税理士もりりのひとりごと

税理士もりりがぶつぶつと日ごろの出来事についてひとりごとを綴っていきます





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昔の同僚と忘年会!

2007 - 12/21 [Fri] - 10:09

 今年は例年になく忘年会が多いです。いつもであればせいぜい3回くらいしかないのに、今年はなんだかんだで飲み会ばかりありますね。しかしそのほとんどが自腹なので、結構痛い(笑)。


 そして先日は以前勤めていた会社の仲の良い同期の集まりに行ってきました。会社を辞めてそろそろ10年経ちますが、こうやって未だに誘ってくれ、そして普通に楽しく喋って酒を飲ませてくれることには本当に感謝しています。それもこれも、私が会社を辞めたからといっても他の民間企業に転職したわけではなく、税理士というある意味特殊な職業に就いているから誘う方もそれほど気兼ねがないのでしょう。実際私は前の会社が嫌いで辞めたわけではないので、久しぶりに同期と会って話をしてもとても楽しく今の会社の話を聞くことができます。実は私のお客さんの中にはこの会社の下請けもあるので、そういう意味でも彼らと話をすることは会社の現況を把握する上でもとても有り難いのです。


 その久しぶりに会った同期の中にここ数年会ってなかった懐かしい顔がありました。彼は税理士になった私に少し触発されたらしく、以前「司法書士になりたい」と言って勉強をしていました。元々旧帝大の法学部卒なので法律の素養は持っていますが、それでもなかなか思うように勉強が進まないと話していました。


 同期の皆も彼が勉強をしていたのは知っていたようで、「あの勉強はどうなったの?」を誰かが話を振りました。すると彼、「ああ、まだ頑張ってやってるよ。」と答えました。これは少し嬉しかったですね。司法書士も合格率が低く、なかなか大変な試験のようですから続けて勉強を行うことはそれほど容易ではありません。にもかかわらず彼が今でも司法書士を目指して頑張っていることにとても心を動かされました。


 「じゃあ資格取ったら一緒にやろう。仕事回すよ!」と思わずエールを送りましたが、ホントに彼には頑張って欲しいと思います。そして彼が資格を取った暁にはタッグを組んで仕事をこなしていきたいですね。


 でも懐かしい顔ぶれというのはやはりイイものです。特に私がいた会社には優秀ではあるけれども人間的にガッついていない人たちが多いのでとても気が合うのです。なかなか仕事が忙しく、スケジュール調整もままならないので集まると言っても6-7人くらいでメンバーを変えながら会うことしかできないのですが、彼らと話をしていると今の会社の話、出世の話、社内人事の話、海外の話、等々ざっくばらんな話ができて楽しいものです。


 でもやはりサラリーマンも入社して20年も経てばなかなか人間関係が大変なようで、同期で上司部下になることもありますし、後輩が上司になることもあるようです。まあホントのことを言えば、私はそういう状況になることがイヤで会社を辞めたんですね(笑)。だってどう考えても私のような人間は出世するタイプじゃないですからねぇ。楽しく上下関係を守って暮らしていけるのはやはり入社後10年くらいまでですね(笑)。それから先は出世しない人間にとってはなかなか大変そうです。


 まあ彼らの苦労には足元にも及びませんが、私も頑張って自分の城を作って稼げるようになりたいですね。それがサラリーマンに向いていなかった人間の唯一の生き残り策ですからねぇ(笑)。


 でも彼らと飲めたことは良い刺激とリフレッシュになりました。幹事に感謝、感謝。

税理士事務所型の税務支援について

2007 - 12/19 [Wed] - 09:22

 本来であれば自民党税制改正大綱について書くべきところなのですが、今日届いた「税理士界」(きっと日本全国の税理士に送られているんですよね?)に注目すべき記事が書いてあったのでそちらについて先にコメントしたいと思います。


 それは平成19年12月15日発行、第1239号の「税理士界」15ページに載っている「南九州税理士会における税理士事務所型の税務支援」という記事(投稿)です。税理士の方々であればきっとお手元にあるはずなのでぜひ目を通して欲しいのですが、これは税務支援の姿としては従来のものと比較して画期的であり、私がブログでも「こうあって欲しい」と何度も書いているものとほぼ同じものであるため正に我が意を得たり、というところです。


 このような画期的な試みを実行しようとする税理士会及び支部には本当に敬意を表しますね。まあ内容はどのようなものかと言いますと、従来のように確定申告時期に会場を確保してそこに税理士を集めて無料で税務相談(税務支援)を行うのではなく、各税理士が自分の事務所で税務相談や税務支援を行おうという内容です。もちろん現段階では従来型の集合型の税務支援も継続するとのこと。


 この税理士事務所型税務支援のメリットは、①相談者の選別が行いやすい、②将来の関与化を踏まえることができ、③納税者は近所の税理士事務所で支援を受けられ、④会場確保等のコスト削減、であると記事には記載されています。ですが本当に素晴らしいと思ったのは、これらの他に「税務指導の有料化」を理由に挙げていることですね。


 私も何度もブログに書いておりますように、税理士は税務のプロフェッショナルです。いくら確定申告時期に行政からの依頼を受けて税理士非関与の納税者の相談を請け負うような状況があるとしても、プロフェッショナルの助言やサービスを無償で受けて当然、と納税者から捉えられるのは間違っている、という観点によるものです。プロフェッショナルの相談を受ける以上、たとえ低額であったとしても自腹を切って料金を支払う、それが税理士というその道のプロのサービスを受けるためには当然である、という意識付けを納税者に対して行おうとしているところが今回の取り組みにおいてもっとも評価すべき点だと思うのです。


 しかもこの事務所型税務支援を行う場合には「税務当局から謝金を受けない」「二年以上は低額での支援は行わない」「電子申告への対応」等々、誠によく考えられたシステムを作っておられます。しかしこの税務支援が単なる税務支援にとどまらず、各事務所、各税理士の「人間力、税理士力」すなわち「事務所の営業能力」が問われている、と記事が締められている点にも大いなる共感を得ます。


 つまり従来の集合型の税務支援のようにまるで一期一会のような税務支援を毎年繰り返し、サービスや対応も各税理士によってまちまちな事をやっていてもそれなりにこなせるケースとは違い、事務所型税務支援では相談者自らが低額とはいえ自腹を切って自分の事務所にわざわざ相談に訪れてくれるわけです。そこには当然その事務所、税理士のサービスの質が問われることになるわけであって、質が低ければ相談者は来ない、質が高ければ多くの相談者が集まり、上手くいけば将来の関与も見込める、ということがあるわけです。つまり一般納税者から見た税理士の選別が行われ、事務所の営業力の有無によって展開は全く異なることになるのです。


 良い事務所は良い評判を今まで以上に広げることができますし、悪い事務所はどんどん評判を落としていく。先日ブログに書きました「有資格者の市場での評価」と「不良有資格者の市場からの退場」が促進される可能性がここには有るわけです。ですから今から新たに開業して良いサービスを軸として顧客を獲得していこうとする税理士にとってはとてもよい営業の場を提供してくれることになるでしょう。


 もちろん問題がないわけではありません。現実問題として評判の良い事務所や立地条件の良い事務所ではその季節になると毎日相談者で事務所があふれ返る可能性だってあります。まるでそれは冬場の内科医のような状況であるわけですが、しかし事務所側としてもその時期は従来の顧客の業務をこなすのにも精一杯となっているわけですから果たしてどのように応対すべきか苦慮することもあり得るでしょう。もちろんそれは各税理士事務所が知恵を絞って対応策を検討することになるのでしょうが、実際に十分起こり得ることです。


 またどうしてもお金を払うのがイヤだ、或いはお金を払うことができない、といった納税者をどのように取り扱うのか、という問題は依然として残ることになります。そのような方々のために従来型の集合型税務支援会場を残す考え方もあるでしょう。しかしそうなると従来型の集合型無料税務支援を受ける納税者と事務所型有料税務支援を受ける納税者をどう線引きするのか、また線引きできるのか、というところで各支部が頭を悩ますことになるでしょう。


 まあそういうことは起こり得るとしても、大きな流れ、考え方としては誠に合理的で今の時代に即した税務支援の姿であると言えます。この南九州税理士会での試みが成功し、さらなるノウハウを蓄積した後日本全国の税理士会に広がっていくことを心より切望する次第です。


 「税理士のサービスを受けるためにはそれなりの料金が必要」と世間に認知してもらえることはこの仕事を行っている者として誠に喜ばしい限りです。しかし日税連などは無償独占との兼ね合いからこの有償での事務所型税務支援には難色を示すかも知れません。ですが何度も申し上げているように、そもそも日税連が主張する無償独占に基づく無料の税務支援の考え方の方が普通に考えればおかしいのであって、その見解の相違の原因が税理士法上の「無償独占権」にあるのだとすれば、それを適切に見直す方が理にかなうのではないでしょうか。


 ところで日税連などが「無償独占」を死守したいと考えている理由はいったい何なのでしょうか?他業種からの業務侵害を恐れて?過当競争を避けるため?ぬるま湯に浸かっている税理士の利益確保のため・・・?本当のところ、この件に関する日税連の真意を聞きたいですねぇ。一体彼らは何を恐れているのでしょうか?


 確かに私自身、行き過ぎた競争は好きではありません。どの業界であれ規制緩和を行いすぎて過当競争に突入した結果共倒れになるような事は避けるべきだと考えています。それは米、酒小売の現状を見れば過度な規制緩和がどのような不幸な結果をもたらすかが税理士であれば分かるはずです。価格競争はすなわち規模の競争になってしまい、小規模業者がどれほど良いサービスを行おうとしても負けてしまう恐れが高まるのです。その結果小数事業者による市場の寡占化とサービス拠点の集中化が行われるため、長い目で見て利用者にとっても良い結果をもたらさないことが多いのです。


 無償独占廃止が多くの税理士に「死」をもたらすから日税連などが強く反対しているのか、あるいは単純に無償独占によって排他的に市場を確保することができるから反対しているのか、その真意を池田会長あたりにぜひとも分かりやすい言葉で説明していただきたいものです。

税制改正大綱と税政連からのファックス

2007 - 12/17 [Mon] - 03:38

 今年は自民党の税制改正大綱が発表されるやいなや、税政連から各税理士宛にファックスが届いていましたねぇ。曰く「事業承継税制は税政連の要望により実現しました!」なのだそうです。つまんないのですぐに捨ててしましましたけれども(オイオイ・・)、もうねぇ、こんな事はいちいち自慢げにファックス使って報告してくるようなことじゃないんですよ。


 そもそもね、この事業承継税制の話なんて秋口から新聞に普通に書いてあったことで、しかもこの税制改正の要求元が経済産業省だ、ってことも明記してあったんですよ。他にも今回の大綱には「住宅の省エネ回収促進税制」というのが記載されていますが、これだって国土交通省からの要望で盛り込まれた内容ですよね。で、こういった財務省以外の省庁から要望されている税制改正の要望って大抵そのままの内容で大綱に盛り込まれ、そのまま改正されていくことがほとんどなんです。だれがどう言うにかかわらず、こういった改正要望はそのまま通るんですよ。

 
 もちろんたまたま今回の改正内容は日税連の税制建議に記載されていた内容にほぼ近いものとなっているのですが、これだってどういった経緯で経済産業省が改正に取り上げるようになったのか、そこが分からないと本当の改正の要求元って分かりませんものね。


 それを分かった上で今回の税政連からのファックスを見ていると「そんなのいちいち言ってこなくていいよ」ってことになっちゃう訳です。いくら今まで税制改正に対して何もしてこなかったことに負い目を感じて、今年は大綱発表の当日に税理士に向けてめぼしい内容をファックスで送ることにしたのだとしても、この内容など新聞を読んでいる普通の税理士であれば知っているし、税政連の働きかけだけで実現したものかどうかよく分かりませんものね。もし本当に税政連の働きかけで実現したのなら、「日税連の税制建議に記載していた内容を経済産業省の誰それに○月○日に説明し、その結果我々の要望がより具体的なものになり、最終的には経済産業省からの改正要望に形を変えて今回の大綱に盛り込まれることになりました」くらいのことを書いて欲しいもんです。


 まだ大綱の内容を全て読めていないので何とも言えませんが、今年の内容は事前に新聞で読んでいた内容そのままのように見えますね。何の驚きもありませんし、株の譲渡所得に関する税率の件も新聞で事前に報道されていたとおりですからねぇ。もちろん事業承継税制についても事前の通り。ただこの事業承継税制の改正に絡めて相続税を現行よりも遺産取得課税方式にさらにシフトさせる、と明言してあることの方に興味を感じましたね。まあ結局今のように遺産取得課税方式に遺産課税方式を混ぜたような方式だと、共同相続人の誰かに課税漏れがあった場合には関係ない他の相続人にまで税額の影響がでてしまうので、今回の事業承継税制などを導入した場合にもし猶予の要件満たさなくなったら株を承継した相続人以外にも税額の影響があって困りますものね。


 まあそんな感じの話はまた大綱をよく読み込んで書くとして、今回はとりあえず税政連からのよく分からない報告ファックスの話と、何でもそうですが「物事には効果的なやり方」というものがあって、時としてそれを外すと全くの逆効果になることもあるんだ、ということをその頂いたファックスの感想として税政連にお伝えしたいと思います。政治家を相手にしている税政連なら、もうちょっといろんな空気読めよ、という感じがしますね。そんなんだからばらまいてばかりなんだぞ、って気がしないでもないですね。頑張ってね、とにかく。

音楽を聴きすぎると難聴に

2007 - 12/16 [Sun] - 09:12

 私たちが若かったころもポータブルプレーヤーで音楽などを聴く人は多かったのですが、最近はipodなどのようにより便利になった機器が登場しているために若い方々の多くがこういった機器で音楽などを日常的に聴いているように見受けます。その為か周りの状況に気がつかない人々が増えていて、駅のホームで電車に接触する人がでてきたり、道のど真ん中で車が後ろにぴったり来ているのにクラクションを鳴らされるまで全く気がつかないような連中まで出てきています。


 でもこの事については個人的に皆さんに注意を促しておきたいと思います。ちょうど昨日の日経の土曜版にもこのことに関する記事が大きくでていましたが、こういった携帯機器で音楽をイヤホンなどで聴くことは耳にとってとても大きなリスクをはらんでいるんですね。つまり結論からいえば大きな音で音楽などを聴くことは「比較的早い時期に難聴になってしまう危険性が高い」ということなんですね。


 このことに気がついたのにはいくつかの理由があります。先ず一つめは私の学生時代の友人は大学入学以前からウォークマンで音楽を大きな音で聴くのが好きでしたが、彼はその時既に難聴気味であったこと。そして二つ目は私自身が社会人時代に英語の勉強をしようと思って通勤電車の中で英会話のヒアリングをしようとした際、電車の中ではものすごく大きな音にしなければ自分の聞きたい音をイヤホンから聴くことができないということに驚いた事ですね。


 二つ目の理由から説明すれば、イヤホンをしていると耳にスピーカーを直接近づけることができるのでそれほど大きな音で聴いていないのではないか、とついつい考えがちなのですが、これが大きな間違いなのです。我々が日常生活している場面では、例えば部屋で好きな音楽を聴いている場合でも通常は部屋の中で隣にいる人と普通に会話できる程度の音量で聴いているはずです。ところがポータブルプレーヤーで音楽を聴いている場合、不思議なことに隣の人と会話をしながら音楽を聴こうとすると相当音量を絞らなければなりませんし、逆に自分が満足行くように音楽を聴こうとすると周りの音が聞こえないくらいの音量にせざるを得ません。


 つまり言い換えればイヤホンなどで聞いている音の音量というものは耳にとっては日常あり得ないほどの大音量で聴いていることに相当している、ということを意味しているのです。部屋の中で横にいる人の声が聞こえないほどの音量といえば、それこそディスコ(古い)やロックのコンサート会場と同じような爆音。先ほどの例のように私たちは通常同じ部屋の別の人と普通に会話ができる程度の音量でしかテレビや音楽を聴くことはありません。それが一度イヤホンで聴こうとすると隣の人の話し声が聞こえなくなるほど凄い音量で聴いていることになってしまうのです。


 これが耳にとって良いわけがないのは明らかで、結局そうやって日常的に大音量にさらされていると一つめの理由に挙げた私の友人のように若いうちから耳を痛めることになって難聴になってしまうのです。私が思うに、人間の耳というものはそもそも大音量にさらされるようにできていないと思うのです。ダイナマイトの破裂音やテレビやステレオからの電気的に増幅された大きな音、そして自動車や航空機の騒音などは元々自然界に存在していなかったはずなのです。むしろ人間の耳というものは自分の安全を確認するためにも小さな物音をいかに拾って危険を未然に察知するか、ということにその機能があったはずなのです。


 ところが大きな音ばかりに晒されていると、刺激から耳や脳を守るために「小さな音を聞く必要はない」として音に対する感度を自ら落としてしまうと思うのです。つまり小さな音をマイクで録音するときにはマイクの感度を高くしますが、大きな音の場合は機器が破壊されないようにマイクの感度を下げるのと同じだと考えれば分かりやすいと思います。電気機器の場合は感度のレベルを調節することができますが、人間の場合は一度感度を落としてしまうともう元には戻らないわけです。


 そんなこんなで私は皆さんに「自分の耳を守り、難聴にならないためにイヤホンで音楽などを聴くことは極力避けましょう」と呼びかけたいですね。また先ほども書きましたように、逆に人間の耳は元々小さな音をいかにして拾うか、ということを主眼にしている器官なので、耳の能力を維持していくためにはテレビなどから出てくる音量はなるべく下げて、一生懸命その小さな音を聞く努力をするくらいの方が良いのではないかと思います。周りの人に迷惑をかけるような音量の音楽をイヤホンで聴くなんて難聴へまっしぐら、ってところですから、マナーの面からもご自身の耳のためにも止めた方がいいと思います。

ぜひとも簡易課税制度の廃止を!

2007 - 12/10 [Mon] - 12:50

 簡易課税制度というものが我が国の消費税には有ります。これは平成元年に消費税制度が日本に導入された際、少しでも納税者からの反発を和らげようとするために苦肉の策として設置した妥協策であると私は認識しています。


 しかし日本も消費税を導入して早二十年になろうとしています。簡易課税制度はそもそも消費税がザル法であると揶揄される最大の原因であると個人的に思っていますし、あんないい加減なみなし経費率で税額を計算すること自体がおかしいと思っています。法人税などでは細かい損金算入などについてチェックする一方で、消費税についてはこんないい加減な経費率計算で税額計算がまかり通るなど、誰の目から見てもおかしな制度なのです。


 こんな制度があるおかげで中小企業者について我々税理士は毎年簡易課税と原則課税の選択の有利不利について頭を悩ませなければなりません。しかも選択の届出は事業年度開始までに提出しなければなりませんのでなおさら神経を使いますし、賠償責任を常に念頭に置いて慎重に判断を行わなければなりません。


 これを解決する策として簡易課税制度の選択届を当該事業年度において提出できるようにすべき、と日税連などでは要望を出しているようです。確かに簡易課税制度を維持していくという前提であればそれはそれでも良いのですが、それより何よりこんないい加減な簡易課税制度などが未だに残っているからそもそもこのような問題が起きるのです。実際に納税者や消費者の多くも簡易課税制度による消費税差益部分が利益となることについて「なぜ本来預り金であるはずの消費税が預かった側の利益になるのか?」という素朴な疑問を感じています。これは簡易課税制度の明らかな負の側面であって、本来の法の趣旨から言えば消費者から事業者が預かった消費税は過不足なく納税するのが当然であって、そのうちの一部が事業者の手元に残るなんておかしな話なのです。


 ですからもう消費税が導入されてから20年にもなるのですから、そろそろ簡易課税制度そのものの廃止を求めるべきではないかと思いますね。とはいえ実務的な面から言えば、全ての消費税計算を原則課税にした場合に仕入税額控除を小規模事業者などで本当に正確に計算できるのか、という問題点があるとは思います。しかしそれをカバーするために簡易課税制度がある、という理屈も私はおかしいと思います。


 小規模事業者といっても申告する以上決算書くらいは作っています。それがないと申告できないんですから当然ですよね。その決算書の項目から各勘定科目の金額を拾っていけば大まかな消費税計算は原則課税でもできるはずです。だって簡易課税制度だって決算書や帳簿が無いと計算できないんだからこの点で簡易課税でなければならない理由はありませんものね。確かに仕入税額控除を行うための記帳や資料の要件は満たしていないケースがあるかも知れませんが、あの簡易課税の大雑把なザル計算と比べればずっと正確な計算になるんじゃないでしょうか。


 それすらできない決算書を作っているような事業者は、それは残念ながら泣いてもらうことでいいんじゃないでしょうか?経費や仕入や固定資産の年間の購入額も把握していないような事業者では、そもそも確定申告すらできるはずもないのに、そんな方たちの消費税申告だけをみなし計算で行ってあげる合理性はどこにも無いんじゃないでしょうか。本来そんないい加減な納税者の税額計算を簡便にするために簡易課税制度があるわけではないでしょう(当初はそうであったとしても)。


 それにもしこういった科目別課税・控除方式の原則課税による消費税計算に疑義があるのであれば、それは税務署が調査に行けば済む話なのではないでしょうか?簡易課税にしたって税務調査は必要なわけですから、原則課税一本に統一して、あまりに申告内容に課税上弊害がある場合のみ調査で精査したらいいんじゃないでしょうか。


 そういうことで私は消費税の計算は全て原則課税にすべきだと思いますね。実務上の弊害もそれほど無いはずですし、簡易課税制度がある方が本来的にはおかしい訳ですからね。実務上は、記帳が曖昧な場合や確定申告期の申告補助をする際の妥協策として先程述べたような決算書を見ながらの科目別課税・控除方式を採用することで事務の簡略化は十分可能じゃないでしょうか。きちんと計算したければ、きちんと帳面を付け、自分で勉強するなり税理士に頼めば済む話しなわけですからね。


 こうすることで簡易課税制度による益税の問題、簡易・原則の選択による有利不利の問題、小規模事業者の事務手続きの問題もほとんどクリアされるのではないでしょうか。そういう観点から私は個人的には日税連が税制建議に挙げているような簡易課税制度の改善ではなく、簡易課税制度そのものの廃止と原則課税制度の整備を行うべきではないかと思っています。


 個人的にこれからの時代においては消費税が基幹税になるべきだと思いますし、そうであるためには消費税の納税制度に消費者から疑念をもたれるようなことや、益税が生じるような事、そして制度の選択によって有利不利が生じるような税制はなるべく解決されるべきではないかと思います。そういう意味でも簡易課税制度という不可解な妥協の産物は早急に廃止して、本来あるべき消費税の納税制度に統一すべきではないかと思います。


 そうなれば我々税理士も簡易課税を選択するかどうかで頭を悩ませることもなくなりますし、賠償の恐怖にビクビクしながら日常業務を進める必要もなくなります。それに税制や税務そのものもスッキリとするんじゃないでしょうか。

頑張れよ、日税連と税政連。

2007 - 12/09 [Sun] - 11:34

 もうあと1週間くらいしかないのに、相変わらず税制改正に関する情報は一切業界側(日税連、税理士会、税政連)から伝わってきませんねぇ。また今年も何もやらないで党税調の大綱を追認ですかぁ?


 一体この時期何をやっているんでしょうねぇ、税理士界の偉い方々は。もちろんいろんな事をされていると思いますよ。でもね、全然分からないんですよ、やっておられることが。会の偉い方々は毎年春頃になると「自分達はいろいろがんばって情報収集し、動きを察知して動いていた。政治家に働きかけも一生懸命したが、ここまでが限界だった。」と言うコメントを会報誌を通じて発表します。しかしね、厳しいようですが日税連とか税政連なんてクラスの組織のトップはね、結果ださないと意味ないんですよ。過程を説明して、ストーリーを作って「頑張りましたが、このような結果になりました。残念です。」なら誰にでもできるんです。


 もっと日税連や税政連が今のこの時期何をやっているのかを伝えるようにしないと、それこそ税理士の社会的必要性なんか高まるはずもないし、我々自身税務に対する税理士の無力さにがっくり来ちゃいますよ。そりゃあ税制改正なんて国家そのものにかかわるような話に税理士があれこれ口を出せるレベルの話じゃないことくらいは分かっていますよ。もっと大きな立場から税制を研究してきている財務省役人やそのOBの大学教授とか、政治家とか、大企業の経営者達とか、そのあたりで話が決まっていくと言うことはもちろん理解できますよ。


 でもね、そういった偉い方々が考えた税制を実際に実行して納税する手続にかかわっているのが税理士であることも確かなのです。偉い方々には偉い方々なりの考え方がある。実行していく側には実行していく側の意見や納税者の意見もある。その実行側や納税者の立場から意見を述べることができるのは税理士じゃないですか。じゃあ毎年の税制改正の際にも税理士業界がもっと参加して意見を述べても悪くないんじゃないでしょうかねぇ。


 とにかく新聞の方が情報が早いって言うのがわかんないんですよ。いろいろと裏で情報収集して動いているくらいなら、そのうちの一部でも情報発信しろよ、税理士業界としてのコメントを付して世間に問えよ、と言いたいのです。


 先ほど念のために日税連のホームページを見ました。税制建議なんてぇものがありましたが、その内容を見て失笑しましたよ。「特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入制度を廃止すること。 」ですってよ。これって2年ほど前の税制改正の際には「高度な政治的判断で日税連としてこの改正案には反対しない」ってコメントしたはずじゃなかったでしたっけ?なんで今頃「廃止」だなんて事を言ってるんでしょうねぇ?だったら最初から「廃止」を強行に求めればよかったんじゃないんですか?


 多分当初から日税連の当時のトップ以外のほとんどの税理士はこの税制には反対だったはずですよ。何を今更って感じですよ。こんな事書いて、二年前の自分達の発言が恥ずかしくないんでしょうか。もう情けない限りですよ。何が「高度な政治判断」ですよ。「高度な政治判断」だったのかも知れませんが、大局は完全に見誤っていたじゃないですか。見誤っていたから翌年改正され、今も日税連が廃止を求めるような状況になってるんでしょう?ところで当時の偉かった方は確か今年良い勲章をもらっておられましたねぇ。何かこのあたりと関連があったんですかねぇ。よく分かりませんが。


 ホントにねぇ、頑張って下さいよ、日税連。あ、税政連もですよ。業界団体のトップとして税理士の大多数(これが大切)が納得する、或いは大多数を納得させられる行動を政治に対しても発揮して下さいね。お願いしますよ。

キングセイコーの修理

2007 - 12/07 [Fri] - 02:10

 先日の古いセイコーの腕時計の修理がやっと開始することになりました。先日のブログに書いていた二つの修理業者のうち、後から頼んだ若い時計師さんにお願いすることにしました。というより結局以前から私がやり取りをしていた年寄りの時計師はついに私に連絡をくれることがなく、そのまましばらく放っておいていたのですがやはり思い出すとムカムカ腹が立ってきたのでその爺さん時計師に苦情のメールを書いておきました(笑)。もちろん極力丁寧な言葉遣いで、しかし内容は思いきりキツく・・。「ふざけんじゃねぇぞ、この野郎!」という思いを書きましたが、どうせ読んでないでしょう(笑)。いいんです、こっちも苦情メールを書くことでスッキリしましたので。相手が読んでいようと、読んでいまいと別にたいした問題ではありません。


 さて肝心のキングセイコーですが、その修理をしてくれる時計師によればかなりヒドイ状態のようです。まず裏蓋がさび付いて取れない、中身も錆びている、ゼンマイも切れている、等々・・。まあそうでしょう、40年以上も前の時計で、前のオーナーはそれほどマメな方ではありませんでしたから。


 それでもなんとか修理は可能なようで、風防も新品に、そしてケースも磨いてもらうのできっと相当綺麗になって帰ってくることでしょう。実はこの時計のためにネットオークションでキングセイコー用の尾錠も買ったんですね(笑)。これで革ベルトを買って時計が修理から戻ってくれば完璧!楽しみですねぇ。


 ところで肝心の修理代はいくらかといえば、四万円弱。修理代としてみればこの手の時計のものとしては少し高めに思えるかも知れませんが、何せゼンマイと風防を交換し、磨きまでかけるわけですからこんなもんが妥当じゃないでしょうか。手入れの行き届いた時計であったらきっと2万円ほどのオーバーホール代で済んだのでしょうが、この時計に関しては相当過酷な状況で使われていたのでしょう。それにレア商品であるこのキングセイコーを市場で買うとすれば10万円を下ることなど絶対あり得ませんから、完璧に整備されたレア時計を4万円で買えたと思えばこれは安いものです。


 実は私、昔から良いセイコーの機械式時計が欲しかったんですよね。やっぱり日本人ですからねぇ(笑)。そりゃあ舶来ものは素敵で、ブランドも一流ですが、セイコーだって世界に名だたる大ブランドですよ。私の記憶では80年代頃ならば世界のブランド調査でセイコーはコカコーラなどと並んでベストファイブくらいに入っていたように思うのですが、要するにそれほどセイコーは世界から見てブランドだと言うことです。


 その憧れの古いセイコーの機械時計をきちんと直して綺麗にして、そして自分の腕に巻く。自分が生まれた頃に作られた時計を自分の腕に巻くというのもステキじゃないかなと思ったりします。もちろん誰もそんなこと言ってくれないので、自己満足だけの世界ですが・・。でもそんな状況がちょっぴり嬉しいです。


 楽しみですねぇ、修理されて帰ってくるのが。

弁護士も就職難-資格商売の規制緩和について

2007 - 12/05 [Wed] - 09:12

 先日新聞を読んでいますと弁護士の就職が大変厳しい状況であることが書かれていました。その原因はやはり司法試験の制度改革によって大量の試験合格者が生じたことによります。その記事によれば、従来であれば先輩弁護士に弟子入りして仕事を覚え、その後に独立開業していくのがパターンであったわけですが、最近ではその弟子入り先がないもんですからいきなり自宅で開業したり、或いは先輩弁護士事務所に間借りする形で開業する弁護士が増えているのだそうです。


 弁護士が少なすぎて競争が少ないため、ともすれば質が低下し料金も高止まりすることがおきるので弁護士を増やしていこうという考えそのものは悪くないと思います。しかし問題は急に増やしすぎることにあるわけですよね。急に試験合格者を増やしてしまうと今回のような就職問題が起きることなど、まあ少し考えれば容易に想像できることだったのです。この施策にゴーサインを出した人たちは、多分弁護士試験に合格した人であればすぐに独立開業できる能力と需要がある、と判断したのでしょうね。でもそれが大間違いだったわけです。


 これはどんな職業でも考えてみれば当たり前のことで、実務の経験がない状態で仕事がこなせることなどあり得ないんですね。ましてや弁護士などという法律の専門家としては最高の知識と経験が求められる職業において、経験ゼロから開業するなど無謀であり、もっと言えばその弁護士に相談に訪れる依頼者に降りかかる迷惑を全く考慮していません。我々税理士だって試験に合格しただけで実務が問題なくできることはあり得ません。もちろん我々よりレベルの高い人たちが合格している弁護士ですが、それでも日本に存在する法律は気が遠くなるほど多岐に渡り、高度な事例研究と経験無くして法律に関する日常業務をこなすことなど不可能であることは容易に想像できます。税理士でもそうですが、法律の条文や通達を読んでいるだけで理解したつもりになってつまらない節税策を考え出したり課税当局に喧嘩を仕掛けたりするととんでもないことになるのです。その誤った法律解釈をこなしてくれるのは「経験」しかないのです。


 そう考えると実務経験のない弁護士なんて、ある意味怖いです。こういった人たちの多くは必ず近いうちに経済的に行き詰まってくるので、価格破壊や怪しい商売に手を出そうします。つまり「弁護士」という名前を表に出して消費者を信用させたり威圧させることで詐欺的な商売を行おうと考えているような連中に名貸しをして高額の顧問料を受け取るといったケースや、明らかに勝てない裁判と最初からわかっているにもかかわらず「やれば勝てる」と裁判を行うことを相談者にけしかけ、負けた後は「裁判だから勝つこともあれば負けることもある。今回は裁判官が悪かった。」などと依頼者を説得して結構な裁判費用を請求するといった悪徳弁護士の増加が予想されるのです。


 そうなると当初の「競争を促進することで価格を下げ、弁護士の活躍の場を増やす」という崇高な理念は簡単に吹き飛び、世の中に不良弁護士をザクザク排出するだけになってしまうのです。想像してみればわかりますが、不良弁護士と言っても彼らはいっちょ前に法律を相当なレベルで知っているだけに、その知識を悪用して素人に難癖を付けてこられると素人には到底太刀打ちできません。いくら弁護士としては下の下であったとしても、素人を騙すことくらい簡単ですから、素人はまんまとやられてしまうわけです。これは本当に怖いことで、下手をすればヤクザや詐欺師よりたちが悪い存在になる可能性があります。まあもちろんこういったトラブルを防ぐためには、こちらも信頼できる弁護士を見つけておけばよいのですが・・(笑)。つまり弁護士とのトラブルを解決するために弁護士を雇う必要がでてくるのですが、こいつらがグルになってかかってこられるともう最悪・・。


 これからも法科大学院を卒業した多くの人が弁護士資格を取得するのであれば、あっという間に日本は弁護士で溢れ返ります。規制緩和、といえば聞こえはよいのですが、たいていの場合質の低下を招き不良化したエセ専門家を増やすだけのことが多くなります。その結果エセ専門家が増えておかげで誰が困るかと言えば、エセであっても看板を堂々と上げることができますのでその看板に騙されて入ってきてしまった一般消費者が最も迷惑を被るのです。その結果その資格の看板自体に対する信頼が損なわれ、結局は規制緩和を行う意味が失われる、というオチになりがちなのです。


 世間に溢れる歯医者を見てもおわかりでしょう。街中であればすぐに歯医者を見つけます。つまりもう歯医者は過当競争になっているのです。いきおい経験の少ない歯医者が開業し、下手くそな治療のせいで御飯が美味しく食べられなる人が増えたり、最初から歯の治療よりもホワイトニングなどに力を入れて美容サービスで儲けてやろうと考えている連中すらでてきます。


 弁護士でも歯医者でもそうですが、過当競争が行われるとそれとともに必要となるものがあります。それは「世間からの評価」と「低レベル業者の市場からの撤退」です。つまり看板だけで信用できないほど競争が激しく、質のばらつきがでてくるようになると、看板ではなくその事業者そのものを評価することで「看板」の質を一定以上のレベルで維持するシステムが必要になってくるのです。従来であれば看板のレベルを一定に保つシステムは入り口側の「資格試験」の難しさであったわけですが、規制緩和になれば今度は出口側の「市場での評価」になるということなのです。


 それがなければ消費者は星の数ほどある専門家から適切な人を選ぶことができなくなります。そして高い評価が得られた専門家はさらに商売が加速し、評価が低い専門家は撤退を余儀なくさせられる。つまり資格商売において規制緩和を行うのであれば、必ずそこに「市場からの評価」と「不良有資格者の退場」がなければならないのです。資格商売において規制緩和を行うということは結果的には必ず勝ち組と負け組が明確にならざるを得ないことを意味するのです。


 医者も弁護士も、会計士も税理士も規制緩和が行われる前のように「誰がやってもとりあえず儲かる」という時代はもう終わりつつあります。行きすぎた規制緩和は安売り競争と一緒で、長期的に見れば結局誰も幸せにしないので私はあまり支持しません。しかしだからといって規制緩和を一方的に拒むことも行きすぎた規制緩和と同じくらい弊害があります。士業や資格商売で規制緩和を行うのであればそこには適切な競争、評価、そして退場がセットにならなければなりません。


 現在の弁護士業界においては、近い将来過当競争と大量の不良化が予想されます。それを避けるためには各弁護士の評価と不良の退場を促す何らかのシステムが必要なのではないでしょうか。これは我々税理士においても同じです。税理士の数はもう充分でしょう。あとは評価と不良の退場、これが必要になってくるのではないでしょうか。


 では、評価とは一体何か?ミシュランのような格付けが確立されない限り、これは当面顧客からの評価ということになります。つまり我々は顧客から高い評価が得られるべく不断の努力を続けて行くしかない、というごく当たり前の答えになってしまうわけです。もうその努力ができなくなったら評価が下がるので市場から撤退せざるを得ない。とはいえこれは一般のビジネスの社会ではごく当たり前のことで、士業や資格業にはその当たり前のことがない、と思っているのはいささか業界を過信しすぎではないかという感じがします。


 顧客が専門職を見る目は年々厳しくなります。なぜなら年々世に不良専門職が増えて行くからです。極論すればこういった世間の評価を高いものにするためには、規制緩和を止めて昔のように試験を難しくするか、或いは規制緩和の中で勝ち続けるか、そういう選択になるわけです。今は規制緩和の時代な訳ですが、また時代が変われば試験によって質を維持しようという流れに戻るかも知れません。どちらがよいかはその「時代の状況」が判断すべきことなのでしょう。

今日は山登り

2007 - 12/03 [Mon] - 02:35

 今日は久しぶりに山に登りました。今回は地場の方々のいろいろな意見を参考にしてコースを決め、そして以前より念願の山頂まで登ってみることにしました。実は昨年も何度も山登りをしていたのですがてっぺんまで登ったことはなかったのです。


 ということで今日は午前中から山登りに出かけました。もちろんいつもの通り一人で山登りです。まだまだ紅葉の綺麗な季節で、風もほとんど無く、また気温もそれほど寒くないので比較的登りやすい天候でした。デジカメで風景を撮りながら歩き、登りに1時間半、下りはコースを変えたのでこちらも約1時間半、都合3時間山を歩いたことになります。


 登りはそれほど大変ではなかったですねぇ。今回の登りコースが一番楽なコースだろう、と事前に確認していましたので、確かにそれほどハードではなかったです。と言っても汗はびっしょりかきましたし、休憩も何度か挟みながら登りました。で、麓のローソンで買ったお弁当をてっぺんで食べて一休みした後、ちょっと欲が出たのか来たときと違うコースを下りることにしました。


 このコースは昨年来私がずっと山登りに使っていたコースだったのですが、いつも中途半端まで登り、引き返してきていたところなのです。私が登っているときに何度も下りてくる人とすれ違ったのですが、その人達が「今からここ登んのぉ?ここきついよぉ、がんばって!」と私に話しかけ、この言葉もあって一度もこのコースを上まで登ったことがなかったのです。


 だから今日はその「きつい」と言われるコースがどんなものか見てみたい興味もあって、そのコースを下りてみることにしました。いやぁ、確かにこのコース、きついです。坂もきついですが、足をかける場所が滑りやすいので結構気を遣いましたね。ちょっとお年を召した方なら気をつけないと転けて結構な怪我をしそうな場所でした。そのコースを下りながら、いつも私が下から登っていたのは大体半分くらいまでだったのだな、ということが分かりましたが、きついのはてっぺん近くなので私はいつも比較的楽なところで折り返していたことになります。


 そのあとはいつもの慣れた道を帰っていったわけですが、帰ってからシャワーを浴びて一休みして晩ご飯を食べた頃まではよかったのですが、夜が更けてくるとふくらはぎとももあたりに相当な疲労が感じられてきました。とりあえず湿布は貼っていますが、なんとなく明日が心配。歩けるかしら。山を歩いたと言っても、コースの長さは全体でもせいぜい6キロ程度。まあ急に登ったというのは確かにありましたが、これで足に疲労が残るとなれば日頃から鍛え直さなきゃいけませんね。


 でも以前からの念願だった山頂まで登ることができてとりあえず目標達成。どんな小さな事でも一つ目標をクリアすることは達成感があって心地よいものです。これで勝手が分かったので、また天気の良い日に登りに行ってみよう。

チャーチの靴の話

2007 - 12/02 [Sun] - 01:37

 私は靴もちょっとだけ好きです。やはりいい靴は長持ちしますしね。で、私が好きなのはチャーチですね。長持ちするんでそれほど沢山持っているわけではないんですが、新しく買う靴はいつもチャーチですね。私が若い頃イギリス靴が流行になって、そのころ靴屋で色々と履き比べた結果チャーチを買ったんですね。


 もちろん他にもクロケットとかエドワード・グリーンとか素敵な靴は沢山有るんですが、最初に買ったチャーチが凄く良くて、もうまるで靴を履いていないんじゃないかと言うほど包み込むフィット感が最高で、そのせいで特に他のものを探す必要もないんじゃないかと思ったのでチャーチばかり買っていますね。もちろんプラダに買収されてから木型も変わったそうですし、実際に靴の内装なども買収前とは変わっています。


 それでもやはり私にとってチャーチはいい靴で、気に入っています。値段も昔より若干高くなっていますが、それでもインターネットで買えばまあ手頃な値段で買えます。だって昔は日本でも5万円程度で買えたのに今では多分最低でも7-8万円位しますものね。インターネットでイギリスから買えば、まあ5万あれば買えますもんね。


 一時期チャーチがプラダに買収されて、工場がストでも起こしたんですかね?詳しく知らないんですが、そのころ確か2~3年くらい、それ以上かな、チャーチの靴が市場から完全に消えた時期があったんですね。私はラーメンでも何でもそうなんですが、自分が気に入ったものがあればあまり浮気しないし、それが在れば他は別にいいや、っていうところがあるんですね。ですからチャーチの靴が買えなくなった時期には、「どうしよう、これから靴が買えなかったら困るなぁ。他の靴を試すのもめんどくさいしなぁ」と真剣に思ったものでした。


 ところが最近、ここ2年くらいでしょうか、またチャーチの靴がボチボチと市場にでてきて、しかもインターネットで昔の値段くらいで買えるようになってきてほっとしました。個人的にはストレートチップが好きなのでそればかり買っています。サイズはFの6、と決めていて、まあモデルで多少履き心地が変わっても2年ほど履いていれば良い靴になります。直し屋さんも良いところを見つけているのでソールの張り替えもそこに頼んでやってもらっています。


 今は他にももう17年も履いているリーガルの靴や他の雨靴を含めぐるぐる回しながら靴を履いています。置き場がないのでビジネス靴は6足くらいしか下駄箱に入れていません。履けない靴がでてくると新しい靴を買う、というパターンですが17年履いているリーガルがさすがによく頑張ってくれているので、それがダメになったときのことを考えて一足チャーチを追加しようかなと思っています。


 今回は一番最初に買ったバルモラルというモデルにしようかな、と考えています。といっても今のバルモラルはデザインが昔と少し違っているようですが、195ポンドで売られていて、まあ良い値段だと思います。昔の木型で作っています、とチャーチが高らかに宣伝しているこのバルモラルを、さあ15年ぶりくらいに買って昔のバルモラルとどう違うのか履き比べてみるのも楽しみですね。


 でも最初に日本の靴屋で色々な靴を履き比べたとき、実は一番履いた感じとデザインが良かったのはエドワード・グリーンのあるモデルで、これはいつか買ってみたいなぁと思いながら結局買えないまま時間が経っています。やはり良い靴というのは上手く足にフィットするように作られているんですね。ヨーロッパの靴は日本人の足に合わないとよく言われますが、そんなこと無いと思いますよ。むしろ日本製の靴の方が足になかなかフィットしません。


 これは多分土踏まずの部分の作りに問題があって、日本の靴は土踏まずが広すぎるんですよね。だからアッパーも上手く絞り込まれてなくて土踏まずを包み込むようにフィットできないのです。足も靴の中で遊びますからね。歩いても疲れやすいですしね。でもチャーチやグリーンなどはソール側から見た土踏まずが結構細くて、そのせいでアッパーもしっかりと土踏まずを包み込みながらソールにつながっているんですね。そういう意味ではヨーロッパの靴の方が日本の靴よりもより立体的に作られていると言えると思います。だからこそ足にフィットしやすいんだと思います。


 私が昔最初にチャーチを買ったときに感動したのがこのフィット感の良さでしたから、新しいバルモラルを買うことがあればその土踏まずの絞り込み方が昔と同じかどうかをぜひ確認してみたいものです。

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当ブログにお越しいただきありがとうございます、税理士のもりりです。のんびりと、時々辛辣に日々感じたいろいろなことを自由に書いていきたいと思います。

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