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人間は「忘れる」ことで生きていける生物

2012 - 03/11 [Sun] - 00:55

 東日本大震災からちょうど1年が経ち、復興も少しずつですが進んでいるように思いますが、まだまだ手つかずな地域もたくさんあるように見受けます。

 あれほどの大災害があったのですから、その記憶を忘れることなどできないし、ムリして忘れる必要もありません。しかし、毎年1月17日になるたび「阪神大震災の記憶を忘れないでおこう。風化させないでおこう」と呼びかけるテレビに私自身が違和感を感じるのも事実で、悲しかった記憶、大変だった記憶が時間と共に薄れていくのであれば、それはムリに思い起こす必要はないと思うのです。

 なぜなら、それは「人間は忘れることで生きていける生き物」だからです。どんなに苦しかったことや、悲しかったことでも、時間が経てば少しずつですが記憶が薄れていくものです。でもそうすることで新しい経験をすることができ、新しい喜びや幸せを感じることができるようになるのだと思うのです。忘れないと将来に向かって生きていけないのです。

 ですから阪神大震災について、もうあれから17年も経ってしまったのですから、阪神大震災が起きたという記憶そのものが日常生活からかき消されている人がほとんどだと思いますし、それでいいと思うのです。もちろん防災という観点からは、万が一に備えて準備を行っておくことは大切ですが、阪神大震災の悲しい記憶、苦しい記憶をいつ何時も「忘れないでおこう」という必要は全くないと私は思うのです。

 幸い、私は阪神大震災では知り合い、そしてその身内も含めて誰ひとりお亡くなりになった人がいなかったので、そういえるのかも知れません。しかし東日本大震災では直接の知り合いがお一人亡くなってしまいました。みんなから好かれていた良い方だったのに。

 でも、やっぱり人間は忘れるから将来を生きていける生き物なのです。悲しい記憶をいつまでも忘れないで思い起こすだけでは到底生きていけないし、悲しい記憶が少しずつ薄れていくことは自然なことで、誰もそれを責める必要などないのです。

 悲しい記憶を忘れてしまうことは、それは人間が将来に向かって生きていくための自然な対応なのです。幸せで楽しい記憶を残すためのスペースを作るために、思い出したくない古い記憶を脳から消していくのは、ある意味素晴らしい大自然の仕組みなのです。もちろん実際の被災者の方々から見ればたった一年では悲しい記憶を忘れることなど絶対無いでしょうし、壊れたままの街並みを見ているとイヤでも恐ろしい記憶が蘇ってくるかも知れません。

 しかし年月を重ね、町が少しずつ復興してくるにつれ、その記憶も少しずつ収まってくると思います。私も阪神大震災の直後には、大好きだった神戸の街がずたずたに壊れ、好きな街並みや風景も、馴染みのお店も、そしてそれらと共にあった私のそれまでの楽しい記憶や体験も全て失われた気がして、かなりの喪失感を感じたものでした。震災直後に夕焼けに赤く映し出されたあたり一面の焼け野原の光景を呆然として見た記憶は今でも私の心の奥底に残っています。

 そしてその壊れた街並みを見て「10年は元に戻らないだろうな。これから10年か、長いな。」と感じたものです。しかし、確かに街並みが震災の影を消すのには10年くらいの年月を費やしましたが、果たしてそうやって街並みが新しくなり、現実に17年経ってみますと、大震災の時に感じた喪失感は不思議と消えてしまったものです。

 つまりそれは新しい街並みが新しい希望をもたらしてくれることを意味しているのです。新しい街並みが整うことによって、目に見える風景が新しくなり、そのことが悲しかった記憶や様々なネガティブな感情を忘れさせてくれるのだと思うのです。だから、東北に関しても、どれほど早く街並みを復興させることができるかということが、最も大切なポイントだと思うのです。それが一番東北の方たちを元気づけ、そして悲しかった記憶を薄れさせてくれることだと思うのです。

 時々「あの大災害を忘れないために、モニュメントとして残そう」という動きがありますが、残すのであれば日常では誰も目にするようなことがない場所に残すほうがよいと思います。町に住む誰もが目にするようなところにそんな大災害の記憶を思い起こすようなものを残すことは、私は止めた方がいいと思いますし、むしろそんなものは綺麗さっぱりかたづけて、忘れるようにしたほうが良いと思います。

 神戸の街にも、日常生活で震災の記憶を呼び起こすようなものはどこにも残っていません。もちろん目立たないところにはモニュメントとして残されていることは知っていますが、わざわざそれを見るために出かけない限り目にすることはありませんし、自分から見に行こうとも思いません。別に大変だった時の記憶をわざわざ思い起こす必要もないと思います。

 東北の方々も、今はまだまだ悲しくて苦しいことばかりだと思いますが、しかしみなさんが元気になるためには、まずできる限り早く新しい街並みを整備して、そして日常生活から大震災の悲しくて苦しかった記憶を思い起こすものを消し去ってしまうことが大切だと思います。

 大切な人との思い出、楽しかった思い出までムリに消す必要はありませんが、しかし悲しんでばかりいても亡くなった方々も浮かばれません。少しずつ前を向いて幸せな生活を取り戻していくためには、少しずつ悲しさを「忘れる」ということも大切なことなんだ、ということをぜひお伝えしておきたいと思います。

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