に対して、患者が希望すれば無条件に行うようになったりしたら、また安楽死が誰にでも自分の意思で行えるとしたら、果たしてどんな問題が起きるのでしょうか?問題が起きるからこそ、医師は安楽死によって患者を死亡させることができないのではないでしょうか?

 その答えは簡単です。もし安楽死によっていつでも人が自由に自分の安らかな死を迎えることができたりしたら、きっと多くの人が自分が幸せなうちに死ぬことを選ぶからでしょう。ええ、悲しみや苦しみから逃れるために死を選ぶのではなく、今よりも不幸せになることがイヤだから、今のこの幸せの絶好期の中で自分の人生を終わらせたいと願う人が必ず増えるからでしょう。

 例えば私たちのように中年にさしかかった人であれば、その先になって60歳を越えて仕事を退職し、それまでの豊かな生活から年金生活になって、自分の生活にかかる金銭や健康、夫や妻のこれからの介護などに大きな不安を感じたとたん、「だったら今、この一番充実感を感じているうちに自分の人生を終わらせたい」と夫婦ともに安楽死を選ぶかも知れません。

 また10代の若者なら、それこそ素敵な恋人と出会って恋に落ちたそのときに、「もうこのまま幸せの絶頂のまま死にたい。幸せなままで終われる人生なんて最高。」と思って安楽死を選ぶかも知れません。また仕事に行き詰まった若者は、将来がめんどくさく思えて安易に安楽死を選ぶかも知れません。

 つまり安楽死が一般的になって誰にでもすぐ使えるようなものになってしまうと、きっとみんな早い死を選択すると思うんですよね。ある人は幸せの絶頂のうちに、ある人は少しでも将来に不安を感じたときに、安楽死を選択してしまうと思うのです。だって「死は怖いものではない」から。痛くも何ともないうちに、自分も気がつかないうちに死を迎えて自分の人生を終わらせることができれば、人々にとって死ぬことは全く怖いものでないからです。

 そう考えると、やはり死というものは人間にとって怖いものでなければならないのかも知れません。安楽死などという死に方がなくて、自殺するにしても苦しそうだし、病気になって死ぬのも痛くて苦しそう、という死に対する恐怖感があるからこそ、人間はより良い状態で生きようと必死で努力するのかも知れません。人間が努力するのは、極論すれば「死が怖いから」と言えるかも知れません。

 なるほど、そう考えてみれば、安楽死を安易に医者が患者に対して使わない理由がわかる気もしますねぇ。そもそも「病気が怖いから、今のうちに死なせて欲しい」と懇願する患者に医師が「わかりました」と安楽死させていたら、医療の現場は成立しませんよね。医療の進歩なんか不要になっちゃいますものね。医療現場は病気を治して人々の命を少しでも永らえさせる場であって、そこが「死なせて欲しい」と願う患者の希望を叶える場所になってしまってはいけない、ということなんでしょうね。

 うーん、なかなか難しい話ですねぇ。でも本当にホスピスにいるような人たちであれば、確かに痛みを取り除いて自然に死を迎えるまで生かしておくのもひとつかも知れませんが、一方でどうせ直らないのであれば、自分の体や意思がしっかりしているうちにみんなにお別れを告げてから、自らの意思で死期を決定づけるという尊厳死もアリじゃないかなぁ、と思ったりもしますね。

 やっぱり病が進行していきますと、少なからず家族に迷惑をかけてしまいますからね。それが嫌だと思う人はもちろんたくさんいると思いますので、医師が「もう近いうちに最期を迎える。手の施しようはない。」と判断する状態であれば、患者は自らの意思で死を選べるようにしてもよいのではないかと思いますね。

 その他の安楽死は、先ほどの問題があるのでやはり認められないでしょう。そんなことしたら、本当に世の中自殺志願者ばかりになってしまいます。でも死刑を安楽死で執行するのは、これは今の世の中ならアリかな、と私は思いますね。もちろん、死刑囚本人には安楽死で執行するということを最期まで伝えないのは大切だと思いますが。

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