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東日本大震災の記憶が風化

2011 - 12/20 [Tue] - 11:34

 最近時々マスコミで「東日本大震災の記憶が風化している」という論調の話を見かけます。原発事故の話や放射能の話は今でもよく報道されるわけですが、地震の被災地に関する報道が少なくなってきているので、見る人によっては「もう東北は復興したんじゃないの?」と思っている人も少なくないのだとか。

 実際の被災者の方々から見ればとても寂しい話なのでしょうが、これは地震が起きた当初に私もこのブログで「同情してくれるのは最初の3ヶ月だけ」と書きましたが、残念ながら当事者以外から見ればそんなものなのです。

 といいますのも、私自身阪神大震災をど真ん中で被災した人間ですから、被災地の中の人々の感情と、そこを一歩外に出た場所での人々の感情というもののギャップの大きさにはつくづく驚かされたものです。だって神戸のど真ん中はがれきだらけで電車も通ってなくてメチャクチャなのに、少し車で走って六甲山の向こうや西に行けば、みんな普通に生活してましたもの。

 あの頃神戸の街中では、みんな「震災ルック」と呼ばれるきちゃない格好をして歩いていました。ファッションで有名な神戸なのに(笑)。だから被災地内ではそんな格好でも誰も気にならないのですが、しかしこの格好で神戸以外の場所に行くとまるで乞食を見るような目で見られました。その「乞食=被災者」を見る目には「同情」と言うよりは、明らかに「蔑み」と「嘲笑」が見て取れました。世間ってそんなもんです、被災者を見る目って、時間が経てば結局そうなってくるんです。

 大阪なんかなんの影響もなかったですしね。楽しそうなもんですよ、電車で30分足らずの場所で6千人が死んで街が壊滅状態にあったとしても(笑)。相変わらず吉本見て笑ってます。街中では若いにーちゃんがねーちゃんをナンパしてます(笑)。でもそんなもんじゃないですか、それに対して腹を立てる被災者もおかしいと思いますね。

 私なんか、被災して食べ物もなんにもないんで、田舎のお袋に「車で食いもんと屋根に被せるブルーシート持ってきてくれ」って頼んだら、そのおかげで何年もグチグチグチグチお袋に文句言われましたもの。「あんたが持って来てくれ言うから行ったらあんな大渋滞に巻き込まれて、ホンマにおかげで私は大変な目に逢わされたんやから」って(笑)。

 「お前の苦労なんてこっちに住んでる人に比べりゃ屁みたいなもんや」と言いたいところですが、実体験がないんでそんなこと言ってもムダなんです。身内だってそんな感じですからね。まあおかげで「何があっても二度とお袋には頼み事はしないでおこう」とそれ以降は心に決めましたけどね(笑)。

 そもそも被災地以外の人に「被災地の人々の気持ちを汲んでやれ!」と言ったって無理なのです。だって実体験がないわけですから分かるはずもないし、実際のところ日ごろ何不自由なく暮らしているわけですから被災者の気持ちなんて気にするわけないのです。いや、人間ってそんなもんですよ。私はそれがある意味、正しい人間の心のあり方だと思いますよ。

 そんなに人間他人の不幸話に同情ばかりして暮らしていられません。みんなそれぞれ自分達の生活があって、それをベースにして今も、そしてこれからも暮らしていかないといけないわけですから、他人の不幸話は所詮他人事なのです。でもそれがある意味人間らしい生き方です。

 被災者の方々が大変な暮らしをしているからといって、普通に暮らしている大阪や九州の人にまで「おまえら被災者の苦労をもっと理解して日々過ごせ!」と言っても土台無理な話なのです。地震直後の状況であればまだしも、半年以上経った今になっては、人間なかなかそうは思えないものです。「人の噂も七十五日」とよく言いますが、本当にそれくらい経つと誰しも他人に起きた出来事のことなど忘れてしまうものなのです。

 ですからこれから先は東北の被災地の方々の復興に向けた努力がとても大切になってくるのです。「よその地域の誰かが善意で助けてくれる」と思っていると、きっともう誰も助けてくれないでしょう。いかに東北の方たち自身が復興に向けて努力をし、そしてそのための支援を求め続けるか、ということが大事です。

 神戸の復興への長い道のりのことを考えれば、東北の復興にどれほど大変な時間と労力がかかるのかということは、同じ被災者として大体の想像はできます。しかも神戸と違って少し経済的な魅力が少ない、人口も少ない今回の被災地の復興にはより一層の困難が伴うものと思います。

 でも想像ができるからこそ、被災地以外の方たちの被災地や被災者を見る目というものもなんとなく分かるのです。悲しいかな、被災者がいつまでも被災者ヅラしていると誰も相手にしてくれないものです。それも現実です。被災者は一日でも早く自助努力で普通の生活を手に入れなければならないのです。後ろと過去ばかり見たってしかたありません。

 放射能の影響で生活がメチャクチャになった方などは、なおさら地震と事故に対する理不尽さを感じておられるかも知れません。しかしその困難な状況にあることも含めて自助努力で進んでいかないといけない、ということです。地震と原発事故は起きてしまったものとして仕方ないと考えて、あまり地元に帰ることだけに固執せず、早く生活を再建できる方法を模索して欲しいと願います。

 「放射能事故で地元の方々は気の毒だ」と事故当初は日本のみんなが思っていましたが、今はどうですか?がれきひとつ処分するのにも、少しの放射能でも検出されようものなら住民の猛烈な反対によって送り返される始末です。結局時間が経てば、みんな福島の人を心配するより、自分達の身の安全しか考えなくなるのです。本心では「福島となんかかかわりたくない」と思っている人の方が実際には多いんじゃないでしょうか、悲しい話ですが。

 そんな中で故郷へ帰ることばかりに固執する被災者がおられるとすれば、そのお気持ちはよく分かりますが、それにばかりだと周りの支援してくれる人達の気持ちも「じゃ、勝手にすれば」と離れていきます。残念ですけど、あまり自分の気持ちに固執ばかりしないで、現実的に生活ができる場所である程度柔軟に生活設計をしようとする姿勢も被災者の方々には求められると思います。

 まあ確かに大震災の被災地の情報が減って、その記憶が風化し、そして被災地の方たちに対する関心が少しずつなくなっていくことは、少し悲しいことかも知れません。しかしそれが現実であり、被災者の方々も現実の中で復興を一歩ずつ進めていかれるしかないのではないかと、同じ震災被害者としては感じますね。

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