税理士もりりのひとりごと

税理士もりりがぶつぶつと日ごろの出来事についてひとりごとを綴っていきます





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おお、なぜいまだにファイテンの記事のヒットが多いのか・・

2010 - 08/27 [Fri] - 12:39

 ファイテンのネックレス絡みで当ブログをご覧になられているのでまたまたこれ絡みで。

 ネットをいろいろと見ていますと、「チタンがどうの」「水溶性なんとかがどうの」とかファイテンの「効果」の理屈を解説しているものにたくさん出会います。しかしながら不思議なことにファイテン社そのものは効果の有無については全く一言も触れていません。不思議だと思いません?(笑)

 これは前にも書きましたけれども、メーカー自身が効能を書いてしまうと薬事法か何かに引っかかってしまうからでしょうね。実際に医学的に効果が証明されたわけでもない商品を、さも効能があるかのごとく宣伝するとまずいですからね。詐欺ですもの。で、代わりにユーザーサイトや代理店みたいなところのサイトで一生懸命にその効果と理屈を書き回っています。よくできた、巧妙な広告システムですね(笑)。

 で、不思議なことを一つ。いろんなサイトには「ファイテングッズを身につけると血流がこうなった、体温変化がこうなった」という情報ばかりが取り上げられていますが、不思議なことにプラセボ効果を確認するべきダミー実験に関するデータには全くといってよいほど出会うことがありません。

 こういった商品の効果を検証する場合に最も手っ取り早い方法は、全く同じ外見、装着感を持ったニセモノ(ダミー商品)を本物と交互に装着させて効果の有無を確かめることです。薬品の認可でも必ずこういった効能の検証を行っているのに、ファイテン程度の商品でこういった検証を行おうとしていないことに何か意図を感じますよね。

 仮にプラセボ効果を確認する実験を行っていたとしても、その内容を誰も公表しないのがおかしいですよね。メーカーがその実験をしているかって?してるわけないでしょ(笑)。やってたら恥ずかしくってこんな商品発売しませんよ、良心的な経営者にあれば(笑)。

 まあ、こんな商品は作る側も、売る側も、使う側も「効果がある」って信じてやってりゃいいんじゃないでしょうか。それで多くの人がハッピーになるならそれでいいんじゃないでしょうか。でも「効果がある」って販売するのは詐欺だと思いますよ、明らかに。だからメーカーじゃなく「ユーザー」が効果があるって一生懸命サイトに書いているんですよ。

 そういうことです。冷静に考えればホントにファイテングッズに効果があるかどうかって・・、なんとなく分かりますよね(笑)。「信じるものは救われる」「鰯の頭も信心から」、そういうことです。

相続税と所得税の二重課税問題について考えてみる

2010 - 08/27 [Fri] - 00:59

 例の相続税と所得税の二重課税の話ですが、その後まだ具体的な手続や内容については国税庁の方から示されてはいません。この判決が出てからいろいろとあーでもない、こーでもないと無い知恵を絞りながら考えていますが、なかなか難しい話であるような気がしてきました。

 何が難しいのかと言えば、従来の課税に関する考えに基づけばそもそも二重課税の対象になる資産などほとんど無いと言うことですね。逆に言えば「よくこの年金保険金について二重課税されているということに気がついたな」と思うくらいなのです。というか、よくこんな判決が出たな、と言えるのです。

 しかしもう一方で今回の判例のように年金受給権が二重課税と言われるのであれば、逆にほとんどの相続財産について二重課税の問題が生じると考えられるのです。

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ヒドい政治・・・。

2010 - 08/25 [Wed] - 02:16

 このブログに書いたことがありますように、以前から私は政治家の賢さと行動力の素晴らしさは認めています。確かに認めていますけれども、それにしても最近の民主党の政治というのはどうなんでしょうか・・。自民党時代より良くなっていると果たして言えるようなものなのでしょうか・・。

 今日もニュースで円高と株安の話をしていました。これが日本経済にとって危機的な話なのかどうかは意見が分かれるところかも知れませんが、近視眼的に見ればロクな事がないのは今までの経験が示しているとおりだと思います。

 こういった懸案事項について菅首相は白川日銀総裁と「電話」会談(何で同じ都内なのに電話?)したらしいのですが、これといった対策を打つのか打たないのかよく分からないようです。そもそも電話でこんな大切な話をするところからして、菅首相に全くやる気がないところが透けて見えるようです。

 それにもかかわらず問題を話し合う相手として管首相が真っ先に「会った」相手が連合の代表とは・・・。連合と経済について話し合って何か答えは出るのでしょうか?私はサラリーマンをしていた頃労働組合活動にも駆り出されて行ったことがあるのでその印象で言わせてもらえるならば、連合だの何だのと言った労働組合の総元締めなんて、所詮組合連中の頭・意識のレベルしか持っていません。基本的に思考の根本は「労働者」なんです。

 「自分達の給料が低い」だの「経営者は労働者の立場に立った経営を」とか四六時中そんなことばかり考えて主張している連中に何で高所大所に立った「日本経済」の話ができるっていうんですか。本当にバカいうんじゃないですよ。そんなアイデアや見識を持ち合わせた素晴らしい人材が労働組合のトップ、すなわち連合のトップにいるのであれば、とっくの昔に会社の経営陣に入っていますよ。

 いい年こいていまだに労働組合専従で会社や世の中に文句言っているなんて、そりゃ思想的に左に偏っているからに他なりません。そんな人たちと景気や経済について一国の首相が話し合うだなんて・・・。もう世も末ですよ。旧社会党系や共産党の党員と経済の話をしてまともな解決策が出てくると思いますか?どうせ「給料安い」「税金高い」「経営者は報酬高すぎ」「役所の天下りは許せん」程度の庶民の愚痴しか出てこないでしょう?

 もう勘弁してくださいよ。こんな思考レベルの人間が日本国の首相だなんて・・。そんなに市民感覚、庶民感覚が大切と考えているんなら首相などにならないで欲しいもんです。いつまでも左寄りの弱小政党で草の根運動を展開して政府や官僚・大企業経営者に文句だけ言ってりゃよかったんですよ。

 まあ菅首相も菅首相ですが、民主党はもっとヒドいですね。今なんか「次の首相を誰にするか」で党内は持ちきり。ほんの数ヶ月前に党内の選挙によって総意で菅総理が選ばれたはずなのに、菅総理を党一丸となってもり立てるわけでもなく公然と「菅ではダメ」と党内から批判が上がり小沢一郎を党代表に担ぎ出そうとする動きが起きています。

 与党の身内からダメ出しされるような奴が首相になっている国の国民の気持ちも考えて欲しいものです。普通、ウソでも「ウチの菅は一生懸命やっていますよ。人格も素晴らしいです。党一丸となって彼を支えるのが政権与党の一員である我々の仕事だと肝に銘じています。」と言わなければならないのに、平気で「菅じゃこれからの政治はダメ」と身内が言い放って、次のリーダーを誰にしようかと一生懸命なわけですからね。

 全く変な党です。自民党政権末期の安倍ちゃん以降の雰囲気も相当おかしかったですが、民主党は本当に烏合の衆+野党意識バリバリのため、政権与党としてどうあるべきかということが全然分かってないんでしょうね。小沢一郎はそのあたりをよく分かっているはずなのに、もうすっかり自らの権力のことしか考えていないようです。

 ひとたび政界引退をほのめかした鳩チャンも今やすっかりキングメーカー気取り。小沢が後ろにいるからこその話であるのに、なんか完全に勘違い。きっと「政界を辞める」と言ったのは本心だったのでしょうが、鳩山家の潤沢なカネ目当ての取り巻き連中におだてられているうちに気が変わっちゃったんでしょうね。或いは目立つのが大好きな嫁さんから諫められたのか。いずれにしても鳩が引退を撤回してくれたおかげで取り巻き政治家達は金づるを失わずに済んでホッとしていることでしょう。

 今や民主党は完全に足の引っ張り合い。菅首相の頭には今の日本の経済をどうしようとか、景気対策をどうしようとか、企業対策をどうしようとか、そんなことは完全に頭からとんでいます。だって日銀総裁と直接会わないで連合の代表と会ってるくらいですもの。自分の政治的な後ろ盾の心配しかしていません。

 菅が総理になったときには鳩よりもずっと良い首相になってくれると思っていました。しかし所詮菅も野党で文句を言っているだけしか能がない人だったわけですね。旧厚生省で薬害エイズ問題で一肌脱いだときも、ただ単に反官僚意識と功名心でやっただけのことなんでしょうね。

 反官僚、反大企業経営者の思想を持っている人間が首相になっちゃいけませんよ。日本国のシステムを動かすのは官僚、経済を動かすのは大企業です。そのいずれとも仲良くするつもりがないのであれば、官僚も大企業も政府や首相の言うことなど聞くわけがありません。そうやって省庁が暴走し、情報を隠蔽し、大企業が日本での活動と納税に愛想を尽かして海外に拠点を動かすとしたら、それは明らかに政治の失敗です。

 ちょっとくらい支持率が高くなったからといって調子に乗って消費税10%をぶち上げたとたんに参院選挙大敗。菅ってバカ丸出しですよね。東工大を卒業した超エリートなのに、どこかで思想のネジを間違えちゃったんでしょうか?やっぱり人の上に立って組織を動かす訓練経験と思考を持っていない人間が与党のトップ、一国の首相などになっちゃいけないんでしょうね。

 あーあ、大失敗だったな、菅首相。でも多分今の民主党じゃ小沢が首相になってもダメでしょうね。小沢も今や反自民の意識が強すぎて、連合や日教組と手を組んでいるくらいですからね。元々の思想が正反対なのに、票目当てで近づいちゃうんですもんね。で、ひとたび近づいちゃうとそこの票を切るわけにいかないから、こういった労働組合連中の偏った思想に迎合する政策を打ち出さなきゃいけなくなりますものね。最悪ですよ。

 小沢が首相になってもダメ、民主党じゃ。小沢は切れ者だし、政治というものをよく知っていますけど、リーダーではありません。彼は表に出ない参謀がお似合いなんです。参謀が担ぎ上げられてリーダーになったってロクな事はありません。

 民主党の政治家達も良く考えて欲しいもんですが、小沢が首相になったらそれこそ民主党の支持率はもっと下がりますよ、絶対。実力は別としてイメージ悪すぎますもの。それよりも政党として得策なのは、例え思想が左寄りで何もできない菅であったとしても、ひとたび自分達が選んだリーダーをウソでも一生懸命に党全体として支えようとする姿勢ですよ。

 それこそが自民党と違う姿勢であり、民主党こそが政権を担うにふさわしい政党であると世間に印象づける行動ですよ。それともそんな「芝居」を打つことがもはやできないほど、民主党の内側はボロボロで、菅に首相たる資質がなさすぎるってことでしょうか(笑)。

 あー、ホント最悪。

P.S. 菅総理ってくさかんむりだったんですね(笑)。間違えてたけかんむりの「管」にしてました。

ドクハラの話

2010 - 08/20 [Fri] - 12:39

 ドクハラとという言葉があるそうです。要するに「ドクター=医者」によるハラスメントということですね。まあ元来お医者になるような方はその人生で恵まれている場合が多いので、どうしても患者や周りの人達に対する配慮に欠けている人が多いのでしょうね。

 私がよく知っている医者にもちょっとそういう傾向がある人がいますね。宴会の席で嫁さんが急に具合が悪くなって誰かが遅れてしまったときに、同席していたその医者に遅れた理由を説明して詫び、嫁さんの症状を話していると、「そんなん、早よ医者行かんからや!」と吐き捨てるように言い放っているのを聞いたことがあります。

 遅れた相手は嫁さんの具合が急に悪くなってどうにも動きが取れなくなったから遅れたのです。当然相手は嫁さんのことを心配しているからこそ遅れたのですが、この医者はその友人の嫁さんの状態を心配をするわけでもなく「早よ医者に行かんその嫁さんが悪いんや。自業自得や。」と言わんがばかり。

 こんなことを言われて、いくら親しき仲と言っても限度はありますわね。私もその会話を横で聞いていて「ああ、この人にはどんな病気になっても絶対に診てもらいたくない」と思いましたね、正直。当然家族をその医者に診てもらうなんてもってのほか。実際、たわいのない日常会話とはいえ医者にそんなことを言われると誰だってそう思いますよ。

 まあ友人にそんなデリカシーのない言葉を吐くくらいですから、病院の患者さんに対しても少なからず失礼なことを言っているでしょう。でも昔の医者は本当に横柄でしたよね。私も子どもの頃耳鼻科で医者が持っている金属の曲がった棒で頭殴られたことがありますし、なんかそんな経験が何度かあります。で、そういう医者には二度と行きませんよね、絶対に。(笑)

 今はそんな頃と比べるとずいぶん医療関係者の人当たりは柔らかくなりました。しかし個人の開業医などではまだまだ横柄な人もいると思います。当然本人はそんなことをちっとも気がついていません。無理に気付かせる必要もありませんが、ドクハラを受けたなと感じたら我慢してそんな医者になど通わず、他の良い医者を探した方がいいんじゃないでしょうか?

 患者の気持ちに配慮が至らないような医者が患者のために良い医療を行うはずがありません。例え言葉下手であったとしても、患者のためにしているのであれば某か患者には伝わるものです。それがない医者は・・、分かりますよね。

 冒頭の医者が「最近ちょっと患者さん減ってきてるんやわ。暑いからかなぁ。医療制度のせいかなぁ。」と言っていましたが、「そりゃあんたの診療態度に問題があるんじゃないの?」と言いたいところをグッと飲み込みましたね。

 医療も所詮サービス業。タダちょっとその専門性が高く責任が重いだけの話です。患者を不愉快にさせれば患者が減って、その医者も儲からなくなるのは当然なんですよね。まあこれは医者だけでなく弁護士、税理士にも同じ事は言えますが・・。

近税会定期総会の速記録を読んで

2010 - 08/17 [Tue] - 11:37

 まあどこの世界にもいるのでしょうが、定年のない税理士などの自由業では訳の分からないご老体が存在するものです。この方々が今もまともに仕事ができているとは到底思えませんが、肩書きだけは持ち続け、場合によっては申告書に印鑑を押して提出したりするもんだから困ったものです。

 先日届いた近税会総会の速記録を読んでいますとそのようなやり取りがあったことが伺えます。議案の質疑の際に「税理士法改正について」と発言を求めた「大先輩」税理士が突然意味不明な発言を行い議場を混乱に陥れます。

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相続税の課税根拠について考える

2010 - 08/13 [Fri] - 13:30

 時々相続税の納税者から「なぜ相続税が課税されるのか?」という質問を受けることがあります。そこで相続税の課税根拠について考えてみたいと思います。

 例えば「被相続人の生涯所得の清算」とかの説明もありますが、私自身が納得できないのであまり重視していません。「被相続人の生涯所得の再精算」説では実は相続税の課税根拠のほとんどを説明することができません。この説では被相続人が生前に獲得し相続開始まで保有し続けた土地、有価証券などの財産に関するキャピタルゲインについて相続時に精算して所得課税しているのだ、と聞きますが、それだったら相続税課税の財産評価の際には土地や有価証券の評価額から取得価額を控除しなければならないはずです。

 更にいえば相続税の課税財産に現金が含まれていますが、現金についてはデフレにならない限りキャピタルゲインなど生じないはずで、歴史的に見て日本では少なくとも明治時代以降貨幣の価値は下がり続けていますから(つまり昔の1円の価値と今の1円の価値を比較すると、今の1円の価値の方が遙かに低い)、現金についてキャピタルゲインが生じているとして相続発生時に被相続人が保有していた現金残高総額に対して相続税を課税する理由はどこにもありません。

 そもそも被相続人はその生涯で獲得した所得については毎年所得税を課税されています。その所得税を支払った残りの財産が手元に残っているだけであって、そこに所得税が再課税されたのでは単なる所得税の二重課税に他なりません。

 また被相続人の生前に課税できなかった所得について清算課税するのだ、と言われても、保有資産のキャピタルゲイン以外にそのような生前未課税で残ってしまった所得なんて普通あるでしょうか?それとも生前脱税しまくっていて全然まともな所得税を負担しないまま納税者が死んでしまったので、さんざんため込んだ財産を調べ上げてそこから生前取れなかった税金をぶんどってやれ、という話なのでしょうか(笑)。いやマジで当初の相続税にはそういう意図が有ったのかも知れませんし、それなら「生涯所得の再精算説」には納得します。

 確かに昔のように納税者も課税当局もいい加減だったときにはそういう可能性もあったでしょう。しかし今のこの時代にそのような理由でもって相続税を課税するのであれば、日本中の資産家を脱税者・犯罪者呼ばわりしていることと同じです。これは到底納税者としては容認できる話ではないですから、相続税を課税される論拠にはなり得ませんし、むしろこんな理由で相続税が課税されているのだとすれば課税当局に対して猛烈に抗議を行うべきです。

 ですから私は相続税の課税根拠を「先代から(なんの苦労もなく)財産を無償で得られたことについて、その経済的利益に対して課税する。」ということだと理解し、納得しています。そしてその相続税が課税される「経済的利益」とは何か、と考える場合、突き詰めて考えれば相続によって取得した財産の売却価値、すなわち現金換価価値だと思うわけです。

 つまり相続で得た財産を全て売り払ったとした場合に得られる現金収入額こそが相続によって得た経済的利益と考えることができるので、その現金収入額に対して相続税を課税しようと言うことではないかと思うのです。その証拠に相続税の課税財産は全て現金換価価値のあるものを限定列挙していることからもその課税根拠を読み取ることができます。

 もちろんあくまで所得税と税目は違いますから、実際の課税の計算においては取得原価は考慮しません。あくまで相続税は「先代からの財産を無償で得た経済的利益」に着目して課税するだけですから、タダで財産をもらった相続人について言えば「取得原価」などありません。相続税は単純に相続した全財産を現金に換えた際の収入額総額について課税しているだけなのです。

 ただこれでは実際に不動産などを第三者に売却した際にはもう一度譲渡所得税が課税されて二重課税ではないか、という問題が生じます。しかし逆に相続人が先代から相続した不動産を生涯保有し続けたとした場合には譲渡所得税は一切発生しません。ですからもし所得税との二重課税を理由に相続税をかけなければ代々財産をなんの苦労もなく維持し続けることができますので、国家戦略として富の再配分や階層の固定化を避けるという目的を達成させるためにはやはり相続税をかける必要性があるのです。

 そう考えると相続税は「先代から無償で得た経済的利益」に対して課税していると同時に「先代から引き継いだ財産を将来売却した際の譲渡所得税の前納」とも考えることができます。ですから実際に相続で得た財産を譲渡して売却益が生じた際には、その譲渡所得税額からその売却資産部分に対応する相続税額を税額控除するのが本来的には望ましいと思います。

 そうすれば同じ資産税としての相続税と譲渡所得税の関係や位置づけがより明確になりますし、相続財産を保有し続けた場合やそれを売却した場合の税負担の公平性と二重課税排除が保たれてより良い制度になるのではないかと思います。

 最近は相続で得た財産を相続開始後3年以内に売却して譲渡所得が生じた場合には、その譲渡資産に対応する相続税額を取得原価として控除してくれる制度(相続税の取得費加算)がありますので、このような相続税と所得税の二重課税排除制度をもっと徹底すべきだと思います。所得控除よりも税額控除の方が本来は望ましいですし、譲渡期間を設けることなく次の相続や贈与が発生するまでの期間においていつでも控除できるようにするべきではないかと考えます。

 このような考えを仮に相続税の「譲渡所得税前納説」と呼ぶとすれば、この考えに基づけば相続税というものの性格がより正しく理解できると思いますし、所得税との二重課税問題を考える場合の理論的根拠になり得るものではないかと考えています。

日本の英語教育

2010 - 08/08 [Sun] - 18:32

 最近も新聞で日本の英語について記事やコラムになっていたのでそのことについて。

 これだけ経済がグローバル化してくると英語ができた方が日本人の誰にとってもメリットがあることは、これは論じる以前に間違いのないことです。インターネットでは英語の情報に溢れているし、海外に出かけるときも英語ができればまず困ることはないし、ある意味英語は世界の共通語になっていると言っても過言ではありません。英語が自由に使えることで得られる可能性や利益は計り知ることができません。

 しかし日本人だって英語を習っていないわけではないのです。そればかりか中高の6年間は義務教育でバッチリ習うし、大学に入ってからも習い続けることが多いのです。それなのに多くの学生は英語が満足にマスターできないのですから、これはもういままでの英語教育が無駄で間違いであったということは疑う余地がありません。

 そんなことは社会に出て英語を使う機会が増えている現在であれば誰だって実感していることでしょう。それにもかかわらずいまだにダメな英語教育が行われ続けている最大の元凶は大学入試にあります。大学入試の英語では相変わらず文法、単語力、読解力を問う昔ながらのマニアックな問題が出題されるため、結局高校までの英語教育は大学入試で点を取ることに目的を置いた100年前の英語教育しかできないのです。社会からの要請があっても変わりようがないわけです。

 だから暴論を言わせてもらえれば、英語なんか所詮人間が話す言葉、言語にすぎないのですから、これを大学試験で問うようなことはやめればよいのです。或いはどうしても英語の試験を行いたければ高校生全員がTOEICを受け、そしてそのスコアを入試に流用すればよいのではないでしょうか?それで十分だとおもいますよ。

 TOEICは全問ヒアリングでマークシート式です。試験も簡単だし、採点も簡単です。問われるのは聞く力と、語彙力、内容の把握力の基本的な部分だけですが、それでも各人の英語実用力のレベルを問うには十分すぎる内容です。

 現代の英米では誰も使わないようなくっだらない100年前の文法や単語の用法を学び、入試以外で絶対に読むことのない小難しい文章読解力などを問われる試験を受けなければならない学生の努力と、それを教え込む学校や予備校の努力とコストははっきり言って無駄以外の何ものでもありません。だってそれをマスターしてもほとんど実社会で役に立たないからです。

 相当高度なレベルで高校までの英語をマスターしても、多分その9割以上は実社会では何の役にも立たないわけですから、これは国家レベルでの損失と言ってもよいほどの話です。中学高校に渡って英語を勉強する生徒の時間・労力とコスト、学校や塾の講師の無駄な準備時間や人件費を集計すれば膨大な金額になるはずです。一度賢い学者さんがその経済損失額を試算してみたらどうでしょうか?

 日本人の英語力を高めるためには、まず従来の英語教育と大学入試をやめることが絶対条件です。その上で英語を学校で教えるのであれば教師はネイティブでなければなりません。少なくとも日本語訛りで英語を話す英語教師は採用してはなりません。そもそも日本の英語教師のほとんどは英語が話せません。英語が話せない人間から英語を習うという落語のような、またこれ以上ない不幸な状況は即座に改善する必要があります。

 そして授業の内容は、最初の1-2年は現地の幼稚園、小学校低学年クラスの内容でよいでしょう。当然会話中心です。で、英語なんか所詮言語ですし、やる気のない生徒がいるとクラスの雰囲気が悪くなりますから、やる気のない生徒は受講しなくても済むように英語は選択科目にするべきでしょう。

 仮にその生徒がその後の人生において英語授業を選択しなかったことを後悔するとしても、そりゃ自己責任に任せりゃイイんじゃないですか?どうせ今の必修状況でも役に立つ英語が身につくことなどないのですから。

 で、学校はそのような感じで中学、高校と進につれて内容をより日常的で実戦的な会話にレベルアップさせていき、最終的には字幕無しで英語の映画が理解できるようになれば素晴らしいでしょう。

 しかし学校だけで英語を本格的に学んでも実はそれほど効果はありません。やはり日常において英語というものが身近にないと学ぶ側のモチベーションも上がりませんし、英語に親しみを感じることができません。

 そこで私が提案したいのはテレビで一日中英語しか使わないチャンネルを新たに設けることです。内容はニュース、バラエティ、教育、何でもよいです。海外の子ども向け番組を流用したものでもかまいませんが、日本人に内容がピンと来る番組でなければなりません。そうやって一日中自分達に興味がある内容の番組を英語だけでやっているチャンネルがあれば、ごく自然と英語に親しむことができるのではないかと思うのです。

 だって私たちがビジネスで海外に行く場合、英語圏に行けばテレビをつけたって英語でしか放送は行われていません。最初はこれが結構ストレスになるのですが、不思議なことに現地の放送を丸2日も見ていると頭の中のスイッチが切り替わって耳から入ってくる英語が苦にならなくなります。これと同じ効果をテレビの英語専門チャンネルに期待したいわけです。

 今の日本では英語に興味がある、英語のレベルをもっと高めたい、と思っても先ほどのような英語漬けの日常環境を作り出すことはほぼ不可能です。しかし英語専門チャンネルがあれば先ほどのように自分が英語圏にいるのと同じ語学環境を自宅に整えることが可能となります。これは自分の生活を英語漬けにして英語のレベルアップを望んでいる人達には願ってもない環境だと思います。

 ところで最も望ましいのは全ての日本人が自由に英語を使いこなせるようになることです。しかしこれは日本の第一言語を英語にし、全ての日常会話と表記を英語にするというほど徹底させなければほとんど期待できません。なぜなら日常使う必要がない言語を学ぶことに意味を見出さない人が必ず多数いるからです。

 ですから本気で日本の英語力を何とかしたい、何とかすべきだ、と考えているのであれば方法は二つです。一つは日本の国語を英語に変えてしまうこと。当然町中の看板や店名の表記も英語に変えなければ意味はありません。そしてもう一つは今まで述べてきたように大学入試の英語を完全に見直し、それに合わせて中高の英語教育を見直していくことです。

 はっきりいって日本人の英語力を全般的に改善し、底上げしていくにはこれだけドラスティックなことを行わなければ絶対に無理です。個々人が自分の英語力を高めることは努力によっていくらでも可能ですが、それだけでは国民全体が英語を通じて得られる経験、知識、可能性を得ることは期待できません。

 日本という国家として英語を考えていく場合、今までのようなマニアックで学者にしか価値がないような大学入試と学校英語教育は即座に廃止する必要があります。これは本当に疑いのないことで、仮にこのアイデアに反対する人がいるとしたら、それは英語が話せない中学、高校の英語教師だけだと思います。しかし私に言わせれば、今まで何の役にも立たない勉強を全ての生徒に強いておきながら、その反省もなくよくそんなことがヌケヌケと言えるもんだな、と思うくらいです。

 本来であれば彼ら自身がもっと役に立つ英語教育のあり方について改善を提案し実行するべきだったのです。それだけの十分な時間と知識を持っていたにもかかわらず何も行動を起こしてこなかったことの責は彼ら自身が負うべきです。

 とにかくこれだけ変化の激しい時代においてのんびりと英語教育の見直しなどしていたのでは全く話になりません。変えなくてもよいものは変えなくてよいですが、変える必要があるものは即座に変える必要があるのは物事全ての常です。日本の将来を考えた場合、英語教育を即座に見直すことは何よりも効果があることがも知れません。

年末調整の話

2010 - 08/08 [Sun] - 01:22

 先日大手金融機関の人事部にいる子供の頃からの友人と話をしていたことのこと。

 彼といろいろな話をしている中で社員の年末調整の話になりました。彼によれば「お前、ほんとに会社の人事部にとっては年末調整って年間最大のイベントだぞ。」とのこと。

 「だってな、年末調整業務にかかってる人件費って馬鹿にならねぇぞ。どれだけ税務署の代わりに俺達が働いてると思う?」と彼は続けます。「そうだなぁ、お前の会社みたいに社員が一万人もいる会社なら、もしオレが年末調整請け負ったら100万円なんて金額じゃ到底受けられないぞ?」と私が言えば、「そりゃ無理だろ。」と彼も返します。

 仮に社員ひとりの年末作業をこなすのになんだかんだで平均20分かかるとして1万人の作業をすれば3,333時間かかります。人件費を3,000円/時間とすれば約1千万円になります。効率がよく処理が出来ればもっと安くすむかもしれませんが、各社員の資料準備が悪ければもっと経費がかかるかもしれません。

 こうやって計算してみると本来税務署が負担すべき経費を企業が負担しているコストは馬鹿になりません。ですから友人は「年末調整がなくなってみんな確定申告してくれればなぁ・・。」といいます。「でも日本中のサラリーマンが確定申告したら税務署員絶対足りないぞ。結局社内で処理しなきゃいけなくなるんじゃないの?」みたいな話をしていました。

 その後彼とは「税制はなんでこんな複雑なんだ?」とか「電子申告がもっと楽になりゃマシになるかもな」みたいな話をしましたが、まあこれは本当に何がベストな解決策かはわかりませんね。ただやはり会社が税務署の代わりに負担している人件費相当額は何らかの補助金か税額控除を受けるべきですよね、絶対。

 そりゃ所得税法では源泉徴収と年末調整義務が企業にあることにはなっていますが、しかしこれは法律で体良く企業にタダで下請け作業を強制させているようなもの。本来的に考えれば企業が全従業員の確定申告作業を行う義務を負わされるなんて全くおかしな話ですからね。そんなことホントは社員が自分で申告すりゃいいだけの話です。年末調整を行う企業には法人税率を下げるなり、税額控除を行うなりの手当を行うべきですね。

お店の料理は保守的なのが好きだなぁ。

2010 - 08/04 [Wed] - 20:03

 どんなジャンルでも料理屋さんには二通りがあります。一つはひたすらにオリジナリティと新しさを追求し続けるタイプ。そしてもう一つは自分が確立した味、学んだ味をただひたすらに愚直なまでに提供し続けるタイプ。

 先日もNHKの夜の番組で二人の三ツ星日本料理人に関する番組があり、彼らは正に先ほどの二つのタイプに分かれるものでした。きっと実際に食べてみればどちらの料理も死ぬほどおいしいと思いますし、また自分に経済的な余裕があればいろんな新しい味にチャレンジしたいと思うかも知れません。

 ただ・・、今の私は食に関しては極めてコンサバですね(笑)。もちろん新しいものにはどんどんチャレンジしますが、その食べに行ったお店の味やメニューが毎回変わるようじゃイヤです。前にも書いたかも知れませんが、私は「前にこのお店で食べて美味しいと思った料理を何度でも食べたい」と思うタイプなんです。

 ですから「この料理の、こんな味が食べたいときはここ」とある程度お店を選んで決めています。それなのに予定していた味じゃない料理が全然違う値段が出てきたりするともの凄くがっかりするんですよね、「あぁ、もうあの味の料理は食べられないのか」と。

 もちろん人によってお店を選ぶ基準、味の好みは様々だと思いますが、私はそんな感じです。一度気に入ればお店の浮気もしないけれど、お店の味も変わって欲しくない・・、そんな感じです。

 だってね、お店の味を変えない、とか昔ながらの伝統を守るお店って、考えてみれば凄いことなんですよ。だって昔からいろんなことに挑戦し取り組んできた結果、今の味に洗練されている、今の味がベストだ、ということですもの。だから味を変える必要がない、ってことなんですもの。

 先般のNHKの番組でも面白いことをやってました。二人の三ツ星料理人のうち一人は常にチャレンジと新しい味を求める人で、大ウナギを細かく骨抜きして、蒸して、最後に焼いていました。それを食べたもう一人の料理人は、その味に刺激を受けて同じ大ウナギにいろいろな料理法を試して試食をしてみます。しかし彼はそもそもウナギは伝統を受け継いで「焼き」だけで料理を行ってきた、いわゆるコンサバな料理人です。

 そしてその試食の際、まず蒸して焼いたウナギを食べて「これは旨い」と一言発しますが、そのあといつも通りに焼いたウナギを食べると「やはり、これ。理屈抜きにこれが一番旨い」。そして今度は革新的な料理をする料理人を店に招いて自分が守り続けている昔ながらの焼きウナギを食べさせます。

 するとその革新料理人が一言「美味しいよ・・」。結局その革新料理人も焼きのおいしさを再認識し、コンサバ料理人の影響を受けたウナギ料理をお店で提供することにしました。

 まあ、多分美味しい料理ってこういうものだと思うんですね。特に歴史の長い日本料理などでは、素材をもっとも美味しく食べる方法ってある程度定番として確立されていると思うのです。もちろん改善の余地や、革新的な料理が登場する余地はあると思いますが、でも所詮キワモノ的なものだと思うのです。

 何しろ定番料理には食べる人間からみて安心感があります。「ああ、あの店のあの料理。あんな味で美味しいねぇ。」というものがあると思うのです。だから5年行かなかったら味が変わってしまうお店には私はあまり行きたいと思いません。5年前に食べたあのおいしい料理がもう一度食べたいから同じ店に行くんです。30年前と同じ料理を出してくれれば私はずっと通い続けます。

 私にとってお店で食べる料理ってそんな感じですね。いつでも定番料理を変わらない味で出してくれるお店が私にとってはよい店です。値段の高い安いはあまり関係ありません。とにかく前食べて美味しいと思った味の料理を同じような値段で提供してくれれば、それが一番嬉しいです。

 でも神戸では大震災の影響や、経営者の高齢化で少しずつ美味しかったお店がなくなったり味が変わったりしているのが残念ですね・・。これも時代の移り変わりなのかなぁ・・。

まるやすラーメン

2010 - 08/04 [Wed] - 18:53

 きょうは久しぶりに安いラーメンの話など。

 先日ネットを見ているとなんとなく安くて良さそうなラーメン屋さんが。でもどこかでこの名前見たことがある・・、ああそうか、以前に仕事でよく通っていた道沿いにあるラーメン屋さんだ!ということが判明。

 実はこのお店、今のお店の前にも別のラーメン屋さんがお店をしていたのですが、あっという間にお店が変わってしまいました。なので、この場所はよくある「飲食店不毛の地」だと思っていて、その後にできたこの「まるやすラーメン」には入ったことがなかったのです。(後でネットを見たら、以前やってたお店は「愛の貧乏脱出大作戦」にでたことがあるお店だったんだって。じゃあすぐに潰れるはず♪。)

 看板も若干お金かかってなさそうだし(笑)、値段が安いのは前から知っていましたが、まるやすラーメンの前のお店も結構安かったので似たようなもんだろうと思って実は敬遠していました。

 で、今回そのネットの情報を見て結構評判も悪くなかったので実際に食べてみることにしました。私が食べたのは醤油ラーメン、400円です。何と400円!高校生の頃よく通ったすがきやのラーメンにも負けない値段です(笑)。他にも味噌、塩とありますがいずれも450円。安い・・。しかもチャーシュー4枚入りときちんと書いてあります。

 で、出てきたラーメンは豚骨醤油ラーメン。ああ、私の一番好きなパターンだ(笑)。チャーシューは4枚と宣言されていましたが、実際には5枚入っていました。嬉しいです。具はもやし、チャーシュー、ネギだけですが、じゅーぶんでしょう、400円だもの。ちなみにニンニクやショウガも自由に入れることができます。

 お味の方ですが、これで一体何の問題があろうか、いやない(高校時代の漢文の反語のよう(笑))。本当にこれに文句つける人がいたらご意見を聞いてみたいですね。そりゃ高級ラーメンとは違います。でも高級ラーメンって何?何が高級なの?美味しくて安かったらいいんじゃないの、と素直に訊きたくなるラーメンです。

 私も社会人になってからはいろいろと名店と呼ばれるお店にも行かせていただきました。ですからそれなりに美味しいものは食べたことがあるし、味の違いも多少は気がつくんじゃないかと思います。そりゃグルメの方には負けますけど(笑)。でも値段が高くて美味しいのは当たり前です。だって高くて美味しくなければ客が暴れますやんか(笑)。でも時々そういうお店あります、名前だけ、ってところが、とくに洋風系は。

 で、その一方で私が高く評価するのは「安くても美味しいお店」。だって安くて美味しくするのは難しいですもの、高くて美味しいお店作るよりも。もちろん評価のレベルは落としますけど、でも値段との兼ね合いで8割自分が満足すればそこは素晴らしいお店だと思いますね。

 話を戻しますと、麺は比較的細目です。豚骨ラーメンによくある麺です。でも美味しい。匂いもいいし、茹で具合もいいし。スープはちょっと薄めかも知れませんが、全然問題ありません、美味しいです。それから5枚入っているチャーシューも全く文句ありません。美味しいです。

 何度も繰り返しますが、これで400円ですよ。なんか文句あります?(笑)普段食べてる600円以上のラーメンって何よ?って訊きたくなりますよ、ホントに。

 実はこのラーメンの味、私が田舎に住んでいたとき週に一回やって来るチャルメラ屋のおっちゃんが作っていたラーメンの味とほとんど一緒。違うのはスープの濃さとメンマが入っているかどうかの違いくらい。だからこの味元々私の好みなのです。

 でもそういう好みを差し引いても何の問題もないと思いますね。このお店はラーメンだけでなくチャーハンや他のメニューもあるので次回はぜひチャーハンを食べてみたいですねぇ。もちろん味噌や塩ラーメンも。

 ああ、いい店を見つけました。アンダー500円でこれだけのクオリティのラーメンが食べられれば正直満足です。また近いうちに寄ろう。ただ一つだけ問題があるとすればラーメンに浮いている油がちょっと口に残ります・・。油をあと足ししているのかな、あと足しすると油が結構残るんですよね。昔の二国ラーメンや昔のもっこすみたいに・・。

 でも一言・・。この値段で、この内容なら何の問題もなし。

 まるやすラーメン 〒657-0841 兵庫県神戸市灘区灘南通5-2-9

登山するときゃ、他人の迷惑も考えろ!

2010 - 08/02 [Mon] - 23:02

 こんなことを言ってしまうと多くの人に怒られてしまうかも知れませんが、冬山にしても夏山にしても、登山に行く人達って本当に自分勝手だなぁ、と思います。だってですよ、自分が遭難したときに探しに来てくれる人や心配している人のことを少しは考えてみろ、って思っちゃうんですよねぇ。

 つい最近も埼玉県の沢登りをしていた人が動けなくなって救助に向かったヘリコプターが墜落して乗組員が死亡、そしてその墜落した現場に取材に行こうとした記者とカメラマンがガイドの注意も聞かず勝手に自分達だけで山に入ってこれまた死亡。また北海道では60歳代くらいのパーティーが動けなくなって救助要請。

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肉食系女子、草食系男子

2010 - 08/01 [Sun] - 23:31

 肉食系女子だとか草食系男子という言葉が世の中で使われるようになって随分と時間が経ちます。最近の若い女性の積極性と、それと反比例するように何事についても消極的な男性を称してこのような言葉が出てきたようです。

 でも実際のところ、肉を食べれば人間は積極的で攻撃的になり、野菜や魚ばかり食べていると消極的でのんびりとした性格になります。これは私自身の体験からも感じられたことです。

 30代の半ば頃でしょうか、自分の健康にもっと気をつかってみようと思って食事を健康的なものにしようと心がけたことがありました。肉食は大腸癌や消化器系の病気の原因になるだけでなく、コレステロールなどのせいで血管の衰えも早めるという話を聞いていましたので、私の大好きな牛肉食を控え、代わりに植物性タンパク質や魚介類を食べるように心がけた時期がありました。

 確かにそうするとさっぱりとした食事になって何となく体の中がスッキリするような気がしました。ところがこういう生活をしていると、つまり高齢者が食べているような体に優しく負担のない食事だけを摂っていると人間そのものがだんだんと年寄りのようになってくるのです。

 こういう食事を続けていると次第に精神的に新しいことにチャレンジしようという気持ちがだんだんなくなってきて、積極性がなくなってきます。そして何より肉食によるパワーが減ってきますので、精神的にも肉体的にも疲れやすく、本当に自分が年寄りになってしまったような気がしてきました。

 そこで私は気がつきました、「まだまだ私自身は精進料理を食べて過ごす年齢ではない。もっと肉を食ってエネルギッシュに動かなきゃいけない年齢なのだ。」ということに。やはり人間の体は食事が作っているんですね。で、再び肉食を普通に行うようになるとやはり体に精気がみなぎってきて気持ちも積極的になり体も疲れにくくなりました。

 確かに高齢者で体もあまり動かさなくなってくれば、コレステロールなどに気をつかって魚と野菜中心の料理が理想的でしょう。しかし年齢が若いうちはそれだけじゃダメなんですね。やはり肉を食って体に肉食生物としての本能を思い起こさせるというか、肉を食うことによって体と精神に積極性とパワーをつけなきゃいけないんですね。体に良い食事はもっと体と脳を積極的に使わなくなったときに移行していけばそれでいいんじゃないかと思うんですね。

 医者に言わせれば異論はあるかも知れませんが、自分自身の体験としてやはり人間肉を食わなければパワーと積極性は身につきません。最近の若い男の子達は「草食系」と呼ばれるだけでなく、実際にあまり肉を食べないと聞きます。でもそれじゃ若者として世の中を渡っていくパワーがつきません。肉を食わなきゃパワーもないし、体も動かせないし、肉体的な疲れもないからそりゃあ酒を飲んで騒ぐなんてこともする気がなくなってくるでしょう。

 だから若い男の子達はまず肉を食べましょう。ハンバーガーでもなんでもいいです、とにかく獣肉を食べましょう。若くて元気な体であれば肉を多少食べ過ぎたって病気の心配などありません。肉を食いすぎて体のことを心配するのなら、肉を食った分に応じて体を動かして消費すりゃいいんです。

 食事をヘルシーなものに変えていくのは体を動かさなくなってからで充分です。だから40代でも50代でも、もちろん60代以上の方でも体を積極的に動かしているのであれば積極的に肉を食事に取り入れれば良いと思います。

 もう100歳近くになってそれでもエネルギッシュに活動されている医者の日野原先生は必ず食事に牛肉のステーキを入れていると以前のテレビで紹介されていました。その理由としてご本人は「肉を食べなければ消化器が弱ってしまう。だから肉を食べて消化器の強さを維持しなければならない。」とお話でしたが、それだけでなくお肉を食べているから肉体的にも精神的にも丈夫なのだろうと思います。

 確かに肉食による脂肪過多は体に悪いでしょう。日野原先生もだからこそ食べる肉は脂肪の少ないヘレに決めているそうです。私たちにはヘレは若干高級かも知れませんので、赤身肉で良いと思います。いわゆる「サシ」の入った脂ぎっとりの肉でなければ良いでしょう。

 そう、だから若い男の子達はもっともっとお肉を食べましょう。そうすればまず肉体が変わり、精神も積極的に強くなります。そうなってくればこれからの日本は世界との競争においても充分勝ち抜けていけるのではないでしょうか。

 刺身や鮨や野菜ばかり食べてちゃダメ。そんな料理は年取って体が動かなくなってからでイイんです。まずは肉食ですよ、若い男の子達。

「財務会計士」という資格を新設

2010 - 08/01 [Sun] - 00:35

 7月31日の新聞によれば、以前から取り沙汰されていた公認会計士の前段階の資格名を「財務会計士」とすることに決定されたようです。

 今日はめんどくさい話をはしょって書いていきますけど、じゃあ私たち税理士も呼び名を変えて「税務会計士」でイイじゃないですか。この名称は以前にブログに書いたことがあったかな?

 財務会計士はその後の監査実務研修を経て晴れて公認会計士になれるそうですが、税務会計士も3年間の監査実務研修を経て公認会計士の資格取得でイイじゃないですか。ダメ?或いは税務会計士になるためには会計・監査に関する追加科目試験合格を条件として現在の税理士に資格を付与したらいいじゃないですか。

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当ブログにお越しいただきありがとうございます、税理士のもりりです。のんびりと、時々辛辣に日々感じたいろいろなことを自由に書いていきたいと思います。

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