税理士もりりのひとりごと

税理士もりりがぶつぶつと日ごろの出来事についてひとりごとを綴っていきます





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アカデミー賞受賞監督のスピーチ

2009 - 02/26 [Thu] - 02:08

 日本の映画がアカデミー賞をとりましたね。といっても私は映画にほとんど興味もなく、アカデミー賞(オスカー賞っていうんですか?)自体にもそれほど関心はありません。まあアメリカのエンターテイメント界のやることですから、まあ単なる身内のお祭りみたいなもので、賞もほとんどが出来レースでしょう。なんていっちゃうと身も蓋もなくなっちゃいますが、日本の映画がこの賞を取ったことで世間は大盛り上がりです。何にしても明るい話題が出てくるのはいいことです。


 それはそれとして、受賞のニュースを見ていて気になったのは受賞した二人の監督の英語が下手なこと(笑)。人前、それもこんな華やかなショーの舞台でそれなりの英語がしゃべれないんだったら英語なんかしゃべらないで日本語でスピーチすればいいのに、って思いましたね。無理して英語でしゃべる必要なんかないんですよ、だってしゃべれないんだから。いや逆にね、受賞した監督たちが英語でしゃべるのならきちんと英語のスピーチライターに書いてもらったものを下手な発音でもいいから諳んじてしゃべったのならそれはそれで許せたんです。つまり私は場の空気を読まないめちゃくちゃなスピーチに文句を言っているわけです。


 たとえばアメリカ人が日本の賞を受賞するとき日本にやってきて日本語でスピーチしますか?絶対しないでしょう?「ミナサン、アリガトウゴザイマス」この程度をしゃべる程度で、あとは全部英語ですよ。だって連中は日本語しゃべれませんもの。じゃあ日本人だって別に無理に英語でしゃべる必要なんかないんですよ。しゃべれない奴が下手に英語なんかで話をしたら、表現やジョークが通じないばかりか変に誤解を与えることだってありますからね。だから公式の場では英語がしゃべれない人は英語をしゃべらないことがマナーなんですよ、ホントに。


 重要な国際会議や政治の場面などではたとえ参加者本人が英語をしゃべれたとしても本人は英語ではなく母国語でしゃべるでしょう?なぜかといえば下手に本人が英語でしゃべってニュアンスの誤解が生じるとえらいことになるからです。日本人が国際化していく場合には、このことは十分理解しておくべきだと思うのです。「英語でしゃべれるから英語でしゃべる」ことだけがベストでない場面というものがあるのです。あえて英語でしゃべらないで日本語でしゃべるべき場面というものがあるのです。今回のアカデミー賞の受賞場面などは正にそういう場面だったと思うのです。


 今回の授賞式では彼らの英語のスピーチを聞いていて少々恥ずかしくなりました。「よくこんなことをこの場で言えるな」とそのKYぶりにいささかあきれたほどでした。おくりびとの監督はウケ狙いすぎ、リハーサルしすぎのスピーチなのに、発音が下手なせいで場は全くついて来ず一人舞い上がって浮きまっくったスピーチでしたし、アニメの監督のほうは「サンキュー、サンキュー」の連発でしまいには「ドモアリガト、ミスターロボット」などとあまりにも古すぎるギャグで締めようとする有様。気絶しそうになりましたよ(笑)。


 もうこういうシーンで恥ずかしいことをするのはやめましょう。英語がしゃべれなければしゃべれないでいいじゃないですか。もしこの受賞場面で彼らが日本語でスピーチを堂々としてくれていれば、なおさら日本映画の品格と日本人のプライドがあがったような気がしたんですけどねぇ。いっぱいスタッフ連れて行っていたわけですから、通訳に訳させればよかったんです。


 今回は世間を明るくする話題でしたが、そこだけがちょっとがっかり。少し残念でした。日本人は堂々と日本語を使いましょう。それで万事オーケーですよ。

小泉・竹中路線は間違いだった?

2009 - 02/22 [Sun] - 11:31

 最近の経済状況の悪化、特にアメリカの経済悪化に伴って小泉・竹中の政策に対する批判を見かけるようになりました。批判によれば小泉・竹中路線で導入された民営化、利益至上主義、合理化、規制緩和、拝金主義等々の最先端の自由主義経済思想のせいで日本経済と日本人のモラルはがたがたにされたというのです。


 確かにそれは事実でしょう。でも私は小泉・竹中路線が悪かったとは思っていません。あのころ日本の経済は本当にがたがたで、誰が首相になってもだめな時期でした。そこで火中の栗を拾うような形で首相に選出されたのが小泉首相だったのです。そこで小泉首相はある意味ブレない方針で日本経済に荒療治を行って、それがあの時期においては有効に働き、日本経済も一定のレベルまで立て直すことができたのです。だからあの時期に導入された経済対策等は、あの時期においては正解だったのです。それで実際に日本経済は元気を吹き返したわけですから間違っていなかったのは事実なのです。


 それを今の時期において副作用が強くなったからといって過去の小泉・竹中経済路線そのものが間違っていたと表現するのは私は違うと思うのです。あの時期にはあのやり方しか立て直す方法がなかったのは事実であり、実際に有効に働いたわけですからそれを否定するのはおかしいですよね。もしそれを否定するのであれば、じゃああの当時どうやって経済を立て直せばよかったのかご意見を伺いたいですね。インフルエンザをすぐに治すためには多少の副作用の恐れがあってもタミフルを使うのが当たり前のように、あの時期に小泉・竹中経済路線によって経済を急速に立て直す必要があったのです。それだけのことですよ。インフルエンザが直ればタミフルを飲まないのと同じように、状況が変われば小泉・竹中路線を変えればいいだけの話なのです。


 それにこれだけの期間において小泉・竹中路線の元になっているアメリカ的市場原理主義、自由経済主義の欠点・問題点が多くの人々に実感できたのは悪くなかったんじゃないでしょうか。日本人にはすぐアメリカのやることを盲目的に賞賛する悪い癖があるので、アメリカのやることが必ずしも正しくないということが分かったことはこれからの日本にとっても良かったんじゃないでしょうか。今後日本の状況、日本人の価値観に合わせた経済主義を日本人自身が編み出していけばいいわけであって、過去の小泉・竹中路線導入自体を批判するのはいささか違うと思いますね。


 ブログに繰り返し書いておりますように私は個人的にアメリカ的自由経済主義、競争原理主義については批判的です。規制緩和、自由貿易、経済格差容認等は確かに経済拡大のためには有効でしょうが、それを続けることによる人間の心に与える影響を考えると正しくないと言わざるを得ないのです。金を稼ぐ人だけが賞賛される社会であれば世の中なんでもありになってしまうのです。オレオレ詐欺でも、殺人でも、泥棒でも、売春でも、麻薬売買でも、賭博でも、模造品製造でも、悪いことをしたほうが大きな金が稼げることは事実なんですから、金を稼ぐ人が偉いという価値観が人々の心に強くなってしまうと人間からモラルは簡単に失われるのです。犯罪者でも金を稼げば偉い、という価値観が醸成されかねないのです。


 なぜ昔から各国に犯罪を規制する法律とか、不正な競争や過当な競争を防ぐような規制が存在しているのか、ということを考えれば、何でも自由、何でも規制緩和という考え方が必ずしも人々にとって望ましくないということは明らかなのです。ただ規制にしろ、規制緩和にしろ、自由にしろ、管理にしろ、行き過ぎはいけないので行き過ぎたら逆方向に調整をすればよいだけのことなのです。どちらかが絶対ではなく、どちらかを調整しながらその時代時代に合わせて運用すればよいのです。だから小泉・竹中路線が今の時代に合っていないと考えるのであればそれを逆方向に調整すればよいだけのことなのです。

誰も行けない強気な飲食店

2009 - 02/15 [Sun] - 07:20

 最近ラーメン屋などの食べ物やさんで目立つのが強気な開店時間帯のお店ですね。「こんな時間帯に一体誰が店にこれんねん?」と思う店が多く、例え味が美味しいとしてもなかなか立ち寄りにくい店が増えましたね。結局お客さんにとって立ち寄りやすい店にするというよりも、「食べたい奴だけが食べに来い」という強気姿勢が開店時間に表れていると思いますね。もちろん客が少ない時間帯に店を開けているのは無駄が多すぎるために開店時間を絞っているというお店もあるでしょうが、例えば開店が夜の9時からなんてお店などでは普通の人は食べに行くことは不可能ですよね。はっきり言ってふざけてるとしか言いようがないですね。まあそれで商売ができているというのはご立派な話ですが、あまり客をなめた商売をしてると足元をすくわれますよ。


 客商売はお客さんあっての商売ですからね。開業直後のお店であれ、営業何十年のお店であれ、お客重視の姿勢を崩したら即ダメですよ。飲食店なんて客足が引くのがメチャメチャ早いんですから、少しでも客を軽視するような見せたらお客さんはすぐに来なくなりますよ。最近お客さんが減ってるなぁ、何でだろう、景気が悪いのかなぁ、と思っている飲食店の経営者さんは一度ご自分のお店の営業姿勢を客観視してみてはいかがでしょうか?案外お客さんというのはお店の方が思っているよりお店のことをシビアに見ているものですよ。味だけで客が集まってくれるなんて大間違い。もちろん愛想のよさだけで客が集まるほど甘くもないですけどね。

漢字検定の財団法人に立入調査

2009 - 02/09 [Mon] - 11:55

 漢字検定を行っている財団法人が利益を出しすぎているとか、不透明な取引があるからということで文部科学省の立入調査を受けたのだとか。しかしこのニュースを見ていて思うのですが、文科省に傘下の公益法人の調査なんかできるんでしょうか?もちろん省庁間で人事異動がけっこうありますので文科省にも公益法人の帳簿などを見て問題点を把握できる人材はいるのでしょうが、しかし専門ではないですよね、どう考えても。この人たちが調査をしたって問題点をきちんと指摘し、指導できるんでしょうか?


 ちょっと前にも食品偽装などで農水省が業者を立入調査していましたが、こういった大きな問題がマスコミに取り上げられない限り立入調査を行うことなんてないですよね。一方で税務署や国税庁、警察なんて問題があったらすぐに立入りを行いますよね。税務署の幹部も話していましたが、結局のところ税務署や警察なんて役所は「問題を探し出す組織」であり、当然ながら職員もあらゆる事象について疑ってかかる教育を受けているわけですよね。ところが先ほどの文科省や農水省なんて役所は「問題があってはいけない役所」なわけで、体質的には積極的に問題点を探すようなことは行わないわけです。できれば問題点には目をつぶっていたいのです。


 先生に多少の問題があろうと、教育委員会や日教組が暴走しようが、社会的犯罪を起こさない限り文科省が問題点をほじくるようなことは絶対に行いませんよね。なるべく穏便にことを収めようとしますよね。農水省でも全く一緒で、産地偽装や賞味期限の偽装なんてマスコミがギャアギャア言うまではそんなことかかわりたくないんですよね。だって建前上では「すべての業者への指導は徹底しており、どの業者もきちんと役所の作ったルールを厳格に守っている」ということになっていますからね。問題があってはならないのです。もし問題があると当然ながらきちんと指導を行っていない省庁への批判が激しくなりますからね。


 もともと問題を隠そう、或いは最初からなかったものとすることを良しとする省庁であるか、逆に問題を積極的に穿り返そうとする省庁か、この違いは体質面でも考え方でも大きな違いがありますよね。だから冒頭の話に戻るのですが、文科省管轄の公益法人で問題が起きた場合や、食品の問題が起きたような場合に文科省や農水省に立ち入り調査させたって効果低いですよ。そもそも問題を見つけたくない役所なんですからね。だから米偽装のときなどでもマスコミが大問題にする前に何回も調査していたのにその都度「問題なし」なんて結論を平気で導き出したりするんでしょう?端からまともに問題を見つけようとするつもりなんかなかったんですよ。だって問題がおきちゃいけないんですから。問題を隠そう、隠そうとするわけですから。


 そういう意味ではこういった公益法人の問題が起きたような場合などはきちんと内容が分かって問題を積極的に見つけ出そうとする税務署や警察のような組織に立入調査をさせないとだめなんじゃないでしょうか。調査能力のない省庁や、端から問題を探したくない省庁に問題点を探させたって意味ないし無駄でしょう?もちろん優秀な人材の集まっている中央省庁ですからきちんと調査能力のある職員が立ち入り調査を行っているのでしょうけれども、今までの経緯からするとそういったイメージがあることは否めませんよね。


 まあ「立入調査」つっても、役所と業者のなれ合いのセレモニーみたいなものでしょう?「やりました」「受けました」「これ指摘しておきます」「分かりました、改善します」その程度の話で表面的な儀礼でしょう?上司への調査報告だってどうせ形だけのものでしょう?だって役所の側だって将来天下りしないといけないから現役のうちに自分を受け入れてくれる先を確保しておかないといけませんもんね。うるさいこと言って業者に嫌われたんじゃあ受け入れてもらえませんしね。当然業者と一緒に酒でも飲んで仲良くなっとかなきゃいけないし、業者側の痛いところなんて余程じゃないとつついたりするわけないですよ。そう考えてみれば至極当然な話なわけです。

今日はお買い物!

2009 - 02/09 [Mon] - 01:38

 今日は久しぶりに、本当に久しぶりに服を買いに出かけました。最近の私は横着が裏目に出て仕事用も普段用も全くといっていいほど服を買いに出かけていなかったのです。おかげで最近は仕事用のスーツとカッターシャツがぼろぼろになってきていて職業柄少し恥ずかしく感じるようになってきました。


 そこで思い切ってスーツとシャツを買いに街に出かけました。最近は以前ほど服の値段にこだわりはないので、安いスーツを二つ作ることにしました。最近は私が社会人になりたてのころと比べるとずっと安い値段でよいスーツが買えるようになっています。しかし私はなかなか既製品が合いにくい体型(分かりやすく言うと不細工な体型)なので、ここ15年くらいはイージーオーダーばかりですが今日もイージーオーダーで作りました。たいていイージーオーダーをしようとすると生地は小さなサンプルから選ぶのでイメージがわきにくいのですが、今日のお店は大きな生地があるのでとてもイメージがつかみやすくて良かったです。


 今日作ったのは濃紺のスーツ、ストライプ入りのトラッドなものです。こういった職業をしているとやはりくだけたスタイルのスーツよりもカチッとした印象を与えるスーツのほうがイメージが良いと思いますし、流行りものや遊び人風なスーツも四十代半ばにさしかかった私の年齢から見て避けたほうが良いと思っています。数年前はゼニアの生地でスーツを作りましたが、今回はさあ、どこのでしょう。ぜんぜん知らない安いものです。今回はとりあえずそのあたりには全く無頓着に安く作ることにしました。今回は作りたいスーツのイメージが固まっていましたので、生地選びから細かい部分の指定まであっという間に終わってしまいました。


 今日行ったお店は以前から知っていたのですが、まだ入ったことはありませんでした。今日意を決してお店に入ってみましたが思ったよりもフレンドリーな感じでした。客扱いも丁寧で、採寸もとても丁寧でした。しかしそこでズボンの長さの数字を見て愕然。足、短か!(笑)。まあ私の好みや、体型の悪いところもよく理解してくれようとしていてできる限りのことはしてくれそうな雰囲気でした。とはいえ、スーツができるのは一ヶ月先!おい、それじゃ冬シーズン終わっちゃうじゃない、って感じですが、仕方ありません、行くのが遅かった私が悪いんです。前作った近所のお店では一週間でできたのでその感覚でしたが、そこは甘かったです。ちなみに春物の生地は3月末頃に揃うらしいので、冬物の出来が良かったら春物もここで作ろうと思っています。


 ついでにサービスでオーダーシャツを作ってくれるというので生涯2着目になるオーダーシャツを作ってもらうことにしました。以前作ったとき(かれこれ20年ほど前)に「ソフトシャツを」と頼んだところ、お店の人に「それじゃオーダーで作る必要ないよ」などと捨て台詞を言われたのでオーダーシャツを作ることにはあまり良いイメージを持っていませんでした。当時は「作るのはこっちなんだからお前に俺の趣味をとやかく言われたかねえよ、お前は俺の気に入るようなシャツを作ればいいんだよ」っていう気持ちを持っていましたねぇ。


 そういえば思い出しました。やはり同じころ神戸元町の商店街にあった靴屋で奥に鎮座していたよさそうな靴を見つけてお店の人にサイズを出してもらおうと声をかけたところ、「そんなサイズはないね」とけんもほろろにあしらわれてとても悔しい思いをしたことがありました。当時の私は年齢よりも若く見えたのでどこへ行ってもこんな感じにあしらわれていたのです。アメリカに出張に行ったときなども同行した大先輩方とホテルのバーに入ろうとしたら、チェックの兄ちゃんに「ID見せろ」と私だけ言われたこともありましたしね・・。「うるせーよ、どう見たってお前のほうが俺より若いやないけ!」と文句言いたくなるような18位のアメ公(失礼!)の若造でしたがねぇ、そういえば。思い出しても「クソったれ」と腹が立つことばかり。まあ私って相当ガキに見えたんでしょうね、多分今はとっちゃん坊やかな・・。今回のお店は一人で行ってもあしらわれなかったのでほっとしました。


 あぁ、それでそうやってオーダーシャツを作ることにして、ついでに私のシャツのサイズを教えてもらいました。実は自分自身よく分かってなかったんですよね。で、帰りにその足でダイエーに寄って安いシャツを3つ買って帰りました。ホントは他にネクタイと普段用のコートやスーツ用のコートを買おうと思っていたんですが時間がなくて買えませんでした。これだけまとめ買いしないといけないほど、今の私には着るものがない危機的な状況なんですね(笑)。結局今日の買い物はスーツ2着とシャツ4着。散財しましたが、まだ他に買わなければ街を歩けない状況です。また来週買い物に出かけるか・・、はぁ。情けないね。

内定取り消しだって無駄じゃない。

2009 - 02/05 [Thu] - 08:23

 日本綜合地所が会社更生法を申し立てて受理されたのだとか。日本綜合地所といえば先般学生に対して内定取り消しを行って一人当たり100万円を支払うとか言っていた会社ですね。結局学生から見れば会社に入る前に会社がつぶれちゃったじゃないですか。だから言ったでしょ、内定を取り消すようなしょーもない会社なんか行かなくてよかったんですよ。内定を取り消すような会社に固執したって仕方ないんですってば。どうせすぐに潰れちゃうんだから。


 学生さんからすればこの大変な時期にやっと内定を出してくれた会社に対して思い入れを強く持つのは仕方ないとも思うのですが、そこがやはりまだまだまだ社会経験が浅いところです。そんな会社に固執すること自体その学生自身に会社を見る目がないと公言しているようなものです。ですから今回の内定取り消しは自分のキャリアに傷がつかずむしろラッキーだったのだと思って、新しい別の会社に就職できるようにがんばって活動してみてはどうかと思いますね。社会に出るのが1年遅れようが、2年遅れようが、長い人生の中では大した問題ではありません。もし1年遊ぶことがあったとしてもその間に自分のレベルアップを図れるようにいろいろな勉強をしていれば決して無駄な時間ではありません。


 社会に出るとすぐに自分の知識・経験のなさや思慮の浅はかさを思い知らされます。ですから時間のある学生のうちに社会に出て役立ちそうないろいろなことをできる限り学んでください。どのような職種の会社に就職しようと、もし会社でホワイトカラーとして仕事を行おうと考えているのであれば英語、民法、会社法、会計あたりの基本的な勉強はぜひ一通りしておいてください。これらはあなたを将来大きく羽ばたくために必ず役立ちます。実は私が税理士になろうと思ったきっかけのひとつに、あるプロジェクトのアイデアが社内の経理部によって待ったをかけられてとても悔しい思いをしたということがありました。経理部というのは社内でとても大きな力を持っていることを社内会議で目の当たりにしたのです。


 もちろん私は経理部員になるために税理士になろうと思ったわけではないのですが、経理・会計を深く理解し、経理的思考で物事を判断できることの普遍的な大切さを痛感したのです。どれほど技術的にすごいアイデアがあっても、実行するためには周りを客観的に「数字」で説得できなければ無理なのです。数字で説得するということは、カネを握っている人(経理部や経営者)にウンといわせるということです。そのためにはこっちが経理、会計を十分わかっていなければ絶対にだめなのです。なぜならカネを握っている連中は経理、会計を基にしてほとんどの物事の可否を判断しているからです。これはどんな会社、組織においても資本主義経済で活動している以上真理です。会議や営業でカネのことが分かっていない人が大きな声でワーワー言っていることほど傍目に見て滑稽なことはありません。逆にカネのことが分かっていれば多くの人が耳を傾けてくれます。だからこそ税理士の言うことに多くの顧問先が耳を傾けようとしてくださるのです。


 会社員をある程度行っていると必ずこういった壁にぶつかって自分の知識のなさを痛感することになりますので、若いうち、時間のあるうちに一生懸命勉強しておいてください。私のように会社を辞めて勉強するのはなかなか大変なことですから、そうしなくてよいようにぜひ今のうちにがんばってください。きっとその勉強の時間は決して無駄ではなかったと後になってよく分かるはずです。潰れてしまうような下らない会社に文句や恨み言を言うなんて非生産的で情けないことはぜひやめて前をしっかり見て力強く進んで行って下さい。

大企業の埋蔵金話

2009 - 02/01 [Sun] - 02:06

 企業の内部留保額について批判的な声をしばしば耳にしますね。その内容は「企業は赤字決算で厳しい、厳しいといいながら、実は国家予算に匹敵するほどの内部留保額を持っている。実にけしからん話なので、その埋蔵金を今こそ雇用確保などに有効に使うべきだ。」とのこと。私もこういう仕事をしているにもかかわらず内部留保額というのが具体的に何なのか分からないので、よくよくこういった論調の中身を見ていますと、どうやらここでいう内部留保額とはいわゆる貸借対照表上の利益剰余金あたりのことを指しているようです。その利益剰余金がたくさんあるのだから有効にそれを使いなさい、というのことのようです。


 こういう論調に出会うと「ああ、またこんなわけの分からんことを素人がギャーギャー言って。」と思いますね、正直。そんな事言われたって会社はどうしようもないですよ。以前顧問先の小さな会社の社長からも同じ質問を受けましたよ。「うちにはこんなに利益剰余金があるけど、これはそれだけのお金がどこかにあるってこと?そんなお金どこにもないけど、これはどういうこと?」。冒頭の「埋蔵金」「内部留保額」も正にこの社長の質問と根本は同じ。簡単に言えば利益剰余金は毎期の決算の損益計算上の利益額を積み上げていった金額です。一年目に百万円純利益が発生し、翌期も2百万円純利益が生じれば計3百万円の利益剰余金が発生している、と単純に言えばそういう話です。企業が今まで儲けてきた金額の総額がここに書いてあるわけです。


 じゃあその3百万円が会社に現金や預金で残っているのか?と言われると、そりゃあ超優良な企業であればそれだけのお金が実際に残っていることもあるかもしれませんが、普通は残っていませんよ。なぜか?仮に一期目に百万円の利益が発生しそっくりそのまま百万円の現金が増えたとしても、通常儲かったお金をそのまま手元においておく経営者はいません。通常はさらに大きな儲けを得られるように翌期は固定資産を購入するなどの投資に使うはずです。特に上場企業であれば必要以上に現預金を溜め込んでいる企業は利益の再投資やキャッシュの使い方が下手糞で、配当も低い企業として評価が落とされたり、或いはM&Aの対象になるだけです。ですから利益が生じて現預金が増えてもそれを再投資や配当に回すことが投資家から要請されているので、利益剰余金が例えどれほどあろうと実際には企業はそれだけの現預金を持っていないのが普通です。特に歴史の長い企業であれば少しずつでも利益剰余金は増えていっているでしょうから、貸借対照表上はかなりの利益剰余金が計上されているのは当たり前の話でしょう。


 それを「埋蔵金」などと称して、さも企業が隠し金でも持っているかのように表現し、それを世のため人のために使え!的な論調でマスコミがバッシングを行うことは大いに間違っていると思いますね。先ほどの中小企業の社長も同じ疑問を持っていたわけですが、貸借対照表を指し示しながら「いえ社長、儲かったお金はほらこうやって貸借対照表の左側にある固定資産とか、投資等とか、そのあたりの財産に姿を変えているんですよ。社長もそうやって儲かったお金を会社のために使ったじゃないですか、だから手元にそれだけのお金は残ってないんですよ。」とご説明すると納得してくださったようです。


 いったい誰がこんなことをマスコミでギャーギャー言い始めたんですか?最初に言い始めた奴も、それを見て「そうだそうだ」と同調して書き始めた奴も全然分かってない奴らじゃないですか。それでこういう記事を読んだ一般の方々はなおさら分かっておられない方々なので、マスコミが書いてあることを鵜呑みにしてまたこの論調に同調するわけです。マスコミもあんまり無責任なことを書くもんじゃないですよ、ほんとに。馬鹿丸出しじゃないですか、こんなんじゃあ会計学を学校や大学で習い始めた初学者が自分の持っている狭い知識でエラソーに言ってる話と一緒じゃないですか。以前ブログに書いた「減価償却の自己金融効果」で文句言ってきたバカな奴と全く同じですよ。物事の根本が分かってない奴がちょっと授業で聞きかじったくらい全てが分かったようにギャーギャー言うんじゃないですよ。


 てなことで、最近話題の「企業の埋蔵金」話、結局はそういうことですよ。本当にそんなに企業にお金があったらとっくの昔に従業員や組合からもっと文句が出たり、或いは投資家から配当金増額の要請を受けてますよ。分けわかんないことをよく調べもしないで天下のマスコミ様がさも事実であるかのように無責任に書くことはやめて欲しいものですね。世に多く出回っている健康商品、美容関連商品なども同じような感じですけどね。マスコミに出てくる話って結構いい加減なもんですよ、よくご注意あれ。

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当ブログにお越しいただきありがとうございます、税理士のもりりです。のんびりと、時々辛辣に日々感じたいろいろなことを自由に書いていきたいと思います。

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