税理士もりりのひとりごと

税理士もりりがぶつぶつと日ごろの出来事についてひとりごとを綴っていきます





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麻生総理、頑張れ。

2009 - 03/30 [Mon] - 02:12

 麻生総理、確かに漢字も読めないし、ややKYなところはあるのですが、個人的に彼の施策については意外と悪くないなと思うこともあります。特に「高速道路の料金引き下げ」と「贈与税減免検討」については私も昔から望んでいたこともあって個人的な評価は高いです。


 高速道路の料金引き下げについては、「休日だけでは効果が少ない」とか「渋滞を加速するだけ」と批判する方達もいますが、私はそんなこと無いと思いますよ。道路が多少渋滞したってイイじゃないですか、大した問題ではないですよ。実際私も今日高速道路に乗って遠出をしましたが心配するほど渋滞はしませんでしたよ。しかも片道料金はきっちり千円。これはホントに有り難いことです。だって経済的に見ても、今まで高い道路代に支払っていた金額が浮くわけで、当然その浮いたお金を旅先で消費してくれる人が増えるでしょうから地域経済の活性化には必ず効果があるはずです。だって考えても見て下さい。あなたが消費者だとしたら高速道路会社にお金を支払いたいですか?それとも旅先の旅館、ごちそう、おみやげや観光にお金を遣いたいですか?私なら絶対的に後者ですね。高速道路会社に金払ったって仕方ないですよ。不必要に大儲けして天下りの温床になっている会社に無駄な金を払って天下り役人の給料に消えていくのなど嫌ですもの。どうせ金を払うなら自分の楽しみのために遣いたいですよね。通行料なんてインフラ料金に高い金など使いたくないですよ、誰だって。


 瀬戸大橋なんかできた当初から疑問に思っていましたが、あんな高い料金でだれが渡るっていうんですかね?借金があるから高い料金設定にしなければならないなんて正に役人の考え方。高い料金設定のために利用者が少なくなりなおさら借金が返せない、という悪循環に陥ることなど誰だって分かる話ですよね。需要があってこその料金設定なのですから、みんなが「この料金なら瀬戸大橋を使ってもいい」と思う料金設定でないと話になりませんよね。いくらお金をかけて橋を作ってるかどうかなんて利用者の知ったことじゃないですからね。で、今土日の通行料は千円ですよ。これが妥当な値段じゃないでしょうかね。だって向こう岸が見えている距離を渡る橋なんですからね、所詮。通行距離からしたら千円程度が妥当ですよ。それが消費者から見た「値段」ですよ。


 さっきの話じゃないですけれど、高速料金が千円になったおかげで多くの人が四国に渡ってうどんを食べに行っているじゃないですか。そして四国の地域経済は大きく潤っているんじゃないですかねぇ。これこそが高速料金引き下げの最大の効果ですよ。多少の渋滞が起きたとしても、そんなこと経済の活性化に比べれば大した問題じゃありません。なぜ今まで高速道路料金を引き下げようとしなかったのか不思議としかいいようがありません。今回の価格引き下げをモデルケースとして、それがどのような経済効果があるのか、どのような問題があるのか、それを検証して将来さらにこのサービスが平日にまで広がってくれることを期待しています。高速料金の値下げって、本当に一般国民への心理的な影響がすごく大きいんですよ。


 さてそして贈与税減免の話。これも以前からブログに書いておりましたように、経済活性化のためには高齢者が持っているお金を消費させる必要がありますから、相続税贈与税の課税を強化して強制的に高齢者の金銭を国が召し上げて再配分するか、或いは大胆に課税を減免させて家庭内でお金を若い世代へ流動化させて若い世代の消費を刺激するか、のいずれかになるわけです。課税を強化するのは利益集中と権力集中につながりますから国家としては一番やりたい方法なんですが、国民としては最も嫌な方法ですよね。で、逆に課税を減免する方法は自分達自身で自由にお金を使ってよいわけですから、国としてはノーコントロールで嫌でしょうが、国民としては最も嬉しいやり方ですよね。


 国民ウケのよい施策を行えば政府・与党の支持率がアップしますから、麻生政府及び自民党は減免措置の方を選択しようとしているんでしょうね。まあ考え方としては高速道路料金と全く同じですね。同じ金額を遣うにしても、嬉しくないことにお金を遣うのか(=高速道路料金や税金)、それとも嬉しいことにお金を遣うのか(旅先の楽しみのためにお金を遣う、自分の子や孫の為にお金を遣う)、そのどちらを政府が後押しするのか、ということですよね。


 そういう意味では麻生政権は国民が喜んでお金を遣いたくなるような施策を行おうとしているところに好感を感じますね。それは今までの政府ではほとんど見られなかった傾向ですが、麻生総理は矢継ぎ早に国民が喜びそうな施策を打ち出しています。もちろん支持率低迷というのが背景にあるのは確実なんですが、それでも大胆にこれだけのことをしてくれるのは決して悪くないと思いますね。


 私の個人的な考えは、国家が税収を増やしたいのであれば、税率を上げたり課税対象を広げるやり方ではなく、経済を活性化させてお金を動かしてその結果法人税なり消費税で税収を増やす方法のほうが望ましいというものです。そうするのであれば国家は税収を増やすためには税制をいじるのではなく、経済を活性化させることに尽力する必要があるわけで、今回の高速料金引き下げや贈与税減免などは正に経済活性化の大きな施策になりうると思います。


 頑張れ、麻生首相。この調子で国民が喜ぶ方法で経済活性化策を進める限り私はあなたの政策を支持しますよ。

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原監督の采配はバッチリ。

2009 - 03/28 [Sat] - 06:14

 またまた野球の話です。日本代表の藤川が肝心な場面で登板することなく、押さえが本来先発のダルビッシュになったことで藤川を心配する声などがあるようです。まあでもこれが短期決戦の戦い方なんじゃないでしょうか?定石にこだわったのがオリンピックでの星野監督で、結果はご覧の通りでした。翻ってWBCの原監督の指揮は短期決戦で勝つための采配としてはベストだったのではないでしょうか。だって原監督自身、自分のチームの大黒柱である阿部をほとんど使いませんでしたからね。使ってもいい結果が出なかったので結局城島に最後の方は任せきりでしたからね。


 だからピッチャーの押さえにしても藤川よりダルビッシュの方が現場では押さえとしてよかったと判断したんでしょうね。気合いとか、それまでの登板とか、体調とか、いろいろな要因を総合的に判断して短期決戦で勝つための起用を行っただけでしょう。勝つためのメンバーを勝てるような起用で相手にぶつける。日本チームは持ち駒が多いわけですから、その持ち駒の中からその一戦一戦で最善の選手をぶつけて結果的に勝利を収めればよいのです。


 たとえ全く試合に出ない選手がいたとしても、それは仕方がないことです。別に高校野球の想い出づくりを行っているわけではないのですから、試合に出ていない選手を無理矢理起用して良い想い出を作らせる必要もありません。これだけの大試合で、これだけの多くの国民の期待を背負っているわけですから、非情に勝ちにこだわる采配を取るのは当然です。ペナントレースのような長丁場を闘うのとは訳が違うのです。


 藤川の投球、もちろんWBCの時点でのという意味ですが、を見てみますと、どうも真っ向勝負で思い切りバットを振ってくるような相手には通用しないような気がしますね。多分それほど球も走ってなかったのでしょうし、抑えとしてはいまいちだったんでしょうね。まあ阿部ではダメ、と判断したくらいの原監督ですから、他チーム所属の選手起用に無用な配慮をするはずもありません。勝つためにはダルビッシュですら抑えに使うという、この臨機応変で最強を目指す采配が今回のよい結果をもたらしたのは間違いないのです。


 そういう意味では原監督の今回のWBCでの采配は星野監督の采配とは正反対。結果を見る限りやはりWBCは星野監督でなくてよかったと思います。こだわりのない、自由で、そしてその時々の最善を選択する原監督の采配はWBC監督の采配としてはピッタリだったと思いますね。

日本の野球は世界一!

2009 - 03/24 [Tue] - 10:54

 WBC、日本の連覇で終わりましたね。選手の皆さん、本当にがんばりました、ありがとう。今回のWBCは全く不安に思うことなく安心してすべての試合を見ていることができました。特に2次ラウンドで韓国に負けたあとでキューバに勝ったあたりから「もうこれで大丈夫。あとは全部勝てる。」という試合運びになって来ましたね。一言で言って気合の入り方が違うというか、ピッチャーの出来が抜群だったというか、城島のリードも最高でしたしね。いやぁ、城島は本当にいい選手ですよ。やっぱり強いチームにはすばらしいキャッチャーがいるもんですね。確かにMVPは松坂で、岩隈や青木も確かに凄かったんですが、あれだけピッチャーの持ち味を引き出して点を取られないような攻め方を指示したのは何といっても城島ですからね。城島なくしてあのピッチャーたちの安定したピッチングはありえませんよ。本当にすばらしいキャッチャーです。


 でもテレビを見ていても本当に不思議に思うことがあるのですが、なんで日本のマスコミは「相手のだれそれが強い、なかなか思うように戦わせてもらえないだろう」などと悲観的な報道ばかりするんでしょうねぇ。もうぜんぜんその理由が分かりませんよ。だって前回のチャンピオンチーム、しかも今回だって戦いぶりを見ていれば連覇もぜんぜん不安がない戦いぶりでした。「アメリカのピッチャーが凄い」「大リーガーのパワーは凄い」「キューバは世界一のチーム」等々、出てくる表現は相手チームを褒め称えるものばかり。「お前、何人(なにじん)やねん!」と訊きたくなるほど悲観的なコメントばかり。相手がどこのチームでも日本が勝ちますよ、心配しなくても。


 「大リーグが凄い、つったって、日本のピッチャーも野手もたくさん大リーグで活躍してるやん。」とすぐに反論できるような悲観論ばかりテレビで垂れ流して、なぜこんなに日本を「弱い、弱い」と言って逆に相手を「強い、強い」と言いたがるのかさっぱり分かりません。日本は世界一のチームですよ。オリンピックで負けたのは星野が悪かっただけですよ。星野の選手起用と戦略、姿勢が悪かっただけ。普通にメンバーを集めてきて、普通に野球をやれば海外のどのチームにも負けるはずないんですよ。安心して見ていればいいんですよ。松坂や、岩隈、ダルビッシュの球なんて世界の誰もそうそう簡単に打てるわけないんですよ、ブンブン力いっぱい振り回すバカみたいな連中には。日本の野球のほうが大リーグの野球よりレベル高いんですから、安心して「日本は強い」と自信を持てばいいんですよ。


 日本の野球は世界でも最高レベルにあることが、今回のWBCで改めて証明されたんじゃないでしょうか。大リーグ礼賛をやめて日本人はもっと日本の野球を賞賛し、自信を持って誇ればいいんじゃないでしょうか。第二次大戦の敗戦後、日本人は世界に対して「日本は強い!」と声を大にして誇ることを禁じられてきたような風潮がありますが、いいんじゃないですか、強いものは強いんですから。大きな声で「どうや、やっぱり日本の野球は世界一やろ?」と言えばいいんじゃないでしょうか。「来るなら来いや!」というくらい堂々と、野球の王者の国としての誇りと自信を持てばいいんじゃないですか?

管理職に与える「人とカネ」の力

2009 - 03/22 [Sun] - 09:07

 最近名ばかり管理職ってよく報道されていますよね。大企業の管理職制度であれば結構システマチックに人事制度が出来上がっていますのでそれほどの問題はないかも知れませんが、販売店などの現場や中小企業、もちろん税理士事務所などでもこういった管理職の扱いが曖昧になっているケースは多々あるのではないかと思います。


 管理職は特に中小企業などでは入社順で古い者から一定の役職を与えて名乗らせ、仕事を行っているグループのリーダーにすることが多いと思います。それが管理職だと当たり前に思っている中小企業の経営者や社員はとても多いと思います。しかしこれこそが名ばかり管理職なのです。


 といっても私は労働法などに詳しくないのでこれからは私個人の考えを書かせてもらいますが、管理職とは対外的な役職名を与えると共に、内部において権限を与えなければ管理職ではありません。その権限とは「人事権」と「決裁権」の2つ、つまり「人とカネ」に関する権限です。管理職とは何を管理しているのかと言えば、もちろん部下の仕事の内容を管理しているのは大きな業務ですが、それだけでは管理職ではありません。なぜならそれだけの役割を果たしているだけなら、すぐに小生意気な部下が言うことを聞かなくなるからです。


 つまりそういった小生意気な部下を含めて組織を統率させていくためには権限をその管理職に与えなければならないのです。部下よりも管理職の方が社内的に力がある、と部下に知らしめることをしなければならないのです。「上司は人間的な魅力で部下から尊敬を受けるように努力すべき」という意見もあるでしょうが、そんな誰からも尊敬を受けるような上司など世の中にいるはずがありません。人間には相性というものがあって、こればっかりは本人達の努力ではどうすることもできないものです。だから管理職に力を与えて組織をまとめさせる必要が一般的にはあるのです。


 その力が人事権と決裁権です。人事権は出来の悪い部下、そして言うことを聞かない部下の給与、処遇に関する決定権を持つことです。部下の給与と処遇を決める権限を上司が持っているからこそ部下は上司の言うことを聞くのです。当たり前の話ですよね。部下の給料を管理職の評価を聞くことなく社長が直接決めているのであれば、部下は管理職に気に入られようなどとしませんから管理職の命令に従わなくてもよくなります。社長ウケさえよければ自分の給料は安泰ですから、当然です。だから部下の評価と給与額の査定の権限を管理職に持たせて部下の首根っこを掴んでおかなければ上手く動くものも動かなくなるのです。


 それから決裁権も同様ですね。例えば何か備品を購入するにしてもいちいち経営者がウンといわなければ何も買えない状況であれば、部下は直接社長と相談することになります。しかし経営者が管理職に「一回5万円まで、年間50万円までの支出の権限はお前に任せる。」ということで決裁権を与えれば部下は直属の管理職に相談すればよいだけなので部下も気楽ですし、管理職もカネの支出を管理していることで部下の勝手な意見や行動をコントロールすることが出来ます。


 こういう権限を与えるからこそ管理職は管理職であるのであって、単に役職を与えて人の上に立たせるだけでは名ばかり管理職に他なりません。名ばかり管理職は何の権限も与えられていないのに部下の仕事を管理しなければならない立場にあり、多少給料が高くなったからと言ってもそれだけでは部下から「仕事も出来へんくせに給料だけ高い」と文句を言われるだけです。結局名ばかり管理職は部下を働かせるために部下のご機嫌伺いばかりすることになり、本来の管理職としての仕事を行うことが出来ません。


 組織をまとめていくためには力を与えることで下を押さえるという対策が必ず必要です。下が上に逆らえないようにするのがどんな組織でも絶対的な基本です。それを勘違いしてフラットで風通しのよい組織などを作ろうと考えたりするとやがて組織は収拾がつかなくなり大混乱してしまいます。もし下が上に逆らっているような組織であれば、それは上に立っている者の資質があまりに低すぎるのか、それとも上に適切な権限を与えていないからそうなっているのか、そのあたりを見極めて組織改革を行っていくことが大切なのではないかと思います。


 組織というものは大きくなっていく過程で必ず変貌していくものです。社長が全てを管理できるくらいの小さな組織であれば権限移譲は不要ですが、組織が大きくなってくると必ず権限移譲は必要になります。そうしなければ各層の社員のモチベーションを維持することが出来なくなり、やがて組織が混乱し始めるからです。誰を管理職に登用し、権限を持たせるか、その判断を行うことが経営者の大きな役割の一つであり、それが更に組織を大きく発展させるかどうかのキーポイントとなります。それに成功すれば組織はより大きく安定して発展し、失敗すれば組織は混乱し愛想を尽かした社員から会社を去っていく。ここに経営者の資質が大きく問われているといっても過言ではないでしょう。

藤原紀香、陣内智則、イチローと春日。

2009 - 03/20 [Fri] - 06:37

 藤原紀香と陣内智則が離婚するのだそう。芸能人のゴシップなど、まあ私にとってはどうでもいい話で藤原紀香が離婚しようと「あっそう」ってくらいの事なんですが、神戸の生田神社で結婚式を挙げて盛り上がっていただけに他の芸能人のゴシップより少し失望が強いのはあります。


 所詮芸能人の結婚、しかも男性芸人の結婚ですから、当初から女性関係で嫁さんが苦労することは容易に予想されたことです。芸人になる人間なんて本当にそんな人間ですからね。誤解を与えるといけないので断っておきますが、これは蔑んでいるのではなくそういう感覚を持っている人だから世の中の人を笑わせることが出来るんだということです。本当に信じられないほどスケベで、軽くて、いい加減な人間だからこそ世の中を笑いだけで渡っていけるのです。普通の人間とは全く違うのです。まあ普通の人がまともにお付き合いできる方々ではないです。


 そういう意味では陣内は芸人の鏡のような人間です。あれほどの美人を嫁にもらいながらオンナ遊びを止めることが出来ないというのが凄いです。モラルなんて言葉は彼の辞書にはありませんね(笑)。でもそりゃあモテますよ、だって「オレは紀香が選んだ男やでぇ~。どや、オレと付き合って紀香が選んだ男を試してみいへんか?」とでも言えば興味をそそられる女性も多いでしょうからね。有名な上に紀香のダンナ、それにルックスもそこそこですからモテますわ。まあ芸人ですからね、芸人が真面目に過ごしていてもしょうがないですからこんなもんじゃないでしょうか。


 予想されていたこととはいえ「やっぱりかぁ、そんなもんだな。」と納得しながらも、あまりにも予想どおりだったので改めて芸能人が一般人と異なった世界の住人であることを思い知らされた報道でした。ところで全然カンケーない話ですが、今WBCの日本-韓国戦を見ながらイチローが凡退していつものように偉そうに胸を張って肩を怒らせながら歩いてベンチに帰ってくる様子を見ていると、ふとオードリー春日に似てるなと思いました(笑)。ひとたびそう思ってイチローを見てしまうと春日以外に見えなくなるから不思議です。

ストレス解消法としての筋トレ

2009 - 03/07 [Sat] - 12:58

 この時期は税理士にとって大変ストレスの多い時期となります。大抵の税理士事務所では個人確定申告に追われているでしょうから、机にかじりついたままひたすら決算と申告を進めていくという作業を朝から夜遅くまで行っていると思います。こういう作業は本当にストレスの多いもので、人間最も疲れるのは肉体的なストレスよりも精神的なストレスです。何しろ精神的ストレスが募ると精神を病んだり、最悪自殺してしまいますからね。


 そんなときにこの精神的なストレスを取り去ってくれるのが体を動かす運動です。最近私がやっているのは筋トレによるストレス解消です。まあたぶん体を動かすのであれば何でもいいんだろうと思いますけれども、意外だったのは肉体にストレスをかけるはずの筋トレを行うと心の疲れがすーっと取れてしまうことです。走ったり、歩いたりしてストレスが解消されるのであればなんとなくイメージもつくと思うのですが、動き回ることもなくひたすら小さな運動を繰り返して筋肉に負荷をかけるだけの筋トレがストレス解消に効果があるのが驚きです。しかも筋肉に負荷をかけるからでしょうか、肉体が疲労感を覚えるのが比較的早く、しかも場所をとらないのが大きなメリットです。しかもボディデザインも同時に行うことができるとあって正に一石二鳥です。


 最近の私の筋トレメニューは二日か三日に一回ずつ腕立て伏せ100回、アームカールを左右合計で120回程度、そしてシュラッグを150~200回です。そしてこれらを行わない日にスクワットを80回程度行います。元々筋力の強くない私にとってはこの程度のメニューでも十分効果があります。ちょっと前まではゆるゆるの筋トレメニューで半年ほど続けてましたがいつまで経っても効果があるようには思えず、先月くらいからこのメニューで少し強めに鍛えることにしました。するとどうでしょう、効果は本当に早く現れましたね。胸や腕の筋肉は鏡に映しても明らかに違ってきているのが分かりますし、触るともっとよく分かります。今までの筋トレはいったい何だったの?って訊きたくなりますが、この一ヶ月で筋トレのポイントを少し理解したような気がします。


 ネットなどでその筋の専門家によれば、筋トレはきちんと施設の整ったところで行わなければ効果は少ない、と言われています。特に腕立て伏せは筋トレとしてはそれほど効果がないと言われています。確かにそのとおりなんだろうと思いますが、しかし私くらいの筋力の人間を少し鍛えるくらいであれば腕立て伏せは実に効果的なトレーニングです。場所も要らず、道具も要らず、出かける必要もなく自分の体ひとつでできるトレーニングです。何しろ絶頂期のマイクタイソンはマシントレーニングを一切行っておらず、ひたすら腕立て伏せやシュラッグなどの古典的な鍛え方であの体を作り上げていたそうです(ちなみに私はマイクタイソンの大ファン)。資質が違いますから彼と私を比べるのは何ですが、でもマシンを使わないトレーニングも効果は期待できると思ってよいのではないかと思います。


 この時期の税理士に溜まりに溜まった精神的ストレスを一気に吹き飛ばし、そして強い肉体と男らしい肉体を作り、そしてこれからの人生の後半をがんばって生き抜くためには筋トレはとてもいい方法だと思っています。最近の筋トレのおかげで、多分私は今までの人生の中でもっともパワフルで強い筋肉を持っていると感じています。衰えばかりに気になるこの年齢で、逆に自分のパワーのピークを感じることができることは心にもとてもよい影響があります。


 私の父も現在齢七十歳台の半ばで、会うたびに背中が曲がり足元もおぼつかなくなり、声も次第に弱々しくなっていました。以前より父の運動不足が気になっていた私は事あるごとに「運動しないとどんどん体が弱るぞ。でも運動すれば必ず体は元気になるから何でもいいから運動したらどうだ?」と事あるごとに言い続けていたのですが、なかなか父は実行に移すことがありませんでした。ところが何を思い立ったかこの正月に「エアロバイクを買おうと思うが、どう思う?」と私に訊いてきたので、「そりゃあ運動しようと思うのはいいことだから、すぐに買ったら。」と言うと即座に通販会社に注文を入れて購入していました。エアロバイクを買ったあと電話をするたびに「自転車漕いでるか?」と訊くと「ああ、がんばってる。」と父は答えていましたが、最近では明らかにその電話の声に力と元気がみなぎっていて会わなくてもその効果のほどが分かります。


 こういう効果ひとつをとっても運動するということは凄いものです。人間は動物ですから、やはり体を動かすということが肉体と精神に与える影響というのは想像以上のものがあるのでしょう。体を動かし鍛えると何より体が強くなりますし、そして必ず精神がポジティブになります。不思議ですが、本当に運動をすると人間の思考はポジティブになります。ポジティブになるだけでなく、ネガティブなことを忘れさせてくれる効果があります。だから仕事で嫌なことがあってなかなか頭から消えないような場合は、思い切って体を動かしてみれば不思議なくらい忘れてしまいます。これは同じストレス解消法としてのアルコールやバカ食いなどと比べれば副作用がない点で一番望ましい方法です。


 ついついストレスの多くなりがちな現代社会ですが、こうやって運動によって上手に精神的ストレスをコントロールするというのはとても原始的な方法ですが現代人にとってひとつの知恵かもしれませんね。さああと10日ほど、運動しながらがんばって仕事に励みましょう!

タメ口、経済格差、教育。

2009 - 03/02 [Mon] - 12:37

 税務支援の無料税務相談の相談員をしていての話です。若い女性の納税者がお見えになりましたが、いわゆる「タメ口」。一瞬「なんちゅう失礼な奴。」と思いましたが会話をしていると、どうも本人には別に悪意をもってタメ口をきいているわけでもなく、逆に好意を持ってタメ口でしゃべっているわけでもなさそうです。


 で、ふと思いました、「ああ、この人はタメ口以外のしゃべり方を知らないんだ。」と。そう考えればタメ口をきいている若者に対しても腹が立ちません。というよりタメ口以外の口の利き方を知らないわけですから腹の立てようもありません。自分の行っている行為が他人に対して失礼かどうかの区別ができないのですし、また彼らは敬語など使ったこともないし、きちんと教えてもらったこともないのですから仕方ないのです。彼らに「何やその口のきき方は!」と怒鳴ってみたところで、きっと彼らはきょとんとするだけでしょう。言い換えれば4-5歳の子供が他人に対して無意識になれなれしい口をきいているのと同じなわけです。


 実はそれまで私はタメ口をきく人たちもきちんとしゃべろうと思えばしゃべれる連中なのだろうと思っていたのです。ところが今回の件でタメ口しかきけない連中が世の中に結構いるということがよく分かったわけです。こんな状況はちょっと前ならば考えられなかったと思うのですが、最近ではそう珍しいことでもなくなってきているのかもしれません。どうしてこうなってしまったのかといえば、単純に親、教師をはじめとする目上の人間からきちんとしゃべり方を教えられることがなくなったこと、すなわち教育がだめになってしまったからに他なりません。しかしそういった時代にあってもこちらが感心するくらいきちんと場面に応じて話をすることができる若者がいることも間違いありません。この差は何でしょうか?


 そしてこの違いはずっとずっと以前の身分差別などが残っていた時代の状況とよく似ているのではないかとふと感じました。少し前の時代であれば人々の話し方を見ればその人の属している身分のランクが分かったものです。海外の多くの国でも話し方で身分を見分けていたものです。そういったしゃべり方による身分の差が少なくなったと思っていた矢先に再びまともにしゃべることができない若者が増える状況になってきました。これはつまり再び世の中の格差が想像以上に広がってきていることを意味しているのではないでしょうか。


 派遣切りやリストラによる経済格差はこれからの時代より大きくなっていくでしょう。公立学校における教育の質が落ちていくことが予想される時代においては、きちんとした教育を受けるためには親の経済力が問われることになります。そうなってくると豊かな家庭の子供は良い教育を受けて豊かに、貧しい家庭の子供はきちんとした教育を受けられずに貧しくなり、よく言われているように富と貧困の再生産が続くことになり格差は広がる一方でしょう。昔の日本は貧しさから、そして国際競争の中で勝ちあがるために国家戦略として教育を重視していましたが、今の日本は到底まともな公教育が行われているとは言えません。


 教育の危機はたびたび日本で声高に叫ばれてきていましたが、若者のタメ口を聞いてその問題の大きさを改めて実感するとともに、本当に日本の教育と将来が心配になってきました。学校の先生も日教組活動や、国歌斉唱を拒んだりなどというくだらないことをやって日本の教育をめちゃくちゃにしてはいけませんよ。勉強の前に権利を子供に教えるような愚を行ってはいけません。私が育った地域は田舎でしたので私立の進学校もなく、進学塾など存在していませんでしたが、公教育とほんのちょっとの通信教育だけでみんな東大京大に入っていたものです。今どうか知りませんが、私のあるべき公教育のイメージはそういう感じです。家庭環境にかかわらず誰もが等しく優れた教育を受けることができるのが本来の公教育の姿だと思うのです。


 都会では本当にまともな教育を子供に受けさせようとすると、小さいころから塾に通わせそこそこの私立学校に入れなければならないような風潮があります。私はこの状況には大変な嫌悪感を抱いていますが、もはや逆らうことができない状況になっています。しかし先ほども書きましたように教育は将来の国家を作る大変重要な国家戦略です。教育を個人の経済力に頼らせているような状況は早く止めて、質のよい公教育を誰にも等しく受けさせることができる環境を国家、地方自治体は整える必要があると思います。


 それができれば日本は再び明るい将来を描くことができると信じています。人々を貧しさから救い出す方法は、時代が変わろうが、国が変わろうが、教育しかないのです。教育の重要性を今一度国家も個人も再認識する必要があるのではないでしょうか。教育を軽視した国には明るい未来はありません。

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当ブログにお越しいただきありがとうございます、税理士のもりりです。のんびりと、時々辛辣に日々感じたいろいろなことを自由に書いていきたいと思います。

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