税理士もりりのひとりごと

税理士もりりがぶつぶつと日ごろの出来事についてひとりごとを綴っていきます





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ライブドアの会計士に実刑判決

2007 - 03/26 [Mon] - 12:45

 ライブドアの監査を行っていた会計士に実刑の判決が下りました。カネボウ事件の時もそうでしたが、今までであれば大して問題にならなかったような会計士の不正会計への関与や看過が重大な社会的犯罪として認識されてきたということなのでしょう。


 確かに判決内容のように会計士が書く監査報告書こそが投資家が投資先企業の内容判断を行う唯一のよりどころとなるべき資料なのですから、そこに企業との癒着による記載内容の不正などがあれば会計士は多くの投資家に虚偽の情報を流して彼らを欺いていると言われても仕方ありません。


 我々税理士から見れば、会計士は我々より頭脳のレベルも高く多額の報酬を得ている方々も多い職業人です。なぜそうなのかと言えば、それは先ほどのように我々とは比較にならないほど多くの人に影響を与えうる重要な職業であるからこそその対価も高くてしかるべきということなのです。そのしかるべきことをせずに報酬だけをもらっていたのであれば、残念ですが厳罰も致し方ないでしょう。


 とはいえよく言われているように、監査先の企業から報酬をもらっている会計士が監査先にとって不利になる内容を進んで書きにくい雰囲気は確かにあると思います。「そんなことを書くんだったら監査契約は破棄するぞ。」と言われれば力関係の弱い監査法人や会計士であれば企業の言いなりの監査報告書を書かざるを得ないこともあるでしょう。しかし裁判が断罪したように、それであれば会計士は自らの職務を放棄しているのと同じになってしまうわけです。


 税理士である私にはこの問題の解決法など分かりません。それは会計士の方々がご自身達で検討するほか無いと思います。しかし会計士自身がこの問題の解決に積極的に取り組まなければ金融庁や大蔵省あたりから望まない改善策を押しつけられることになってしまう恐れがあります。しかし完全に監査先から独立して公平な監査を行うとなれば監査先と一切の金銭的利害関係を絶つ必要があるでしょう。そうであれば究極的な会計士の位置づけは金融庁の一部、つまり民間ではなく官の側から監査を行うことが求められてしまうことになります。報酬はどうするのかといえば、監査が必要な企業から企業の規模や内容に応じて一旦費用を徴収してどこかにプールしておき、そして実際に監査を行った監査法人や会計士に事前に決められた報酬規定通りの報酬が支払われるということになってしまいます。言い換えれば今の健康保険による医療報酬の制度に少し似ているかも知れません。


 元々規制を嫌う国アメリカで生まれた会計監査制度ですから、こんながんじがらめの制度では報酬を自由に決められなくなってしまうので会計士は到底受け入れないでしょうし、実際運用は大変なものになってしまいます。しかし完全な公平で独立した監査制度を、というのであれば極力直接監査先から報酬をもらわない制度を考えざるを得ません。まあこれは私の無責任な意見ではあります。会計士の方々はきっともっと素晴らしい解決策を考えて下さると思います。


 会計士の方々にはこういった重い社会的責任があるわけですが、我々税理士はどうなのかといえば、税理士にも適正な決算を行う必要性はありますが、顧問先が自分で決算を行った場合にはその内容を税理士が精査する必要が有るとは私自身は認識していません。何故なら我々は監査を行うことまで税理士法で求められていないはずなので、顧問先の決算が適切であるかどうかの監査権限まではないと理解しています。実際税務調査において我々が決算を行っていない場合では、その決算内容について我々に質問が及ぶことはありません。決算内容や帳簿に不適切な部分が見つかった場合責任を問われるのは顧問先自身であって我々税理士ではありません。それよりも我々税理士にとって大切な役割は顧問先の適切な税務申告を行っているかどうか、ということでその点について税務署と最大の利害関係があると言えるでしょう。


 とはいえ最近はご存じのように会計参与なる役職を会社法上で設けて、これに税理士が就任することで税理士にも監査人的な役割を負わせて決算内容の担保をさせる動きがあります。また当然ながら税理士が決算を行った場合にはその内容が会計上適切に行われている必要があります。これら二つの場合において利害関係があるのは主に金融機関、つまり銀行です。これらの場合でもし不適切な決算が行われており、その結果金融機関が損害を被った場合には税理士に対して損害賠償が求められることがあることはよく肝に銘じておくべきです。


 ということで我々税理士は会計士のように世間全般に多大な影響を与えかねないような重大な責任を背負った職業ではないのですが、税理士が決算を行った場合には税務署と銀行に対してその内容を担保する責任があることは忘れてはならない点であるといえます。ですから顧問先が銀行から多額の融資を受けているような場合であれば、いくら顧問先の強い希望であるからといっても無茶苦茶な粉飾決算を税理士が行うことは非常に危険な行為であり、この点では会計士と監査先の関係に似たものがあると言えます。

無資格職員を「先生」と呼ばせるな!

2007 - 03/25 [Sun] - 12:35

 そこそこ職員のいる税理士事務所ではこんなことがありませんか。税理士資格を持っていない職員が「先生」と呼ばれていることが。顧問先からすれば何も他意もなくこのように職員を呼んでいるだけなのですが、有資格者にとってこれほど屈辱的というか失礼な話はありません。


 もちろんだからといって「私を先生と呼べ!」とは私は言うつもりもありませんし、実際私が担当している顧客で私のことを「先生」と呼ぶ方はほとんどいません。しかし同じ事務所にいる無資格職員を顧問先が「先生」と呼んでいるのを聞くと無性に腹が立ちますね。どうしてこのようなことになったのかといえば、結局うちの事務所の親玉が高齢で税理士業務を実際に行うことができず実務を全部職員任せにしていた期間があまりに長かったのでこのようなことになってしまったのです。


 その親玉が顧問先の会社やお店に出向いて顧客と直接話をすることなどありませんし、実際に決算の打ち合わせや申告書の押印も職員だけにさせていたので、このように無資格職員が「先生」と呼ばれ増長する結果を招いたわけです。しかし私のように資格を持った職員が事務所に混在してくると、この無資格者に対する「先生」という呼び方は違和感を伴い不自然に聞こえてくるわけです。


 先ほども書きましたが、有資格者から見て無資格者が「先生」と呼ばれているのを聞くほど屈辱的で腹立たしいことはありません。だって無資格者は無資格者ですよ、無資格者が「先生」などと呼ばれることを何も気にせずに居られるのであれば、我々が苦労して資格を取得する必要などありません。何で頑張って資格を取得した人間とただの職員が同じ呼び方をされなきゃいけないんですか。資格を取得したものが「先生」と呼ばれるのであればまだしも、試験も受けたことがないような本当のただの事務員が「先生」と呼ばれるのはニセ税理士の存在を自分の事務所が認めているようでとてもイヤです。しかしうちの事務所に関していえば、これもひとえに親玉税理士が職員が先生呼ばわりされていることを知らなかった、あるいは知っていてもそれを黙認したことがこのような状況を招いてしまったわけです。


 一番笑ってしまった、というか釈然としなかったのは、私の事務所で定年を迎えた無資格職員に餞別を送った際、そのお返しに品物が宅配で届けられてきたのですが、その時にその配達員が「税理士の○○先生からお届け物です」と言って私の自宅にやってきたことですね。「おいおい、誰が税理士の○○先生やねん。そいつは税理士なんかとちゃうで。お前逆やろが、そいつと違ってオレが税理士やんか。」とその配達員に突っ込みたくなりましたが、こういうことをその配達員が言うということは、つまりその退職した無資格職員はいろいろな場面、特に顧問先の前で自分のことを「税理士の○○」と言って仕事をしていた、ということなんでしょうね。


 当然その退職した職員は名刺にも「税理士」と記入していろんな相手に配り歩いていたことでしょう。もしそうであればこの退職した職員は完全にニセ税理士を騙っていたと言うことになりますし、しかも税理士事務所に勤めていながら堂々とニセ税理士行為を行っていたわけです。これほど有資格者をバカにした話ってありますか?同じ事務所に親玉をはじめとして複数の有資格者が居るのに、これほど同じ事務所の有資格者に対して失礼な話などありませんし、私自身は「ふざけんじゃねえよ!」と言いたいくらいの気分です。


 まあ私の事務所は事情が特別なんだろう、と信じたいのですが、まさか他の税理士事務所でうちのように無資格者が先生呼ばわりされていることなどないでしょうね。もしそんなことがあったら所長先生や他の有資格者は絶対に許しちゃあいけませんし、無資格職員を先生と呼ぶ顧問先や職員本人を注意しなけりゃいけませんよ。それを許すということは税理士自らが「税理士業務なんか資格持ってない奴でも先生と呼ばせてかまわないほど誰にでもできる大したことない仕事だ。」と公言しているようなものです。もしそんな低い意識で業務を行っている税理士が多く存在しているのであれば、税理士業などどんどん儲からない商売になっていきます。


 それじゃあダメで、有資格者はやはり「無資格者やニセ税理士と自分達は違うんだ」という強いプライドと自覚を持って常に研鑽を重ね、少なくとも自分の事務所の職員が自分と同じように顧問先から「先生」呼ばわりされることのないよう、きちんと職員と顧問先を管理して、ゆめゆめ無資格職員に不正行為をさせないよう高い意識を持って業務に当たるべきではないでしょうか。


 とにかく税理士無資格者が「先生」と呼ばれることが早く世の中から消えることを私は強く願っています。

テレビボード完成!そしてフレンチポリッシュの技術メモ

2007 - 03/22 [Thu] - 12:08

 以前よりテレビ台を製作していることをご報告していましたが、やっと本日完成しました!長かった!画像をブログに載せる道具がないのでご披露できないのが残念ですが(近いうちに娘の携帯で撮った写真をアップしたいと思っています。私は携帯を持ってない・・。)、フレンチポリッシュで一生懸命磨いたおかげか、マホガニーの表面は鏡のように光っていて、素人仕事にしてはまあまあではないかと思っています。


 まあ~、でも本当に時間かかりましたね。製作期間ほぼ丸々2ヶ月。そのほとんどが塗装にかかった時間で、まあ全くの素人がフレンチポリッシュにまで挑戦して試行錯誤しながらそれなりに仕上げるわけですから、そりゃあ時間がかかったのも仕方ありません。反省点を挙げるとすれば、板の最初の下地仕上げがやや荒かったことですね。おかげで塗料で木の表面を平坦に埋めていく作業に恐ろしく時間がかかってしまいました。次にフレンチポリッシュを行う機会があるとすれば、今回の経験をふまえてずいぶん効率よく作業が行えると思います。


 でも今回の作業でフレンチポリッシュ、大体会得しました(笑)。会得した、なんていうとプロの職人さんに怒られてしまいますが、でもこの2ヶ月間ほぼ毎日のようにシェラックを塗っていたおかげでシェラックを塗る作業についてはかなりのノウハウを得ることができました。もしこれからシェラック塗装、またはフレンチポリッシュを行おうとする方のために、或いは私が将来もう一度フレンチポリッシュをするときのためにフレンチポリッシュを行う際の注意点を書いておきたいと思います。


 フレンチポリッシュを行う道具は、シェラック、無水アルコール、オリーブオイル、そして塗るためのタンポが二つです。タンポのうち一つはシェラックを塗るために使い、もう一つはシェラックを塗った後でアルコールを付けて磨くためのものです。シェラックはほとんどの場合2カット(シェラック24グラムに対してアルコール約100ccの溶液)の濃度で塗ります。シェラックは密封できるジャムの瓶などに溶液を作り、シェラックを塗るのに使ったタンポは使用後乾かないようにビニール袋に入れて密封します。またシェラックが手に付かないようにタンポを持つ方の手に薄いゴム手袋をします。


 塗り方の基本はシェラックをタンポに染み込ませてそれを木材に薄く薄く塗っていき、2,3度塗った後600番、800番程度の紙ヤスリで撫でるように水研ぎをし(石鹸を付けて研ぐ)、そしてまたシェラックをくり返し塗ってペーパーで磨く・・、この作業を延々とくり返すだけです。最後の方ではペーパーの番手を800番、1000番程度まで上げていきますが、基本の作業は一緒です。ただペーパー磨きは決して力を入れてはいけません。またシェラックはアルコールで溶かしてあるので作業後すぐに乾きますが、できれば一度塗った後は2,3日しっかりと乾かした方が良いです。一度に塗る回数は2回くらい塗っても大丈夫です。


 フレンチポリッシュにはいろいろな塗り方が有りますが、私の経験からいえばシェラックを適当に染み込ませたタンポにオリーブオイルを一滴程度塗り加えて作業を進めていくのがベストだと感じました。理由はオイルを加えた方が塗りやすいのと塗りが奇麗に仕上がるからです。これは最終仕上げを除いて一貫して同じ濃度のシェラックとオリーブオイルで塗り重ねていきました。


 塗り方はこれまた色々あるようですが、私がいろいろ試した結果によれば、ほぼ全ての行程で塗る表面と平行に円を描くようにタンポを動かしてシェラックを塗り込んでいくのがベストでした。木目に沿ってまっすぐ塗る方法もあるのですが、これは最後の最後にアルコールで磨くときや板の横側を塗るときだけで良いと思います。何故なら木目に沿ってタンポを動かす塗り方を行うと、一見奇麗に塗れているように見えるのですが表面がガタガタに波打ってしまうからです。また直線に塗るやり方だと、端の処理がどうしても上手くいきません。ですから直線の塗りをどうしても使いたいときは端の処理に円運動の塗りを行えば上手く処理できます。ただ円運動で丁寧に塗り重ねていくと塗りムラが最もできにくいので表面を最も奇麗に仕上げられると思います。円運動の大きさは一定させず、大きな円を描いたり、小さな円を描いたりといろいろ変えながら塗り込む方が塗りムラが無く仕上がります。


 そしてシェラックを一つのタンポで塗った後、もう一つのタンポにアルコールをちょっと(2-3滴程度)付けてシェラックを塗ったばかりの表面を同じく円運動でタンポを動かしながら磨いていきます。シェラックはアルコールに溶ける性質を持っていますので、木の表面に塗ったシェラックをアルコールだけが付いたタンポで微妙に溶かしながら表面を均してつるつるに仕上げるわけです。またこのアルコール磨きには、シェラックを塗った際に加えたオリーブオイルがシェラックが乾く過程で塗装表面にしみ出てくるので、この表面に浮き出たオイルをアルコールで脱脂するという意味もあります。このアルコール磨きを行う際は、シェラックを塗ったときよりもより大きな円を描きながら磨いていくと奇麗に仕上がります。もちろんいろいろな大きさの円運動を使って最終的には仕上げていきます。


 シェラックを塗るためのタンポを使ってシェラックを塗り込む際に多少の塗り跡が残っても、このアルコールで磨く作業を行っていくと消えるのでそれほど神経質にシェラックを塗らなくても大丈夫です。それよりも困るのはオリーブオイルを余り付けずに塗ると、シェラックは元々すぐに乾いてしまうので、タンポが板にひっついてしまいシェラックを塗った表面がガタガタになることです。またもう一つ困るのは、先ほども書いたように磨き用のタンポにアルコールが付きすぎたり、シェラックを厚塗りしすぎて余り乾いてない場合に磨いたときに、磨き用のタンポからしみ出たアルコールによって木の表面のシェラックが溶けてしまいタンポにひっついてシェラックの塗装がガタガタになってしまうことです。


 いずれの場合もタンポが塗装面にひっついてしまうと、タンポに付着している埃が一気に塗装面に張り付くことになります。これが一番塗装面を台無しにしてしまうことで、そういう意味でもタンポが塗装面にひっつかないように細心の注意をする必要があります。ただこうなってしまっても丁寧に作業を重ねると修正はできます。しかし修正作業が結構めんどくさいのでできればそうならない方が良いです。このようにならないためにはシェラックを余り厚塗りしないこと、そしてアルコール磨きを行う際はアルコールをタンポに付けすぎないこと、この二点が奇麗に仕上げるコツです。


 さてこうやってお好みの回数重ね塗りとペーパーによる仕上げを行い、表面がつるつるに鏡のようになり、手で触っても本当に滑らかになったらいよいよ最終仕上げです。最終仕上げはちょっとアルコールが多めのシェラックをタンポで薄く塗り重ね、ペーパーによる削り跡が奇麗に消え、そして最後にアルコールだけによる磨きを行えば完了です。私が参考にした資料ではこの最終仕上げの段階ではオイルを使わず、ごく薄いシェラックをタンポ塗り(注:円運動ではなく木目方向に直線に)するように書いてあったのですが、実は私はこれを実行してそれまでの塗装面を台無しにしてしまいました。なぜかといえばアルコール分の多いシェラックを塗装面に塗り込んでいくと、どうしても古い塗装部分がアルコールに溶け出してタンポが塗装面にひっついてしまうからです。こうなると前述のようにそれまでの作業がすっかり台無しになってしまいます。また直線塗りはどうしても力の加減が難しく、せっかく時間をかけて今まで作った塗装面をダメにしてしまう恐れがありますので、私のような素人は余り直線塗りをしない方が無難だと思います。


 そういうわけで私は最終仕上げにおいてもタンポが塗装面にひっつかないようにオイルを少し加えてシェラックを円運動で塗り込み、その後のアルコール磨き完了させることにしました。これで仕上がりで、この後コンパウンドなどで表面を磨く必要などないのですが、ただこれからの数日間、シェラックがガチガチに固まっていくにつれてそれまでの塗装に使ったオリーブオイルがちょっとずつ表面にしみ出てきて塗装面を曇らせます。オイルで塗装面が白く曇っているのを見ると塗装を失敗しているように感じてしまいますが、気にせずアルコール磨きを行えば奇麗にピカピカになります。


 以上が私が自分流にアレンジしたフレンチポリッシュの方法です。基本的に参考にしたのは昔ながらのフレンチポリッシュ技法を日本語訳した文章でしたので、私の手法も伝統的なフレンチポリッシュとそれほど離れていないと思います。オイルの使い方とか、タンポの塗り方とか、細かいところはその参考文章と多少違いますが、その文章にすら「フレンチポリッシュは行う人によって様々な方法がある」と書いていましたので、多少の違いは許される範囲だと思います。


 とにかくこのシェラックによるフレンチポリッシュのポイントは、オイルを効果的に使うこと(使いすぎると後処理が大変)、そしてアルコールによる磨きを上手く処理すること、この辺りを上手にやれば手際よく、そして奇麗なシェラック塗装ができるはずです。本当にフレンチポリッシュの塗装は時間はかかりますが自分が想像していたよりずっと楽に、そして奇麗に仕上がります。なかなか文章だけでは伝わらないと思いますが、もし日曜大工で木工製品を奇麗に作ろうと考えている方の参考になれば幸いです。
 

 このテレビ台で家族に好評だったので、次は何を作ろうかと考えています。何しろこの塗装に使うために買ったシェラックが沢山残っているので、何かに使いたいと思っています。うーん次は奇麗なサイドテーブルでも作ってみようかな。また塗師になってみるか。

弁護士とは因果な商売・・。

2007 - 03/22 [Thu] - 07:56

 弁護士ってえのは因果な商売だな、と思いますね。まあ世の中儲かる商売は「人の弱みにつけ込む商売」と相場が決まっていて、例えば医者は病気で困っている人を助ける商売、銀行は金が無い人を助ける商売、保険会社は将来の不安を金で解決する商売、商社は売り方が分からない作り手の商品を売り歩く商売、そして弁護士は合法的なケンカのやり方が分からないで困っている人にケンカをさせる商売です。税理士ですか?税理士なんて別に困ってる人につけ込むような商売じゃないんで儲かりませんよ、ははは・・。


 でこれら儲かる商売のうちどれが一番恨みを買いやすいかといえば、まあ見ておわかりのように「医者」と「弁護士」になりますわね。もちろん医者も弁護士も彼らの職務を一生懸命遂行しているだけなのですが、医者は人の命にかかわる商売ですし、弁護士はそもそも喧嘩を吹っかけていく商売なのですから、医者の場合は治療に不明確があった場合や親族の死亡が納得できないような方々の恨みを買いますし、弁護士はもっと直接的にケンカを仕掛けた相手から恨みを買いますよね。


 私も身近に弁護士がいて裁判に関する話などを良く聞くものですからこう思うのですが、まあ普通弁護士に裁判を頼みに来るほど揉めるっていうのはなかなかないもんですよ。法律相談くらいで弁護士に来ることはあってもおかしくないとは思いますが、白黒ハッキリさせるために裁判をおこそう、ってえのはケンカの具合が相当なレベルまできていなければあり得ない話なのです。


 つまり裁判、特に民事裁判などにおいてはそういう相当お互いが感情的になっている状況でお互いが弁護士を立てて更にケンカを進めていくわけですから、まあ負けた相手がどれほどの恨みを勝った方の弁護士に対して持つかというのは想像に難くないでしょう。しかも裁判においては原告・被告共にもはや相手に対する思いやりなどこれっぽっちもありません。当然裁判で提出される準備書面等では自分が裁判に勝つために、相手のことを徹底的に悪く書きます。私もある相続裁判で税務絡みの準備書面を書いたことがありますが、まあそれはそれは相手のことをめちゃくちゃに書きました(笑)。曰く「こいつはまともな確定申告もしてないのに、こんないい加減な奴の言うことを信じる必要があるのか」とか「こんな嘘を平気でつくような人間の主張など裁判で取り上げるに値しない」等々、書けるだけの罵詈雑言を書いたものです。


 でも裁判ではそれが弁護士の仕事なんですね。だって弁護士の仕事は自分の依頼者を裁判で勝たせることであって、訴訟の相手方を擁護するのが仕事ではないわけですから。もちろん裁判では和解もよくありますから、和解の際にはそれ以上ことが揉めないようにお互いに手打ちが大切となりますが、基本的には徹底的な相手攻撃が民事裁判の基本ですよね。


 まあそういう弁護士という商売が良いのか、悪いのか、正直何とも申し上げられません。嘘でも百回言えば真実、嘘でも相手が納得すれば真実、の世界を地でいく商売なのですから決して奇麗な商売ではありません。ハッキリ言って良い性格をしている人には勤まらない商売だと思います。何しろ刑事事件などでは明らかな殺人者の無罪を主張したり、減刑を求めていくのが弁護士なのです。よく連続殺人の加害者が精神状態や責任能力等から無罪になってしまう事件がありますが、これなど事件の被害者から見ればその被告に対してもさることながら被告の弁護士に対しても並々ならぬ憎悪をもってしまうことは避けられないことでしょう。私個人の考えでは、そもそも殺人を犯すような連中は思考が普通ではないのです。殺人を行えること自体、精神が普通ではない証拠なのです。なのに「被告は事件当時精神状態に問題があった」といって無罪になることなど信じられないのです。もとより気違いだから殺人を犯すのに、気違いだからといって無罪だ、などというめちゃくちゃな論理はどう考えてもおかしい、というのが私見です。


 それはさておき、まあそういう商売だから弁護士は恨みを買いやすいです。特に民事では少なくない金も絡んでくるので余計に恨みを買います。そういう中で起きた神戸の池上弁護士の裁判絡みの事務所襲撃事件と、その二日後の不可解な自宅での正当防衛による殺人事件。いずれもありそうで、しかも何か裏がありそうで、奇妙な事件ですね。ちょっと前にはあの有名な中坊公平弁護士の孫が中坊弁護士の娘さんである母親を切りつけるという事件もありましたし。弁護士さんってちょっと因果な商売をやっているからでしょうか、お金には恵まれていても何か不可解な事件が身内で起きがちな気がするんですよね・・。まあ余り人の恨みを買うようなことでお金を儲けているとやがて自分に巡り巡ってくると言うことなのでしょうか。もちろん池上弁護士や中坊弁護士がそうなのかどうかは明言できませんけれども。


 世の中理屈だけではなかなか分からないことも多いのです。まあ余り人の感情を逆撫でするようなことでお金儲けをするといつか自分に返ってくるというのは誰しもよく心に留めておくべきだと思いますね。

あっさりと三洋電機 野中ともよ辞任

2007 - 03/21 [Wed] - 01:52

 三洋電機の野中ともよCEOが辞意を表明したそうです。以前のブログにも書きましたように、こうなることは誰の目にも明らかであったにもかかわらず、本当に予想どおりの展開になったことにこの三洋電機という会社の抱える不安の大きさが明らかになった気がします。


 表向きには野中氏の辞任の原因は不正会計事件の原因究明を行おうと主張したが受け入れられなかったから、と言われているそうです。また参議院選挙を通じて政界に打って出るための辞任ともいわれています。しかしいずれにしても全く無責任な話です。


 一部には野中氏が旧経営陣に対決を仕掛けたことや不正会計事件の解決を試みようとしたことを評価する声もあります。しかし野中氏は三洋電機に何を残したのでしょうか?一体経営者としてどのような実績を残したのでしょうか?経営者という職業は結果が全てであり、言い訳や経過が評価されることなどあり得ないのです。


 野中氏が無償で三洋電機の経営陣に名を連ねていたのであれば、短気をおこして経営者を勝手に辞任してもまあ同情の声もあるかも知れません。しかし相当な報酬をもらっていながら、何の実績を残すこともなく勝手に辞意を表明するなんて経営者としては下の下、ヒドすぎてお話にもなりません。


 何も結果を残すことなく会社に対して文句だけ言って会社を去ることなら新入社員にだってできます。つまり野中ともよの思考レベルは三洋電機という世界にも誇れる大企業の経営者でありながら新入社員程度だったと言うことなのです。こんなことを会社の経営陣がやってるようじゃあ、三洋電機の社員はバカバカしくてやってられません。ただでも苦しい台所だったのに野中に多額の無駄金を払い、会社は粉飾決算で更に悪い状況になり、社員から見れば「うちの会社は何やってんだ」状態ですよ。


 こりゃもうダメです。正直言ってこれから先三洋電機が単独で再建していくことは不可能でしょう。今はM&A花盛りの時代ですから、きっとアメリカの金融機関か中国企業あたりが裏で糸を引いて三洋電機に対してTOBを仕掛けてくるでしょう。しかしそうなると三洋電機はもう本当におしまいです。


 まあそれにしても何と酷い結末でしょうか。経営者として無能であることは明らかでしたが、その上にここまで無責任な人間とは思いませんでしたね。一番可愛そうなのは三洋電機の社員で、本当にこのバカな経営陣のおかげでいい迷惑を被ってますね。社員から見ればもう情けなくて仕方ないくらいなんじゃないでしょうか。


 ことがここに至ってしまえば昔のヤマハの経営騒動のように、三洋電機の社員も一致団結して井植家を経営から追い出してクーデターを起こすしかないんじゃないでしょうかねぇ。社員にとっては会社の身売りなんかされたらもう最悪ですからね。でも井植家の連中は自分の保身と欲しか考えていませんから、外国資本からちょっと良い条件の買収案件を持ちかけられたらホイホイ乗ってしまうんじゃないでしょうか。


 ちょっと三洋電機、危ないです。これから井植家の経営で立ち直っていけるとは到底思えませんね。あんなしょーもない無能経営者が辞任したことよりも、近日中にもっともっと大きな動きが起きそうな気がしますね。

18年度確定申告総括

2007 - 03/19 [Mon] - 01:08

 いや~、確定申告やっと終わりましたね。今年はいつになく仕事の進みも順調で、しかも暖かかったせいか体調もよく過ごすことができました。今年の話題はやはり初めての電子申告、ということになるでしょうかね。

 
 実際にやってみて感じたことは、基本的にはやはり電子申告は強力な道具になるということでしょうか。特に納税地が離れている顧問先の場合は、ですね。もちろん税理士さんによっては自分が所属している税務署も遠い、という方もおられるでしょうから、そういう税理士にとっては電子申告はとても役に立つものでしょう。しかも来年の申告からは添付書類の提出が不要になります。これは国税から「電子申告をしろ!」と言われているようなもので、わざわざ添付資料を貼り付けて税務署に受付印をもらいに行く、という今までの業務の流れががらっと変わる可能性が高いですね。


 もちろん顧問先(私はどうしても自分の顧客を「クライアント」と呼ぶのが苦手です・・、いや横文字全般が嫌いです(笑))が電子申告に同意してくれれば、という前提がありますが、今回やってみて思ったことですが、単純に税理士業務の改善として我々自身が取り入れて行くべきではないかと思いますね。確かに今年の確定申告においては電子申告を行った後で添付書類を別途提出する必要があり、これが結構邪魔くさかったのは事実です。電子申告を行うのであれば、電子処理だけで終わらないと意味がないんですね、本当のところ。


 これは一般の民間企業などで行われている業務の改善を行う際の鉄則ですが、「同じことを2回行わない」というのは業務改善を行う際の重要な点で、今年の電子申告に関していえば紙で提出すれば一回で済む作業が電子申告を行うことで電子による提出業務と、添付資料の提出業務という同じ顧問先の申告業務を2回行う必要があったわけで、これは正に業務を改善するどころか煩雑にする原因となってしまいました。しかも添付資料に同封する送信書には電子申告の受付番号を確必要があり(別に書かなくても処理は行われたようですが)、添付書類を電子申告に先立って提出することもできず、めんどくさいことこの上なかったですね。


 まあこれが来年からは無くなるわけですから、電子申告は格段に容易になります。もちろん今まで提出が当たり前だった各証明書類を提出しなくなるとなれば、当然不正申告は増えると思います。これは国税側も承知でしょう。しかも添付書類の保存期間は3年ですから、提出後3年間税務署から問い合わせがなければ逃げ切れるわけです。しかし逆に言えば、多少の不正には目をつぶってでも電子申告の普及をはかりたい、という国税の強い意思表示とも理解することができますね。


 しかし今年の電子申告は、実質的な電子申告元年ということもあるからでしょうか、いくつか問題点もありましたね。開始届の処理に時間がかかることは以前指摘しましたが、それ以外にも例えば還付が早いと聞いていたのに署の中で処理が止まって還付が行われなかった、とか、ソフトの不具合で株式の譲渡に関する明細書が電子で提出できなかった、とかトラブルがありましたね。


 まあ還付手続きが止まっていた件やソフトの不具合は初年度だから許してあげます。実害がそれほど多くなかったもんですから。しかし還付に関しては顧問先に「今年は還付が早いですよ」と言って電子申告を勧めた手前、蓋を開けてみれば肝心の税務署内部で処理が止まっていたとは誠にお粗末な話ではあります。実は顧問先から「あれぇ、いつになったら還付されるのぉ?いつまで経っても返ってけえへんでぇ。」と問い合わせを受け税務署に確認したところ、管理徴収では「いや、いつでも返せる状況ですが、所得の方で審議になってまして止まってます。」とのこと。「うそ~ん」と思って所得に「なんか内容に問題ありましたぁ?」と問い合わせると「申し訳ありません、申告には何の問題もないのですが、なぜか手続きが止まっていました。もうとっくの昔に還付されてると思っていました。」と言われる始末。何じゃそりゃ、の世界で笑ってしまいました。


 ソフトに関しては、やはり今年は複雑な申告の方を電子申告しなくてよかったです。実は株の譲渡の明細書の譲渡株式の取得日がどうやっても不正なデータに変換されてしまい、スムースに電子申告できなかったのです。この程度のことで止まってしまうのでは話になりませんのでソフトメーカー、国税共にソフトの改善を行っていただきたいと考えますが、現状ではやはり簡単な申告だけを行うのが正解なのではないでしょうか。


 まあ今年の様々な問題点を踏まえて、更に良い電子申告システムが構築されていくことを願ってますね。本当は個人的には所得税よりも法人税の電子申告の方に魅力を感じているのですが(理由は法人の方が提出する役所数が多いのと、添付書類がないから)、法人の方も今年からは税理士の電子証明だけで行けるようですから私としてはこちらを強力に推進していきたいですね。まあ前述した銀行の問題はあるのですが、銀行さんにもしっかりと電子申告に付いてきてもらえるように期待したいですね。

相変わらず下手な日本の外交

2007 - 03/10 [Sat] - 11:25

 北朝鮮問題、日本は相変わらずへボイ外交をしていますね。過去の教訓が全く生かされてないというか、何というか、またしてもアメリカに頼り切って強気の外交を展開していた矢先、頼みのアメリカは共通の敵であったはずの北朝鮮と仲良しになってしまって、気が付いたら日本だけ拳を振り上げて後ろには誰もいないという構図です。


 今まで同じようなパターンが何度もあったのに、本当に日本の外交ってバカですね。全然実を採ろうとしない。国内に対する対面ばかり気にして、対外的な面から見て何も得をすることがないことに一生懸命になっています。もやは潮目は拉致事件ではなくなっているにもかかわらず、いまだに国内向けのパフォーマンスから「拉致の解決無くして国交正常化無し」などという空言を繰り返し述べるだけ。


 日本は、日本が国交正常化しなければ北朝鮮が困るだろう、という算段があるみたいですが、北朝鮮からすれば別に交渉相手は日本だけじゃないんだから日本が話に乗ってこないのなら他の国と話そう、というそれだけのことです。そしてどんどん日本だけが国際的に見たら核保有問題などと比べれば遙かに大した問題ではない拉致問題に固執して孤立していくという流れになっています。


 以前にもブログに書きましたが、日本国民にとって拉致問題は大きな問題ですよ。私だってこんな酷いことが有るんだろうかと思うくらい酷い事件だと思いますよ。しかしこの問題を国際的な視野に立って見た場合、ほんの数十人の国民が外国のスパイみたいな連中に拉致されたという事件が、一体どれほどのもんやねん、それがどうした、何で日本はそんな小さな事にこだわっているんだ、ということも事実だということは日本人もしっかりと認識しておく必要があります。その意識がないから国際舞台での潮目の変化を見落としてしまうのです。


 だって冷静に考えてみて下さい。日本は島国だから海を隔てた外国からスパイがやってきて自国民が数十人拉致されると国際的な大問題だ、と捉えます。しかしそんな程度のことは地続きの大陸の国々からすれば日常茶飯事でしょう。自分の意志で国境を渡る者、捕られて国境を越える者、理由はいろいろあれど不法に国境を越える人たちなど数えだしたらキリがないほどなのです。ましてやアメリカから見れば、イラクで千人、二千人が戦死しているという状況の中、何十年前に何十人かが北朝鮮に拉致されたこと、そんな小さな事で騒ぐな、というのが本音でしょう。韓国にしても離散家族の方がずっと大きな解決すべき問題ですし、中国は中国で北朝鮮の状況を改善して脱北者を何とかくい止めることの方が対北朝鮮問題としては大切でしょう。


 挙げ句の果てには従軍慰安婦問題。一体アメリカは日本に対して何がしたいのでしょうか。いつでも日本は国際舞台でアメリカに梯子を外されてばかりです。いつになれば日本はアメリカが日本の味方でないことを学習するのでしょうか。従軍慰安婦問題など騒いでいるのは朝鮮や中国しかいません。ではなぜ今頃従軍慰安婦問題なのか、そこにはこれらの国々からのアメリカ議会・政府への働きかけがあったことなど容易に理解できるはずでしょう。そこまでアメリカが中国、朝鮮よりに傾いてきているのに、何の後ろ盾もない状態で日本は相変わらず拉致、拉致と叫んでいるのです。もう日本はバカ丸出し。何でこんなに国際的視野に欠けた交渉をするんでしょうね。


 押してダメなら引いてみな、といいます。今の状況では拉致問題は押しても全くダメな問題なのです。しかし引くといっても譲歩するわけではありません。ただ今は拉致問題をくり返し北朝鮮に主張しても全く意味がありません。意味が無いどころか国際的には柔軟性のない国として日本が認識される恐れすらあります。だから今は日本は黙っておけばよいのです。黙って北朝鮮の弱みをシクシクと突いていけばよいのです。国交正常化を理由も述べず遅らせればよいのです。日本の物資や金が欲しければ向こうからやがてすり寄ってきます。すり寄ってこなければ北朝鮮にとって日本はその程度の国なのですから、陰湿に経済制裁を続けておけば良いだけのことです。黙って兵糧責めにすればよいのです。北朝鮮が嫌がることを黙ってにこやかに進めておけばよいのです。


 アメリカを含めてまっすぐな筋やまともな話が通じない諸外国の政府と日本政府は直球勝負を挑む必要などないのです。相手が卑怯な手を使うのであれば、こちらも卑怯な手をどんどん使えばよいのです。何で日本だけが清廉潔白な交渉をする必要があるのでしょうか?外交政治とはすなわちどんな手を使ってでも日本という国家にとって有利な条件を引き出すこと、或いはお互いが同程度に得をする交渉をまとめることです。直球が有効でないなら、変化球、危険球、牽制球や隠し球でも何でも良いのです。いちいち相手の変化球に驚く必要はないのです。そんなのは無視(見送り)すりゃあいいのです。


 国際的なルールや法律などあってないようなものです。アメリカが「フェア、フェア」と主張するからといって、それを真に受けて日本がフェアな外交を目指す必要などありません。もとよりアメリカの外交など恐ろしく利己主義で国際的には全くフェアなものではありませんから、そんなアメリカの話を真に受ける日本もどうかしています。日本には武士道に憧れる風潮が今でもあって、「卑怯なことはしない、嘘はつかない、自己責任は果たす」というものをあらゆるもの、特に社会的地位の高い人たちに求めようとしがちですが、そんなことが通用したのは狭い日本の国の中だけの話なのです。国際的に見れば綺麗事で交渉が進むことなどあり得るはずがありません。高度な国家間の損得計算の摺り合わせが交渉の肝なのです。当然その過程においてはある一部の自国民の利益にならない交渉内容も含まれてしまうこともあるでしょう。


 そう考えていくと拉致問題も日本の外交においてはあくまで北朝鮮に対する一つの交渉カードであるだけの話であって、国家間の交渉を行う場合における解決すべき大問題ではないのです。今北朝鮮との交渉で必要なのは、核廃棄問題、食料支援問題、エネルギー問題、経済問題、こういったそれぞれの問題に日本がどういう姿勢を個別に示し、その代わりに北朝鮮からも日本にとって有利な話を引っ張ってくるか、そういう問題です。そういう状況にもかかわらず、拉致問題を解決しないと一切の交渉に応じない、などと言ってみても何の進展もありません。正に今の日本の外交は木を見て森を見ず、そういう状況に陥ってしまいにっちもさっちもいかない状況です。


 もっと日本はしたたかに、にこやかに机の上では握手をしておきながら机の下ではナイフで相手をざっくりと刺す、そういう相手が恐れる卑怯な交渉も行わないと絶対にダメです。いつ見てもテレビに出てくる日本の外交官は賢そうで紳士そうな人ばかりで、押しの強さは全く感じられません。もっと顔がでかくて、体もがっしりとして背も高い、そういういかにも押しの強そうな外交官を交渉役に立てることはできないのでしょうか。それとももしかして第二次世界大戦の戦勝国、特にアメリカとの間で、そういう交渉上手な外交官を国外交渉で使ってはならないという密約でもあるのでしょうか。


 まあアメリカとの取り決めにはこれくらいの卑怯で日本にとって不利な内容もありそうな気がしますが・・。いずれにしてもまあ何をやっているのか分からない安部政権の外交ですね。

意思の力

2007 - 03/09 [Fri] - 12:44

 成功哲学などを読んでいますと「自分の意志の力」の大切さが強調されています。つまり「私は絶対こうなりたい」「私は絶対こうなってみせる」そういった夢の実現に対する強い意志というものです。そうは言ってもやはり「意思の力」なんて抽象的なことを言われてもピンと来ない方も多いかと思います。


 そこで常々私が意思の力をよく表しているものとして考えている実例を書いてみたいと思います。さてそこで質問です。なぜ鳥は空を飛べるようになったのでしょうか。進化論などから考えれば環境に適応したとか、突然変異によるとか、いろいろな理由付けはできると思います。しかし環境に適応したにせよ、突然変異によるものであったにせよ、最初からあのような形ができあがるはずがないのです。全ての生物が海から生まれたという仮定が正しいとするならば、鳥も元々はあのような形ではあるはずが無く、海から陸に上がってきた生物の進化によってあのような形になったと考えられるわけです。


 ではなぜあのような形になったのでしょうか。それは一言で言えば、「鳥は空を飛びたかったからあのような形に進化した」としか言いようがないのです。ただ単に突然変異で鳥の原型が生まれたのであればすぐに強い生き物に殺されてしまったでしょう。ですから私の考えでは「全ての動物の進化は単なる偶然ではなく、その個体の意思によって進化した」と言うことなのです。


 つまり鳥は「空を飛びたい、飛びたい」と願っていた、或いは偶然にそのようなことができることに気が付いた生物の一種が気の遠くなる年月と世代を経て「飛びたい」という強い意志を持ち続けた結果、現代のように完璧に空を飛ぶために適した姿に進化したのです。つまり「空を飛びたい」と真剣に願っていれば、やがて体の形まで、そして何世代経ってもその体が維持できるように遺伝子まで変えてしまうことができるということなのです。


 そう考えると全ての生物、いや植物に至るまで、偶然の積み重ねもあるにせよ、何らかの意思の力によって現在の姿ができあがったと言えるわけです。つまり「意思の力」は体の形や機能すら(長い時間がかかるにせよ)自在に変えてしまうことができるのです。ですから本当に心の底から沸き上がってくる「意思の力」はそれほどに強烈なものですから、体の形を変えることまでは自分の世代ではできないにせよ、少なくともご自身の人生を変えることくらいは必ずできるはずなのです。


 自分の人生を自分の思ったとおりに変えることくらい、空を飛ぶために体の形を変えることに比べれば比較にならないほど簡単なはずです。本当に簡単です、だって「そうなる」ことを心の底から願えばいいだけなのですから。何歳で、いつから始めても自分の人生は変えることができます。あなたが「そうなりたい」と本当に本当に願っているのであれば必ず実現可能です。ただし税理士受験に関するブログでも触れましたが、ただの0.01%でもその願いを自分自身が否定する気持ちを持っていればまず実現しません。つまり「強い意志」とは完璧に100%、全身全霊で願ってこそ、その願いを実現させることができるものなのです。


 そうすれば自分の人生は必ず思い通りになるはずなのです。実は最近私もそういう意志を少し忘れていましたが、この文章を書いていて改めて強い意志を持って自分の人生の後半を作り上げていかないといけないな、と思っている次第です。頑張るぞ!私の人生は私の意思で決まるのだ!

顧問先が「民商に行きたい」と言ったら?

2007 - 03/02 [Fri] - 02:09

 そうそう、我々の依頼者でもう一つ困ったことを言うパターンがありますね。それは例えば私たちが税金を計算して差し上げて説明しているときに、「そんな高い税金払われへん。何で払らわなあかんのかわからん。おたくでどうしても下げられへんのやったら民商行くしかないわ。」というパターンですね。

 これまた駆け出しの頃は、民商という組織がどんなものか分かってないものですから、「民商行ったら税金ごっつ安なるらしいで。あんたそういう風にできへんの?」と言われるととても自分の無知を恥じ、そして民商というところはそんな凄い知恵を持っているのか、と驚嘆したものでした。

 今ですか?今はもしお客さんに先ほどのように「おたくで安ならへんのやったら、民商行くわ。」と捨てぜりふをいわれると「ああ、どうぞ。」と何の躊躇もなく言えますね。大体民商なんてそもそも日本という国家が定めた税法という法律を守るつもりがない、或いはそれを壊してやろう、と考えている人たちの、いわば国家反逆的思想を持った方々の集団なのですから、我々税理士と相容れるわけがありません。

 我々は法律を守ることを是とする思想の下で仕事をすることが求められている専門家です。だから民商とは全く考え方が違いますから、顧問先が民商に魅力を感じているのであれば、私もそんな顧問先とまともに話をしたいと思いませんし「いつでも顧問契約止めてくれてええよ」と言いたいくらいです。

 「民商行ったら税金安なる」っても、そんなん、そもそも税法を無視してめちゃくちゃな会計で適当に税金を算出したり、税金が出ないような申告書を適当に作ったりしてるわけですから、そりゃ税金は安くなりますよ。だって単なる脱税行為ですもの。

 これはまあ税務署の方々といろいろな話をしていれば、民商という組織がかつてどれほど酷いことをやっていたのか、と言うのは大体教えてくれます。今でも3月になると税務署で沢山の人を集めて訳のわからない主張をくり返す光景はその頃の名残でしょう。あの主張を聞いているとあまりの内容の甘さと非現実さに私はいつも「アホか」と思ってしまいます。

 もちろん戦後すぐの頃の世の中の訳がわからない状態で、国家権力を背景に理不尽な税務を行っていた税務当局とそれに必死で抵抗する抵抗組織が対立してしまうことにはある意味避けられない状況もあったのでしょう。しかし昔は昔、今は今です。

 今この時代に特別な思想を持って国税当局と闘うことにどんな意味があるのか、私には正直理解できません。また皆が後ろ向きな思想に取り憑かれており、物事を肯定的に前向きに捉えようとしない考え方には私個人の思想とも全く相容れるものがありません。

 それに民商なんて以前消費税の納税義務者が課税売上高1千万円まで引き下げられたときに、そのホームページで「こんなことされると私たちは税理士にも消費税計算の報酬を沢山払わないといけないし、何でこんなに酷い目に遭わなければならないのでしょう」という趣旨の文章を書いていることがありました。

 これを読んだとき「何で税理士まで悪者にされなきゃいけないんだ?そんなこと俺達が知るかよ。これじゃまるで政府と税理士が手を組んで消費税の課税対象を引き下げさせたような言い方じゃないか。それに税理士の報酬が高いと思うのなら、自分で申告書書きゃいいじゃないか。俺達に文句言うな!」と思いましたね。まあ民商から見れば税理士もお上の手先のような扱いです。

 とにかく一事が万事こんな調子です。「弱者の味方」と言えば聞こえはいいですが、やってることはめちゃくちゃ。だからそんな民商が良いと思っている方々は、どうぞ民商へ行って下さい。そんないつまでも虐げられて文句言ってるような下の下のレベルの組織やそんな思想に同調して上を見ようとしない方たちと交わっていると一生そのレベルから上に上がることはないです。これは本当にその方達のために断言します。だからそれでもよければどうぞ民商に入ったらいいんじゃないでしょうか。

 私はより上を目指して頑張っておられる方々の力になりたいと常々思っています。上を見たくない人、或いは上に上がる努力をしないで下に這いつくばって、そこからしか上を見ないで「上の連中は狡い、卑怯だ、不公平だ」などと被支配者意識丸出しで不平不満ばかり言っているような方々のお力には私はなることはできないと思います。

 だから私は民商に行きたいと顧問先が言い始めたら全く止めるつもりなどありませんし、冷たいようですがそこでその顧問先の商売が更に悪くなろうと、生活に困ろうと、そんなこと私の知ったことじゃありません。日本は資本主義、自由主義の国、文句ばっかり言って努力しない人と上を目指してひたすら頑張っている人との間に差ができるのは当たり前です。

 とにかく人間が生活していく上で最も大切なのは、健全な思考を持つことです。健全な思考を持つことは自分の夢や願望を叶えてくれる最短の近道であり、逆に健全な思考を持っていないと生活状況を改善することはまず不可能です。だから本当は今どれほど悪い状況あっても、思考だけは健全でないと絶対に上に上がらないのに、先ほどのような不健全な思考をしているとそこから這い上がることなどまず絶望的です。

 つまりご自分の思考が今の状況を作り出しているだけであって、ご自分でそれを変えようとしないとどうしようもないのです。本当は誰もあなたを助けてはくれないのです。自分を助けられるのは自分だけなのです、自分の考え方一つなのです。そこにぜひ気が付いて欲しいのです。

 諺にも「天は自ら助ける者を助く」とありますが、本当にそうなのです。神様は自助努力を行って一生懸命頑張っている人にだけ手をさしのべてくれるのです。自分で何もしようとしないで文句ばっかり言っている人に誰が手をさしのべてくれるでしょうか?それは神様じゃなくて、周りにいる人達だって一緒ですよ。誰が文句しか言わない人を助けてやろうと思うでしょうか?そんな人がいたら「いつまでも文句ばっかり言ってろ!」って相手にしませんよね?

 それにうちの事務所には「民商なんか税務調査の時何の役にも立たんかった。あんだけ民商入ったら税金払わんんでええで、言うといてなぁ。」と言って民商に愛想を尽かして相談に来られる方が多くいらっしゃいます。そりゃそうです、元々法律を守っていない申告書なのですから税務調査に来られて法律論で攻められると民商や納税者に勝ち目があるはずがありません。

 まあそりゃあ「税金が安くなる」と言われれば誰しも民商に魅力を感じることがあるでしょう。でもそれほど世の中甘くはできてないですよ。前にも言いましたが、経営者の方々は「何でこんな儲かってないのにこんな高い税金払らわなあかんねん。」と言うより、是非とも「まあこれだけ儲けとるんやから、社会貢献として税金も納めなあかんわな。」と言えることを目指して日々経営していただきたいと思います。

 下は見ないで下さい。下を見て満足したり安心したりしないで下さい。経営者たるもの常に上を見て上に追いつけるように頑張る姿勢が大切です。本当にお商売を成功させるかどうかは、経営者の考え方と行動ひとつにかかっています。

依頼者からの無理な相談

2007 - 03/01 [Thu] - 01:34

 この仕事をしていると必ず出会う依頼者のタイプがいます。それは「私の知ってる○○さんは先生の言うような申告なんかしてへんけど、一回も税務署にバレたことないでぇ。何でそんな申告せなあかんのぉ?」という質問を我々税理士にぶつけてくる方ですね。まあこういうタイプは大体女性の方に多いです、もちろん希に男性もいますけれども。


 この仕事を始めて最初のうちは自分自身も余り税務について理解していないもんですから、こう言われると自分の勉強不足のせいでその方がおっしゃるようなこともあるのかなぁ、なるほど、自分が知らないだけなんだろうなぁ、そういう得なやり方もあるんだろうなぁ、なんて思ったものです。それで「すみません、ちょっと調べてみます。」なんて言って帰ってきたものです。


 しかし最近はこういうことを依頼者に言われると、「ああ、そういうこともあるかも知れませんねぇ。税務署だって全部の申告書をきっちり見られるわけではないですから気が付かれないこともあるでしょうねぇ。まあでもそれはたまたま見つかってない、ってだけのことですし、税法では申告せなあかんことになってますからねぇ。実際にする、しないはご本人さんの問題ですけど、私は立場上申告した方が良いんじゃないですか、とは言っておきますよ。」と答えることにしています。


 それからもう一つのタイプは「どうせこんなん分からへんやろから、経費水増ししといたらええんちゃうん?そしたら税金安うて済むやん。先生、そうしといてよ。」というタイプですね。これは男女それぞれに見受けられますね。まあ、これもこの仕事をし始めて最初のうちは、私もバカですから「なるほどなぁ、そりゃこんなんバレる訳ないわなぁ。でももしバレたら嫌やし、どうしよ。」みたいに悩んでいたものです。


 しかし最近ではこういう要求に対しても「はぁ、私の立場ではそれは良いとは言えませんわ。まあどうしてもしたいとおっしゃるなら自己責任でなさったらどうですか?その代わり後で税務署にバレるかも知れへんというのはハッキリ言っておきますし、もしバレたらおとなしく税金払ってくださいね。」と言うことにしています。そしてそのやり取りを日時や場所も含めてできる限り細かくメモに残しておくことにしています。


 何故ならこう言うことをおっしゃる方は、大抵の場合私がこのように止めてもやってしまうことが多いのです。しかもこういうタイプの方は後日税務調査があったときには必ず「いやあ、私は税理士の先生に確認したんやけど、先生がええよ言うたからしたんやけどぉ?」とか「いやぁ、私何にもわからへんから税理士の先生に全部任せてんねん。私知恵ないのにそんなことするわけないし、こんなん先生が勝手にしたんとちゃう?」なんてことを平気で税務署に言うので、こちらの責任を回避するための証拠に残しておくのです。


 まあそもそも他人の脱税話を税理士に話して自分の脱税を依頼する人や、経費水増しなどの脱税を税理士に依頼するなんて間違っています。多くの方は税理士という人間を「脱税請負人」と勘違いしておられますが、いや我々は脱税をする人なのではなくて、適正な申告をするための申告代理人なのです。だからそんな税理士に向かって脱税の依頼をするなんておかしいやろ?ということですね。それは警察官に捕まらない泥棒のやり方を聞いたり、弁護士に罪を犯しても無罪になる方法を聞いているのと一緒で、正直言って「申し訳ないけどそんなことは税理士に頼まんとってくれよ。やりたかったらご自分でご自由にやりいな。オレがそんなことウン言えるわけないやろ。」というところです。


 まあでも世の中には脱税請負人みたいな税理士、或いはニセ税理士みたいな人が多いんでしょうねぇ、きっと。前も言いましたが、自称専門家(=エセ専門家)は世の中に沢山いますからね。

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当ブログにお越しいただきありがとうございます、税理士のもりりです。のんびりと、時々辛辣に日々感じたいろいろなことを自由に書いていきたいと思います。

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