税理士もりりのひとりごと

税理士もりりがぶつぶつと日ごろの出来事についてひとりごとを綴っていきます





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正風会からの近税会長選挙に関する会報

2008 - 04/28 [Mon] - 01:40

 近畿税理士会の会長補欠選挙に関して正風会が面白い号外会報を会員に発送していますね。まあ宮口氏を次期会長候補として紹介している部分はよいのです。面白いのはその宮口氏の立候補の挨拶よりも遙かにたくさんの文字が正風会会長の文章で占められているところですね。


 読めば「正風会は様々な批判に晒されているが、いかに民主的に近畿税理士会運営に携わっているか」が会長名の文章で書かれています。しかし奇妙なのはその三段目の終わりの方でこの会長が自分のことを「会長」と敬称付きで書いているところですネェ。多分これは会長が自分自身で書いた文章でないから自分のことを「会長」と書いたりするのでしょうね。もしご自分で書いているのだとすれば凄まじいまでの自意識・・(笑)。


 先ほどの正風会に対する批判への反論として書かれている最下段の部分が最も面白いですねぇ。正風会がいかに民主的に近畿税理士会にかかわっているのかということの例として「近畿税理士会の役員選挙においても大阪選挙区の副会長の席を一つ空けて、近税正風会に所属しない人の副会長を期待し、また、理事の席も十五ほど空けて来ました。また近税正風会所属の近畿税理士会会長は、近税正風会に所属しない人も常務理事に選任しています。」と記載しています。


 これって裏を返せば凄い表現ですよね。「大阪選挙区の副会長の席を一つ空ける」と言うことは「正風会以外の人が副会長になりたいというんなら1人だけ用意しといたるけど、それ以外の副会長席(6名)は当然全員正風会やで」と言うことであり、56人程いる理事のうち15人は空けているということは「残りの41人は当然全部正風会やで」ということを公然と言い放っているわけです。常務理事に至っては「20人のうち何人とは言わへんけど1人くらいは正風会以外の奴を入れたってもエエで」ということなのです。これってどういう事なんでしょうか?一体どういう権限があって正風会はこのようなことを決めたのでしょうか?本来近畿税理士会の役員などどの団体には何人、などと人事の割り当てがされるべきではないはずなのにこの正風会会長の文章によれば明らかに正風会が役員の上層部の7-8割を占めると最初から決まっているわけです。この幹部人事の人数の割り当てはいつ誰が誰とが話し合って決めたものなんでしょうか?


 これのどこが民主的なんでしょうか?「近税正風会は対話と協調を会務運営の基本としまして・・」と書いてありますが7割以上の副会長、常務理事と理事が正風会の会員といつのまにか取り決められているのですから会務に正風会以外の意見が反映されることは絶対にあり得ませんよね。まあ恐ろしいまでの独占的状況です。正に近畿税理士会は我々会員が知らない間に正風会という一団体に全て牛耳られる構図が出来上がっていたわけです。私も今まで知らなかったのですが、この正風会の会長さんは今までも会報誌に「正風会がいかに近税会を仕切っているか、私が近税会と日税連会長選挙にいかに深くかかわっているか」をとても誇示するかのように書いて下さるのである意味正風会の実像がよく分かります。


 しかもこの文章は正風会の会員向けに書かれた文章とはいえ近畿税理士会選挙管理委員会に届出がなされた公の文章です。こんな文章を公の文章として書けるあたりに、この会長の感覚がいかにズレているかということが分かりますネェ。先ほどのように自分に敬称を付けるくらいですから文章はゴーストライターが書いたのかも知れませんが、こんな文章が公向けとしてすんなりと通ってしまうところがこの組織の凄いところですね。もはや会長以外の者はいかなることにも口出しができないような状況なのかもしれませんね。


 まあ近畿税理士会の幹部の状況はこのようなものであり、正風会の本音もこの文書でよく分かりましたね。確かにそもそもの正風会の成り立ち自体は私も悪くないと思います。現実の話として左翼系のアナーキーな思想にとらわれた連中に近畿税理士会が乗っ取られたのではたまらない。それを阻止するために反対勢力として保守派が結集してマシな状況に戻した・・、これはこれで意味のあったことだと思います。確かにやや左翼系の団体などに会務を支配されるとめちゃくちゃになってしまうことは容易に予想できますからね。今の弁護士会や教師の団体が左翼的思想が強すぎて世間一般の感覚から大きく乖離してしまったことを見れば左翼系の思想による会の自治がどれほど悪影響があるかは明らかでしょう。


 私の基本理念でもありますが、税理士は税務行政と闘うことをその職務の第一に掲げるべきではありません。不当な税務については闘う意思の有無にかかわらず「おかしい」といえば良いだけのことであって、別に全ての税務行政を疑いの目でもって批判的に見つめる必要はないと思います。我々税理士は税法という決められたルールの元で最大限納税者の利益を追求しながら適切な税務行政の執行に役立っていくことが最も大切な職務ではないかと思います。したがって行政側がルールを破って無理を言ってくるなら「それはおかしい」といえばいいし、我々や納税者がルールを破って行政側に著しい不利益を与えることも日本国の国民としてはおかしな事です。まあこの辺は「お互い様」ですから関係各位の利害を上手に調整しながら行って行政、納税者の二者が最もよい形で折り合っていければよいと思います。それを仲介役として取り持つのが我々税理士であって、何でもかんでも行政にケンカを仕掛けることが税理士の職務ではないと思います。しかしながら左翼思想にとらわれた歪んだ権利主義のもとでは納税者の名を借りた税理士のエゴによる自己中心主義しかありません。


 うーん、困りましたねぇ。正風会のそもそもの成り立ちは私も大いに賛成するのですが、現状はとても民主的な組織とは言えず近畿税理士会の最近のズレた会務、方針を見ていると何とかしなきゃいけないとは思います。しかしじゃあ対立候補に投票するのかといえばこれまた難しいのですが、状況を冷静に判断すれば正風会が負けることはまずないでしょう。もし負ければそれはそれで凄いことですが、先般もブログに書きましたように正風会に対立候補を出している団体ではまともな会務は絶対に期待できません。だって自分達の支部定期総会だって到底解決できない問題点を毎年同じように議論し、延々と無駄な時間を平気で費やしているくらいですから近税会本会の運営などは能力的な面から見てできるはずがありません。残念ながら今の時代は左翼的な(=リベラルな)思想が支持を受ける時代ではありません。結局こういった思想は所詮理念・理想だけの話で実際には何も成し遂げる力も持っていないので多くの人がその理念についていけなくなってしまったのです。国会における旧社会党や共産党の支持状況や労働組合の加入率の低下などを見ればよく分かると思います。


 結局のところ正風会が勝つのでしょうが、今回の会長選挙などを通じて多くの人が正風会支配の近畿税理士会の在り方についてご自分なりに考えてみるきっかけになれば今回の選挙も無駄ではないかも知れませんね。対立候補が立候補したことにも一定の意義があるかも知れません。私の他にもいろいろな方が今回の会長補欠選挙についてご意見をブログなどで書いているでしょうから、いろいろな意見に晒されて正風会自体が現在の行き過ぎた支配状況を見直すきっかけになれば良いのではないかと思います。どういう結果に転ぶのかはとても興味があるところですが、少しでも今回の選挙がより良い近税会の運営のために役立つのであれば十分価値があることではないかと思います。

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白人を見てすぐに「外国人」と表現するマスコミ

2008 - 04/27 [Sun] - 11:15

 先日長野で行われた北京オリンピックの聖火リレーを見ていて「あれっ」と気になることをテレビのアナウンサーが話していました。それは白人系のランナーが聖火を受けて走り出したときのこと、そのアナウンサーは彼のことを「外国の方が・・・」と伝えたのです。同じようなことを新聞記事でも見かけましたが、それは公園で白人系の家族が遊んでいる写真を掲載し解説に「公園で戯れる外国人親子」と書いてあったのです。


 この国際化が強く実感される時代においてこれはかなり違和感のある表現ですね。今時「日本人」といっても所謂モンゴル系だけが日本人ではありません。今の時代様々な人種の方が日本国籍を取得しており「日本人」として存在しています。先ほどのアナウンサーのように白人や黒人といった明らかにモンゴル系と異なる人種を日本で見かけたときに反射的に「外人」或いは「外国人」と表現するのはとても不適切ではないかと思います。何よりもし彼らが「外人」ではなく「日本人」だった場合、これ以上の失礼はないのではないかと思うのです。日本が好きで日本に帰化した、或いは最初から日本に生まれ育って日本国籍を持っているのにまるで外国人のように扱われることはある意味日本人として屈辱に感じる場面もあるのではないかと思うのです。


 今時の時代なんだから国際感覚を持たなきゃならない、なんて説教じみたことを言うつもりはありませんが、「少子高齢化社会が進むと海外から人材を受け入れなければならない」とすら言われている今日この頃です。少なくとも報道にかかわるアナウンサーや新聞記者くらいは人種だけで外国人と決めつける差別的な行為は行ってはならないのではないかと思います。確かに一昔前はモンゴル系以外の日本人はまずいませんでしたが、今は東南アジア系、ヨーロッパ系、アフリカ系、インド系等々様々な人種が日本国籍を有している時代です。もし日本人か外国人か分からないのであれば別にそのことにあえて触れる必要がないですし、どうしても白人や黒人を「外国人」として表現したいのであればきちんと出身国を確認して報道すべきだと思いますね。


 ついでに言うならば、非モンゴル系の方を日本の街で見かけたとき、特に白人や黒人を見かけたときに日本人はすぐに英語で話しかけようとしますが、これもどうなのかなぁと思いますね。なぜなら彼らは日本人で日本語しか話せないかも知れないし、それに何より彼らが外国人だとしてもみんながみんなイギリスやアメリカから来ているとは限りません。北欧から来ることもあるでしょうし、アフリカや中東から来ているかも知れないのです。確かに英語はある意味国際標準語ですから日本にやってきた外国人に話しかける言葉としては悪くないのですが、しかし日本にやってくる外国人が全て英語が話せるわけではありません。場合によっては日本語を勉強してから日本に来ている人もいるかも知れません。戦後直後のアメリカ統治の名残か、それとも今も続く実質的アメリカ支配の精神的影響によるものか分かりませんが、いずれにしても白人と黒人を見るとアメリカ人だと思いこむ日本人の悪い癖もそろそろ見直した方が良いのではないかと個人的には感じますね。もし仮に日本が真の国際化を実現したいのであれば街で見かける人に対してこちらから話しかけるときは白人であれ東南アジア系の人であれまず日本語で話しかけるべきですね。その上で相手が英語で話しかけてきたら英語で返せばよいのではないかと思います。まあ国際化がよいのかどうかは個人的には疑問を持っているところですが・・。


 いずれにしましても人種の差別なく平等な社会の実現は多くの人が望むところだと思いますし、マスコミであればなおさら様々な場面で差別を助長しないような表現に気を使っていることだと思います。そのマスコミが白人や黒人を見ただけで反射的に「外国人」と表現する不適切な表現は早急に改めるべきだと思いますね。

文化放送が死刑執行時の音声を放送

2008 - 04/17 [Thu] - 01:17

 今日新聞を読んでいると文化放送が来月くらいに相当前に死刑執行された死刑囚の執行時の音声が録音されたテープを放送するのだとか。意図としては一人の人間の命を死刑という非人道的な刑罰を通じて第三者によって奪われることに対する問題提議をしたいのだろうと思います。


 私は死刑賛成とは言いませんが、少なくとも死刑廃止には反対していますので、その考えに立てば今回の文化放送の行う内容では片手落ちであると考えます。なぜならこれは死刑囚が刑を受けて殺されるときの音声しか放送しないからです。これでは明らかに死刑囚寄りの放送内容であって、このような放送を行えば当然ながら「死刑囚が殺されるのは可哀想」という意見を醸成することになるでしょう。しかしこの死刑囚が本当の罪人だとするのであれば、彼が死刑を受けるに至った行為についてもきちんと説明する必要があるでしょう。それが公平な放送、ということになります。


 なぜこの死刑囚が死刑という厳罰を受けるに至ったのか。今回のような放送を行えば、ただ単に一人の人間の命が法によって奪われる、という一面しか伝えられない恐れがあります。しかし死刑囚が死刑という罪を受けるためにはそれだけの重大な犯罪を行っているからに他ならないのです。もし仮にこの死刑囚が死刑になるときの音声を放送するのであれば、当然ながらこの死刑囚が他人を殺したときの音声も放送すべきでしょう。もちろんそんな音声など録音されていないでしょうから、少なくともこの死刑囚が自らの口で語った被害者を殺害したときの詳細な様子や、裁判において検察側が説明した事件の詳細をアナウンサーが説明すべきでしょう。


 死刑囚が死刑になるときの音声を聞くと多くの人はその死刑囚に同情し、死刑を執行することに対して批判的になるかも知れません。それはまるで死刑囚が死刑の時点では善人であるかのような印象すら与えるかも知れませんが、そもそも善人が死刑など受けるはずないのです。この死刑囚が他人の命、それも死刑囚であれば殺した人数は一人ではないはずですが、を奪ったときの音声などとても放送できるようなものではないでしょう。何の落ち度もない人間が悪意を持った他人に無惨に命を奪われるときの叫び声。命乞いをする声。それはとてもこの世のものとは思えない地獄のような音声に違いありません。そういった行為を何度も行ったからこそその人間は死刑囚になっているのです。


 死刑囚が何の罪もない複数の他人の命を奪ったときの酷い様子を放送することなく、ただ単に死刑囚が死刑になるときの様子だけを放送することには大きな偏りがあると言わざるを得ません。そもそも死刑囚は他人の人権を自らの悪意に満ちた欲望のために奪ったからこそ死刑になるのです。この点を抜きにして死刑の是非を問う姿勢には大いなる疑問を感じざるを得ません。私の身内が他人に殺されるようなことがあれば、私は絶対にその犯人を許しません。当然どんな手段をもってしてもその仕返しをしたいと願います。例え自分の社会的評価が最低のものになったとしてもそれでも仕返しをするかも知れません。


 同じ日の新聞に例の光市の母子殺害事件に関する差し戻し審について、マスコミの報道が被害者寄りに偏りすぎであることが問題であると書かれていました。刑事事件の手続、内容などを承知していないにもかかわらず、感情論だけで被害者寄りの論調が目立ち、被告に対してさも死刑が相当であるかのように報道するのは極端で有るかのように書かれていました。しかし本当にそうでしょうか。普通に考えれば、レイプ目的で入り込んだ家で奥さんと子供の二人を殺してその遺体を押入に隠した、その行為だけで十分死刑でしょう。この被告が誤認逮捕されたのであれば話は別ですが、状況から判断して真犯人であることは確実でしょうから、この被告がなぜ死刑以外の罪になり得るのか、そちらの方が一般人の感覚としてはおかしいと言わざるを得ません。


 二人も殺しておいて自分はのうのうと生きる、そんな身勝手が許されるわけがありません。こんな奴がこれから先生きていたとしても果たして社会に対して何か貢献することがあるでしょうか?こいつが若いときは刑務所で暮らし、刑務所から出たとしてもどうせまともな職には就かないでしょうから生活保護で暮らす。歳を取ってもどうせ年金などかけてないからまたまた生活保護で暮らす。或いは刑務所の方が気楽だからと言ってわざと再犯し刑務所暮らしに逆戻り。これらの費用全てを我々の税金でまかなうわけです。我々がこの殺人鬼を生かすためにお金を払うことになるわけです。こいつが病気になったら結局巡り巡って我々がその費用を負担してやることになるのですよ。何で?その意味は?その目的は?殺人鬼の人権保護のため?そんなのちゃんちゃらおかしいですよ。仮に死刑にしない代わりに死ぬまで重労働に服する、それなら堪忍してやってもかまいません。それと一回殺された人と同じ肉体的苦しみを与えたり、一生手錠と足枷を着けて暮らすのであれば死刑を勘弁してやってもいいかも知れません。それでも人権派は「重大な人権侵害だ」とほざくでしょうが。何が死刑囚に人権ですか、そんなもんあるわけありませんよ。他人の貴重な人権を奪っているんですから、自分の人権を代わりに差し出すのは当然でしょう。殺人者に人権があると考えること自体私には全く理解できませんよ。他人を殺した時点で速攻で殺されても良いと思うくらいです。


 ちょっと感情的になってしまいました(どうしてもこの話題になると感情が抑えられない)。奇しくも死刑に関する記事が同じ日の新聞に掲載されたわけですが、どうもその意図が一方的である気がしてなりません。裁判員制度が近々採用されるようで私は個人的にはこの制度には反対していますが、しかしこの裁判員制度によってこういった重大犯罪などに対する処罰がより人間の血の通った内容、すなわちより多くの人が納得しうる判決内容になるのであればその意義は少なくないかも知れないと期待することもあります。

近税会の次期会長選挙

2008 - 04/15 [Tue] - 12:20

 今近畿税理士会が熱いですね(笑)。え、なにがって会長絡みに関するいろんな事がですね。細かいことは私よりもインターネットで調べた方が色々と書いてあるのでそちらに譲りますが、結局のところ下記の点に集約されそうですね。


1.池田日税連会長はなぜ近税会会長を辞めるのか?

2.なぜ次期会長として宮口元副会長でほぼ決まり状態なのか?

3.なぜその裏に正風会が絡んでいるのか?


 まあ正直なところ不可解な話ばかりですよね。いろいろと言われているところを集約してみますと、結局のところ正風会の筋書き通りに近税会会長人事や場合によっては日税連会長人事に至までが進んでいるところに大きな問題があるという事のようですね。確かに先般私がブログに書きましたように日税連が今進もうとしていることややっていることは、「税理士制度の維持と発展」という立派な理念とはかけ離れて一般税理士から見れば首を傾げるようなものになってきています。その最たるものが日税連会長人事で、先般の会長選挙においてもかなりの物議を醸す結果となりました。ご存じのようになんと一票差で近税会元会長の池田氏が会長に選出されたわけですが、正風会の会報を見てもわかるように正風会のドンとも呼ばれる某税理士が池田氏選出と対立候補選出阻止に相当躍起になっていた様子がよく分かります。


 私はもちろん直接この正風会会長でもある某税理士を存じ上げませんので、この方の人となりや思想については分かりません。しかしいろいろな話を聞くところによれば完全に老害、という感じがしますねぇ。確か先般の正風会会長に選出されたときのコメントを読んでいても、「私のような高齢なものが会長を長く務めるのもどうかと思い辞退申し上げたが、周りの声に推されて不肖私が再度会長に選任されることとなりました、云々。」のような感じで、まあ権力を握って離さない政治家や企業経営者が良く使う言い回しですから人となりも推して計るべし、というところでしょうか。こういった方が実質支配している団体が近税会を支配し、その会長が二代続けて日税連の会長になっている・・、そういった事実から見て日税連が高齢者寄りの活動を行おうとするのはある意味当然でしょう。新しいか古いか、と訊かれれば99.99%古いでしょう。


 さてそれよりも冒頭に熱い、と書いたのはどうも今回の近税会会長選挙ではこの正風会が推す宮口氏に対抗して某団体が会長候補を推薦して選挙になるのではないかと囁かれていることですね。今までなかなか選挙にならなかったらしいのですね、近税会は。だって正風会がずっと牛耳っていたらしいですからね。その牙城がいよいよ崩されるか、ということに多くの注目が集まっているわけです。とは言え今までも選挙になりそうだ、と言われながら結局対立候補が立候補しないで終わってしまう、ということも良くあり、その裏でどのような工作が行われているのかは分かりません。今回もどのような工作や密談が行われるのかは分かりません。何しろ正風会の会長は先般の日税連会長選挙で「選挙のために相当な金を使った」とはっきり会誌に書いていましたからね。しかも有名な「日税連を考える」というサイトに対しあからさまな不快感を表し、これを必死でつぶしに掛かったのことが自らの文章で書かれていましたから、近税会において対立候補を潰すことなど、まああの手この手を使えば容易なことでしょう。


 しかしこれまた巷で囁かれていることは、もし選挙になった場合には正風会推薦の宮口氏とて結構厳しい戦いになるかも知れない、ということです。いくら正風会が会員数で近税会の過半数の会員数を持っていると言っても所詮幽霊会員を含めての話であって、本当にコアな会員はせいぜい2-3千人くらい、多くても4千人くらいなのではないでしょうか。だからその他多くの会員が選挙に投票するならば、かなり白熱した選挙になる可能性が高いのです。実際正風会はもうこの時期から5月の選挙をにらんでいろいろと票の囲い込み活動を開始しています。私にも声掛けがありました。しかし最近の日税連や近税会の不可解な動きや意見表明を見ていても、今の自民党支配政治の状況と同じくそろそろ別の連中に風穴をあけてもらうことも良いのかも知れません。


 ただ宮口氏に対立候補を送るだろう、といわれている某団体が実に頼りない。この団体については私のイメージはとても悪く、政治で言うと共産党、旧社会党といった感じで、要するに文句言いのイデオロギー集団のイメージなのです。残念ながら私の様々な個人的信条、考え方とは正反対の集団で、まあ納税者団体に例えれば民商に近いイメージがありますね。彼らは結論の出ない議論を平気で延々と繰り返すことができる集団で、折り合いのつかない話し合いとはすなわち一方的に自分の意見を好き放題に言い放っているだけであって、まともな人から見ればとても話し合いを行うに足る相手ではないということなのです。話し合いや議論を行うと言うことの意義は、意見の異なりを摺り合わせてお互いが折り合いを付けて落としどころや結論を探る事にあるのであって、お互いがお互いの主張を述べるだけで全く相手と妥協するつもりがない話し合いや会議などなんの意味もありません。「お互い様」が理解できない連中とはまともな話し合いは絶対にできません。そういうレベルの低い思想に同調する方々の集団ですので、会の運営を任せるのは大いに不安があるのは事実です。分かり易く言えば政治的な腹芸ができない人たちなのでこれだけの大所帯をまとめることなど絶対不可能だ、ということです。


 このような思想を持った税理士達が会の本流になるのは正直堪忍して欲しいと思っていますが、しかし高齢税理士が実質的に権力を牛耳る正風会もよく分からない。どちらが良いかと言われれば、客観的には正風会だけれども、最近の正風会の驕りの鼻をへし折って少し謙虚さを取り戻させるためにも一度訳のわからない某団体から会長が出るのも悪くないかも知れない。但し某団体から会長が出た場合、共産党・旧社会党と同じく政治能力は限りなくゼロに近いので、多分会務は紛糾ばかりしてしまうと容易に予想できます。その結果せっかく選出された会長は多いなる批判に晒され、多分身内の某団体からも批判を受け(ここはそういう団体です)、結局程なく辞任に追い込まれそうな予感がします。


 でもそうなると正風会の思うツボ。「やはり正風会でないと」という雰囲気が会に完全に醸成され、某団体は一気に没落・・、とはいつぞやの国政で見た流れと同じですね。ただの文句言いがトップに立つともう混乱の極みな訳ですが、かといってこのまま正風会にすんなりと会長を決めさせるのもシャクに障る・・・。微妙な感じですね、今回の会長選出劇は。某団体が誰を会長候補に送り込むのかは分かりませんが、バリバリの某団体出身者ではなくバランス感覚に優れた候補を選んでくれればよいのですが。しかしそれは望むべくもないかな・・。

ハンバーガーの話

2008 - 04/11 [Fri] - 12:35

 今日は久しぶりのブログ更新ですが、これまた久しぶりの食べ物の話など。私はジャンクフードと呼ばれる食べ物も結構好きなのですが(学生時代極端に卑しかった頃の名残か?)、その中でもハンバーガーが結構好きなんですね。ハンバーガーといえば、そもそもは中学時代に生まれ育った街で友達とマクドナルドに食べに行っていたのが始まりですね。私が通っていた中学校は校区のない学校だったので、まあそんな感じに学校帰りにマクドナルドに行くのも普通だったわけです。


 で、各ハンバーガーの感想など。まずは最大手のマクドナルド。ここは最近何となく私が中学の頃食べはじめた味に戻っている気がして懐かしいです。それと何といっても値段が安い(笑)。おいしいかどうかは別にして、とりあえず100円でそれなりのものが食べられるのでコンビニおにぎりの代わりのように小腹が減ったときのおやつとして食べることが多いですね。私が若かった頃はハンバーガーが一個200円オーバーで、「こんな品質のものがこんなに高いのか?」と疑問に思ったほどでしたが、その同じ商品が今では100円を切るのですから不思議な感覚です。よく食べるのはハンバーガー、チーズバーガー、フィレオフィッシュ、そして朝のマフィンをよく食べますね。でもここに関して言えば、味で食べているというイメージはほとんど無いですね。あくまで価格面とのバランスで選んでいることが多いです。


 次はモスバーガー。以前は大好きなお店で、必ずと言っていいほどモスバーガーとチキンバーガーを食べるのが私のパターンでした。ところが最近モスバーガーはご承知のように味を変えてしまったんですね。パティを合い挽きにして、ソースの味も変わってしまいました。会社側の言い分としては「昔の味に戻して、おいしくした」ということですが、これは私にとっては全く当てはまりませんでした。合い挽きのパティはぐちゃぐちゃした感じがして食感が好きじゃないですし(20年前くらいのモスがあまり好きでなかったのはこのパティのせいだったと改めて思い出してしまった)、舐めるほど好きだったデミソースも味が変わってイマイチになってしまいました。というわけで、最近はモスをあまり食べたいと思わなくなってしまいました。もちろんこの味の方が好きだ、と言う方も沢山おられると思いますが、私には以前と比べると全てのバランスが悪くなっているように思えます。


 そして最後はロッテリア。家のそばにお店がないので最近全然食べていなかったのですが、ふとした拍子に最近のロッテリアが味に力を入れていることを知り猛烈に食べてみたくなりました。大体ロッテリアは昔から結構味に重点を置いたユニークな商品をしばしば販売していたので私にとってはイメージが良く、早速「絶品チーズバーガー」や「ストレートバーガー」を食べてみました。値段はハンバーガーとしては高めの部類に入りますが、この「絶品チーズバーガー」はおいしいですね。こういうハンバーガーが食べたくて仕方なかったので凄く嬉しかったです。そして定番の「ストレートバーガー」も悪くないですよ。絶品の方は家に持って帰って冷えたものを食べても結構おいしかったので、多分暖かいものはずっと美味しいと思いますね。チーズとパティとバンズの食感がとてもいいバランスで美味しいと思いました。各チェーン店にあるハンバーガー商品の中では群を抜いているのではないでしょうか。


 ロッテリアの絶品を食べて、ふと15年ほど前にマクドナルドがメニュー拡大を積極的に行っていて、その時に名前は忘れましたがこの絶品と同じように本格的なハンバーガーを一瞬だけ販売していたのを思い出しました。私の記憶によればそのハンバーガーがマクドナルドの商品としては最もおいしかったと印象がありましたが、その後その商品は定着することもなく消えていってしまいました。きっとコスト高、生産性の低さ、そしてそれほど売れなかったことがその原因だろうな、と食べた印象から思ったことも思い出しました。つまりあまりにおいしく作りすぎたので「早く、安いが、味はそれなり」が売り物のマクドナルドのレギュラー商品には残ることができなかったということでしょう。


 ということで最近これらのハンバーガーを食べた感想では、是非ともロッテリアにがんばって欲しいと思いましたね。店舗も少なく、値段もそれなりなので商売としてこれからロッテリアが拡大していけるかどうかは不明ですが、味だけでいえばチェーン店としては一押しですね。最近はパティが本当においしい、肉の食感と肉の味がきちんとする、そういう本格的なハンバーガーが食べたいという気持ちが強いですね。チェーン店以外のハンバーガー屋さんも探して食べてみたいなと思っていますが、なかなか近くになくて困っています。あ、そうそう、話題の佐世保バーガーも一度食べてみたいですね、といってもなかなか佐世保まで足を伸ばせませんが是非一度食べたいです。

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当ブログにお越しいただきありがとうございます、税理士のもりりです。のんびりと、時々辛辣に日々感じたいろいろなことを自由に書いていきたいと思います。

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