税理士もりりのひとりごと

税理士もりりがぶつぶつと日ごろの出来事についてひとりごとを綴っていきます





  税理士もりりのひとりごとのナビゲーター   トップページ > 2007年01月  

スポンサーサイト

-- - --/-- [--] - --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ファイテンのネックレスの効果

2007 - 01/26 [Fri] - 12:48

 有名プロ野球選手をはじめとして多くのスポーツ選手がファイテンのネックレスを身に付けていますよね。ネットでその評判を調べてみると実に体に良いもののように書かれています。

 以前より当ブログに繰り返し書いておりますように、私は自分の健康管理にはできる限り気を使いたいと考えており、このファイテンのネックレスにも大いに興味をそそられたわけです。あれだけの多くのスポーツ選手が身に付けて良い結果を出しているのだから私にも何らかの効果があるに違いない、と考えるのも無理のない話かも知れません。

続きを読む »
スポンサーサイト

電子申告の開始届、こりゃ手強いぞ。

2007 - 01/19 [Fri] - 01:05

 平成19年になりまして、いよいよ個人確定申告に関する電子申告の開始届を本格的に提出する時期となりました。今では国税局のホームページから開始届をオンライン提出することができるので、顧問先の同意さえ得られれば書類も作る必要なく、また印鑑を押す必要もなく簡単に開始届を提出できます。


 それは凄く便利でよいのですが、問題は当初私が思っていたほど開始届が提出できていないこと。つい先日も税務署の偉い方から「もりり先生、開始届の提出頼みますよ。先生のところ(=私の所属事務所)が提出してくれないとうちの署の件数伸びないんですから。」と言われ、「ええ頑張って提出しています。まだ数件ですけど・・」と私。すると先方「数件・・・(絶句)、桁が一つ、いや二つ違いますよ(笑)。」、私「ええ、ご期待に添えるよう努力してみます・・。」まあ私も支部役員と言うのもありますし、個人的に電子申告推進に賛成しているので本音で頑張ってみたいのですが、なかなか難しいものです。


 なぜ件数が伸びないか?それは実際に開始届を提出しようと顧問先に話を持ちかけるとよく分かるのです。理由は大体二通り。一つは、これはパソコンやインターネットを今ひとつ信用していない方が世の中に多いことを表す事実ですが、インターネット経由で自分の申告データを送ること自体を気持ち悪いと感じることですね。つまりインターネットを信用していないわけです。「便利なのは分かるが、信頼性は100%なの?100%でないのであれば私は紙で提出したいなぁ。」これが本音なわけです。実際に現時点では誰もインターネットに100%の信頼を保証できないのですから、そう言われるとこちらもそれ以上の説得は無理です。、


 もう一つは銀行借入などの関係で申告書に税務署の受付印が不可欠な方。私は賢い方々が一杯いる銀行のことですからとっくの昔に電子申告による申告書に実務が対応してきていると思っていましたが、いろいろな話を聞いているとまだまだほとんど対応されていないような感じです。まあ何しろ電子申告率が0.4%と言われているような状態では銀行としても対応のしようがないのかも知れません。先日の日経にもどこかの大手法人が他に先駆けて電子申告を全面的に導入する、ということが記事になっていたくらいですから、銀行が対応していないのも無理ないのでしょうか。


 そうそう、それともう一つ理由がありますね。それは税理士がどれほど役所にお尻を叩かれ、そして税務署員が納税者を直接訪問してお願いしたとしても、或いは税理士自身が電子申告の重要性を理解していたとしても、やはり納税者自身がその電子申告のメリットを全く感じていないことですね。納税者の立場から見れば「電子申告は税務署にメリットがあるだけだから、憎き税務署を助けるそんなことなどやりたくない!」と思っておられる納税者も世の中には沢山おられるわけです。これは単純に感情の問題ですから、我々が余り躍起になって納税者を説得しようとすると、まるで我々が税務署の手先のように見えて逆効果ですから、同意を得るのはほぼ不可能です。


 ああ更にもう一つありました。これは我々サイドの問題ですが、特に私は今年が電子申告最初の年ですので、もし手続きにトラブルがあっても迷惑をかけないで済む顧客にしか電子申告を勧められないということがあるんですね。つまり納税額がとてつもなく多いとか、例年申告書を作るのがめんどくさい方とか、そういう方は我々としても今年の電子申告をやりたくないのです。だから最初はどうしても簡単な不動産所得や二カ所給与、或いは年金メインのような方々くらいでとりあえずテストしてみたいのです。


 それに開始届をオンライン提出したって、実際に電子申告ができるようになるには数週間かかりるのも困ります。そんなの遅すぎますよ、実際。我々だって一回も電子申告したこと無いんですから、良いか悪いかはやってみないと分からないのです。例え2月の中旬以降に電子申告の便利さが分かったとしても、それから顧問先の開始届を出したって今年の申告には間に合わないかも知れないのです。だから今年の電子申告の件数を劇的に増やしたいのであれば、開始届の手続きなど数日、せめて1週間で片づける仕組みがないと土台無理な話ですよ。だって税理士の証明だけで申告できるようになったのも今年の1月4日からなんですよ。もうちょっとタイムスケジュールと手続き処理の改善を考えてくれないと、いくらお尻叩かれたって無理なものは無理ですよ。


 そんなこんなで開始届の提出に同意してもらえる顧問先は非常に限定されるわけなのです。申告内容が簡単で、銀行に申告書の提出が不要で、私の依頼に簡単に同意してくれそうな納税者にしか頼めないのです。しかも私が所属している支部の所轄税務署でないと支部にとっても署にとっても意味がないのですから、なおさら対象が絞られるのです。今日は長い時間確定申告者名簿とにらめっこしていましたが、私の口車に簡単に同意してくれそうな方々はことごとく所属支部の所轄税務署外。結局何度見ても支部所属税務署への開始届が出せそうな顧問先はほんの数件しかなく、私もやや諦め気味です。


 いやなかなか電子申告の普及には大きな壁がありますな。いざ手掛けようとしてみれば、税理士が一生懸命やればいい、という問題でもなさそうに思えてきました。どこかの署の偉いさんのお話ではありませんが、やはりまず世の中に電子申告自体に納税者の興味を惹きつける何かが必要ではないかと思いますね。例えばいろいろな組合や団体、商店街などのオピニオンリーダーたる方々にまず電子申告を取り組んでもらい、そのメリットや手軽さをその組織内で吹聴してもらい、まだやってない方々から「へぇ~、電子申告って結構良さそうじゃない。」と思ってもらえるような状況づくりがですね。誰だってお上や税理士から一生懸命頼まれたって胡散臭く感じますが、仲間内からの評判であれば逆に好意的に捉えますものね。


 やはり納税者にとってメリットがないことには納税者は乗ってこないものですね。税理士にとっても電子申告は政治的な面以外でのメリットはないわけですから、なかなか納税者に電子申告のメリットを納得させるのは難しいですね。メリットを感じない納税者に電子申告をさせるためには、逆説的ですが先ほどのようにまず普及をさせ、さも電子申告をしないととんでもなく遅れているような感覚を与えるような雰囲気作りをするしか仕方ないように思えますね。


 それか、私は当初反対を表明していましたが、納税者が直接メリットを感じることができる電子申告控除を恒久的に行うか、ですね。だって電子申告を行うことで税務行政のスリム化に協力しているんですものね。タダでお上の効率化に協力しろ!っていくら強権的に言われたって、そりゃ普通の人は嫌がりますよね、やっぱり。タダでお上の効率化に協力するのは政治的つながりのある税理士までですよ。一般納税者がウンというわけありません。


 うーん、現実問題として電子申告を普及させるもっとも手っ取り早い方法は、最初にいくつか挙げた問題点の全てを超越して納税者が納得する「金(カネ)」、これしかないですね。これ以外の方法は無理っぽいし時間がかかります。電子申告システムが便利になれば我々税理士は電子申告になびきますが、一般納税者はなびく義理がありませんものね。そういう方々を電子申告に引っ張り込むには、紙の申告を廃止するか、金銭でインセンティブを付けるか、これ以外にはなさそうですね、どうやら。

震災のことはもう忘れてしまおう・・

2007 - 01/17 [Wed] - 08:18

 今日は阪神大震災から12年目に当たる日です。しかし正直なところ、阪神以外の地域にお住まいの方々から見れば「もう勘弁してくれや」といいたくなる話なのではないでしょうか。「まだそんな話してんの?」というのが多くの方の偽らざる感想だと思います。それでも今日のニュースでは、特に関西ローカルのニュースでは「震災を風化させない、忘れない。震災を語り継ごう。」と声高に語っています。


 私も震度7の激震を受けた地域に当時は住んでいたので、もちろん震災は他人事ではありません。まあ震度7というのは本当に凄いもので、人間の日常における想像を遙かに絶するすさまじいものです。私の人生観がこれで大きく変わったのはいうまでもありませんが、何しろ布団に寝ていると飛ばされるわけですからね、下から。同時に寝ているすぐ横のタンスが頭のすぐ横に飛んで落ちてくるわけです(といっても真っ暗で何も見えない)。体が宙に浮き、家具が飛んで落ちてくる、これはもうポルターガイスト現象以外の何物でもありませんよ、実際(笑)。世の中の超常現象の一部を解決した気分になりますね。


 冗談はさておき、激震地域にも関わらず私の周りに幸いながら死傷者がでませんでしたので、私は時々こうやって面白可笑しく震災の話を他人にします。不謹慎かも知れませんが、震災から復興に向かっていく頃の体験は私にとって本当に興味深い(英語で言う"interesting"の意)ものでした。しかしこの震災では6千人強の方々が亡くなったわけですから、笑い話になどとてもする気になれないとお感じの方が沢山おられることは想像に難くありません。


 しかし、これからは私の暴論と捉えていただいて結構なのですが、「震災のことを思い出すのは、もうええかげん止めとこや」というのが私の個人的意見なのです。確かに大切な方を失った悔しさや無念さを当事者が忘れられないのは事実でしょう。それを忘れろ、とまではさすがの私も言うつもりはありません。しかしいまだに何でもかんでも震災のせいにして、それを逃げ道にして自分の不幸を嘆いているだけの方が阪神地域に多いのも事実なのです。正直言っていつまでも「震災、震災、あのせいで私の人生がめちゃくちゃになった。あれさえなければ幸せに暮らしていたのに。」と思ったって何も変わらないのです。何も良い方向に回っていかないのです。


 これは実は私が震災後数年経った頃から感じていたことなのですが、その頃はまだ公園にテントで暮らしている人たちも結構おられました。確かに様々な経済的な理由があってそうせざるを得ないこともあったかも知れません。しかしまるで物乞いのように不幸を売り物にして、それを理由に世の中にたかっているかのようなテント暮らしの方々には、同じ被災者という立場であっても私は全く同情することはできませんでした。


 その人達の口からでる「他の地域にある仮設住宅なんか行きたない!私は馴染みのあるこの場所から絶対離れたないんや!」なんてセリフをテレビから聞けばそれらしく聞こえるでしょうが、「甘えんじゃねえよ、この野郎!」と思っていた人も周りに割と多かったのではないでしょうか。だって人間、その気になればどこでも暮らせますよ。ある特定地域でしか暮らせない、そこで暮らすためなら他人に迷惑をかけて公園に暮らしたってかまわない、って言うのはやっぱり違うだろ、ということなのです。その気になればいくらでもチャンスはあるのに、他人のお涙頂戴して不幸に甘んじて自助努力をしようとしない連中に何で同情する必要があるのでしょうか。みんな頑張って生活や仕事を立て直そうとしているのに、彼らはそんな頑張っている人たちを不愉快にさせる存在でしかなかったのです。


 程度の差こそあれ結局「震災を忘れない。」というのは同じ意味なのです。防災意識を高めるために「地震は怖いぞ。日頃最低限の備えはしておいた方が良いぞ。」という意味で「震災を忘れない。」のであれば悪くないと思います。しかし多くの場合、この「震災を忘れない。」はその時の不幸な経験を被災者に思い出させて悲しみに浸らせるという後ろ向きの意味に使われることの方が遙かに多いのです。これではいつまで経っても亡くなった方も浮かばれないし、残された方も前向きに幸せを追求していくことができません。「震災を忘れない。」という言葉には、「今でも震災の不幸を忘れることができないのだから、今と将来が不幸でも仕方ないじゃないか」というマイナスの暗示を強くかけられているように感じられるのです。


 ですから私は思いきって「震災は奇麗さっぱり忘れよう」と言いたいのです。人間の記憶は風化していくものです。いつまでも同じ記憶や感情を持ち続けていられるとは限りません。でもそれで良いじゃないですか、それで皆が前向きに元気に生きていけるのであれば。悲しい感情を無理に思い起こす必要などないじゃないですか。悲しい気持ちは忘れてしまえば良いじゃないですか。人間悲しい思い出だけで生きていけるものではありません。ですから大切な方との想い出は最後の悲しい別れではなく、一緒に過ごした幸せな記憶だけでよいのではないでしょうか。そういう気持ちを持たないと、本当に亡くなった方が浮かばれませんし、亡くなった方が安心して天国で暮らすことができないんじゃないでしょうか。


 「震災を忘れる、振り返らない」・・一見不謹慎で逆説的ではありますが、これは本当に震災被災者がこれからより良い人生を送っていくための一つの大切なキーワードではないかと私自身は強く感じています。

テレビボード製作(その1)

2007 - 01/16 [Tue] - 11:30

 最近家を片づけることに一生懸命になっています。「そうじ力」なる言葉が流行っているくらい一つのブームになっているようですが、確かにやってみると単純に気持ちがよいものです。私は生まれてこの方そうじというものを一生懸命にやったことなどただの一度もなく、実はこれほど熱心に家のメンテナンスをしているのは初めてではないかと思います。


 なぜこのようなことを始めたのかと言いますと、もちろん「そうじ力」が流行っていることを知っていたのもありますが、それよりも自分が高い金を払って買った自分の家くらい自分で大事にしなければいけないんじゃないか、と思ったのが最大の理由だったのです。車だって靴だって手入れをしてやれば奇麗で長持ちします。そんなものより遙かに高いお金を払って買った家の手入れをしないなんて、そりゃ間違ってるだろ、ということに自分で気が付いたわけです。


 最初に何をしたかといいますと、艶がなくなってきたフローリング(我が家は家のほぼ全部がフローリング)のワックスがけをしました。家具を動かしたりで大変な作業でしたが、やはり手間をかければかけただけのことはあり、見違えるように奇麗になりました。奇麗になると日々の生活が気持ち良いもので、どんどん家の整理をしたい欲がでてくるものです。


 さて本題ですが、次に何を片づけようかと考えていた矢先、テレビボードを何とかしようと思い立ちました。私の家は狭い敷地に建っているものですからリビングがとても狭いのです。その狭いリビングに引越当初からとても大きなテレビボード(安物)が鎮座しておりこれが部屋をより狭く見せているのです。既製品をいろいろさがしたのですが我が家のリビングに最適なテレビボードはついに見つからず、それじゃ自分で作ってしまおうか、と思いたったという次第なのです。


 どうせ作るのであれば銘木を使って作りたいと思い、インターネットで製材業者を探しメインの材料を調達しました。まあ子供の頃から楽器を弾いていた関係で世の中の銘木には少しだけ興味と知識があったものですから、いろいろな材木を検討した結果今回はマホガニーでテレビボードを作ることにしました。マホガニーといえば独特の色がとても美しく、高級家具でよく見られる木材ですが、今回はそのマホガニーの中でも最高級といわれているホンジュラス・マホガニーを調達しました。マホガニーの家具など誂えで作らせればいくらするものか分かったものじゃありませんが、自分で作ればびっくりするほど安い値段で作れそうです。


 さてそのマホガニーを希望のサイズにカットしてもらい、塗装してコーナンに売っているパーツと組み合わせてテレビボードにしようというのが今回の製作手順です。というわけで今日家に帰るとそのマホガニーが材木屋から届いていました。持ってみるとなかなか重く、テレビボードにするよりいっそのことこれで楽器でも作った方が良いんじゃないか、というくらいの立派なものでした。ただ届いたマホガニーは単純にカットされただけのものなので、塗装するには随分と磨く必要があります。


 私の予定では次に塗装のテストをした後、塗装法を決定して板を加工し塗装をして組み上げる予定だったのですが、その塗装テストに使うための板の端切れが届いていませんでした。ということで業者に端切れがもらえるかどうかをメールで再度問い合わせ、もらえればそれでテスト、ダメなら東急ハンズにでも行ってマホガニーの切れ端を購入してからテストしようと思っています。何しろ良い木ですから素人仕事で台無しにしてしまってはせっかくのマホガニーも意味がありません。考えているのはオイルフィニッシュとニス仕上げですが、どっちにするかはテストしてからです。ニスもいろいろ調べていると「シェラック」というものがあってこれが天然素材で素晴らしいようなのですが、とりあえずテストはコーナンで売っていた水性ニス(クリアー)で行うことにしています。


 さてと、そういうことでこの家に住み始めてからの不満を一つ解消するためのテレビボード製作、一体どうなることでしょうか。何しろ私の仕事は今から非常に忙しくなっていきます。年末調整業務や確定申告準備にただでも忙しいはずなのに、今年は相続の当たり年(?)で相続がらみの相談、申告業務が何件も立て込んでいます。その中の一件はある世界ではとても有名な方の相続で、結構かかりっきりになる必要が在ると見込まれています。そのためのんびり家具造りなどしてるヒマあんのか!って怒られそうですが、「そうじ力」の延長にある部屋の片づけを是非とも実現させるべく、車庫でテレビボードの製作にいそしんでいこうと考えています。


 ということでテレビボード製作の続きは後日マホガニーの端切れを入手した後ご報告します。良い家具作るぞ!

超簡単自転車漕ぎマスター法

2007 - 01/06 [Sat] - 08:56

 今日ある本を読んでいてふと思い出したことがあったので、皆さんのお役に立つこともあろうかと思って書いてみることにします。


 それは自転車の乗り方、についてです。はあ?と思わずに是非読んでみて下さい、結構お役に立ちますから。勿論これは我々大人が自転車に乗るのではなく、小さな子供が自転車に乗る練習をするときのお話なんですが、これは私の娘が自転車に乗る練習をしていた頃の話なので、娘が5,6歳頃のことだったと思います。


 皆さんは自分の子供にどのように自転車の乗り方を教えるでしょうか。よくあるパターンは親がサドルの後ろあたりを手で支えて自転車と一緒に走って練習させるというやり方ではないかと思います。私も最初はそうやっていたのですが、うちの娘はなかなか上手にならず、私自身も娘の自転車と一緒に走らないといけないのでしんどくて大変でした。きっと皆さんも子供の自転車と一緒に走ってしんどい目をしながらようやく子供が自転車に乗れるようになっていっていると思います。


 ところがこのように娘と一緒に自転車の練習をしていたある日、私はめんどくさくなってある横着をしてみたところ、何とこれがどんな方法よりも効率よく自分の子供が自転車に乗れるようになる方法であることに気が付きました。おかげで練習している子供も大喜びですし、早く自転車に乗れるようになりますし、教えている私自身もとても楽に自転車乗りを教えることができるのです。


 それはどんな方法かと言えば「二人乗り」。つまり子供が練習している自転車のサドルの後ろの荷台に私が乗るのです。最初は自分の娘の上達が余り良くないものですから、とりあえず補助輪無しの自転車に乗るのはどのようなものか体験させたくて、娘をサドルに載せたまま私が後ろに乗ってハンドルを持ち、そして私がペダルを漕いで自転車を運転していたのです。


 結構これだけでも子供は大喜びなのですが、その後で「じゃあお父さんは後ろに乗っておくだけにするから自分で試しに漕いでみたら?」と娘に自分でペダルを漕がせると何と、いとも簡単に自分で補助輪無しの自転車をスイスイ漕いでいるじゃないですか!娘は娘で後ろに自分の父親が乗ってくれているので安心して自転車を漕ぎますし、私は私でもし万一バランスが崩れそうになっても両足がすぐに届く小さな自転車なので全く心配ありません。しかも娘は大きな大人を後ろに乗せたまま自由自在に自転車が漕げるものですから大喜びなのです。最初はハンドルを私が後ろから支えて持っていたのですが、娘が慣れてくればすぐにハンドルも娘だけで持てるようになりました。


 これはやってみると分かりますが、実に理にかなった自転車の乗り方のコツを教える方法なのです。自転車に乗り始めの小さな子供は、何が一番不安かというと、自分でバランスを取れないことなのです。だから上手くバランスが取れずに転けてしまうことが怖くてなかなか上手になれないのです。ところが後ろに大人が乗って両足を広げているとこれがちょうどヤジロベエのようになって、子供がペダルを漕いでも上手くバランスが取れるのです。だから子供が全然怖がりません。しかも漕ぎ初めの時は親が後ろで足をついておけばよいので、子供がペダルを漕ぎ初めの時にふらつくこともなく安心して一生懸命ペダルを漕げます。


 このやり方で子供に自転車の乗り方を教えるのであれば、きっと最初に補助輪の片方を外して、その後で残りの一つも外して徐々に慣らしていって・・、などという面倒くさいやり方をする必要は一切ないでしょう。昨日まで補助輪を二つ付けていた自転車に乗っていた子供が、いきなり補助輪無しの自転車に乗れるでしょう。こうやって大人が後ろでバランスを取ってやることで子供は補助輪無しの自転車を自分で漕いでハンドルを切る感覚を簡単にマスターでき、やがてすぐに大人がバランスを取らなくても自分一人で上手に自転車に乗れるようになります。


 もしかすると私が知らなかっただけで意外と世間の皆さんはご存じなのかも知れませんが、効果は絶大です。何よりも子供が嬉々として自転車の練習を行います。子供と二人乗りをする親も楽しいですし、何しろ二人とも練習が楽です。もし今から自転車の練習を始めるお子さまがおられる方は、是非このやり方を試してみてください。何よりも自分の子供がすぐに自転車を漕げることに親が一番びっくりして楽しめると思います。


 ただしいくら子供と一緒とは言え二人乗りなので安全にはご注意くださいね。でも結構大人も楽しめる練習法ですよ。もしかすると自転車が苦手な大人の方にも有効な練習法かも知れませんね。

納税意識と成功の関係

2007 - 01/04 [Thu] - 12:55

 新年が明けました。皆さんおめでとうございます。今年も世の中の景気が良くなってより金回りの良い経済状態になってくれることを切に願っています。


 さて今回は納税に対する経営者の姿勢(=考え方)について書いてみたいと思います。大体納税者で税理士に税金の申告を頼みたいとお考えの方々の中には、「税金を安くして欲しい。もっと率直に言えば上手く脱税して欲しい」という方々も少なくないと考えます。確かにお商売をなさっておられれば切実に感じると思うのですが、お金はとても大切なもので、できれば一円単位であっても外部に流出させたくないと考えるお気持ちはとてもよく分かります。


 ですから「税金をできるだけ安くして欲しい」という考え方は私も全く否定しませんし、それが法律の範囲に収まっている限りは税理士として最大限の協力と努力を行う義務があると私自身も思っています。しかしその合法的な節税範囲を超えて税金を減らしたい、つまり脱税行為を本気で願っている納税者も中にはおられます。


 「バレへんかったらええやん、バレたらバレた時のことやん。とりあえず税金だけは何が何でも払いたないわ。」こういう考えをなさっている納税者も大勢おられます。確かにバレなければ良いのでしょう。そして税理士の中にはそういう方たちの脱税請負人として存在している人たちも世の中にはいるかも知れません。


 しかしこういった脱税指向の強い納税者の方々に対して言うなれば、「脱税してまでお金を貯めたいと考えない方が良いですよ。」ということをお伝えしたいと思います。なぜならば一言で言って「あなたのその考え方は間違っている。そんな間違った考えをしている限り商売も絶対成功しない。」ということだからです。法を破ってまで納税を行わないというほど意識のレベルが低い方々が、これからの長い商売活動において成功を収めることができるとは到底考えられないからです。


 実際私の担当する顧問先の中で長期間商売が成功しておられる方々は必ず遵法意識が高い方々です。「ええ、税金そんなにかかんのぉ?かなわんなぁ。でも納めなあかんもんは納めなあかんし、たくさん納められるような会社にならなあかんからなぁ」と必ずおっしゃいます。誰だって必要以上に税金を納めたいとは思っておられませんが、しかし自分達が儲かった以上、その儲けに相応する税金を国に納めるのは当然、と成功者達は考えておられます。


 そういう意味でも、長期間成功を収めている経営者達はどなたも基本的に真面目です。後ろ指を指されるような行為は基本的になさろうとしません。一代で年商百億円の商売を成功させているある社長などは、私たちでもびっくりするくらいフェアで真っ当なお考えを長年持ち続けておられます。逆に言えば、会社のトップがそれだけ高い意識を長期間持ち続け、会社組織にもその考えを浸透させることができたからこそ、その会社は好不況にかかわらず素晴らしい業績を残し続けることができたのだと言えるでしょう。


 儲けているのに税金を納めることすらしようとしない、みんなが行っている納税義務すら果たすつもりがない、もっと言えば自分が日本という国に住んで儲けさせてもらっているにもかかわらずその儲けに応じた社会コスト負担すら行う意思を持っていない、そのような自己中心的でセコい考えをしている経営者は短期間で儲けることがあったとしても、必ずどこかで大きくつまづくか足元をすくわれます。なぜならそれはその経営者の考え方が根本的に間違っているからです。


 納税に関する遵法意識の低い方々は、必ず納税以外のあらゆることについても遵法意識や相互扶助に関する意識が低い傾向があるのです。商売でかかわる多くの人たちと一緒に儲けて幸せになっていこうと言う意識が著しく低いのです。そういう考えをした人たちは、一山当てることはあっても商売を長続きすることは絶対にできないのです。なぜなら周りの誰もその人を助けてくれないからです。世の中の商売は相互の信用に負うところが多く、商売を長く成功させるためには信用第一だからです。そのためには人様から恨みを買ったり後ろ指を指されるような商行為を決して行ってはならないのです。


 結局脱税しようと本気で考えている人たちは、泥棒をしても、詐欺や売春をしても、もっと言えば殺人を犯したって金さえ儲かればよいと考えているのと同じほど低い意識レベルなのです。つまりその経営者自身の意識が正しいものか、そうでないか、そういう問題なのです。ご自身が行っている行為が他人から見て信用されるものかどうか、そこに関する意識が非常に低い方々だけが脱税に強くこだわるのです。


 自分が儲かるんだったら詐欺や泥棒をしたってかまわない、と考えているのであればもうそれは893屋さんと同じです。それで良いとご自身が本気で思っておられるのであればそれで結構ですが、二度とまともな世界と関わることはできないとその方は覚悟すべきでしょう。世の中にはいろんなお金の儲け方があります。それはそれで良いのですが、よく言われているように、職業に貴賤があるのではなく人間に貴賤があるだけなのです。つまりどのような商売を行うにしてもその商売を行っている人の考え方が真っ当かどうか、それがもっとも大切なことなのです。それが表舞台で成功を収めるもっとも大切な要素なのです。


 結論を言えば、我々に対して脱税をしつこく求めてくるような納税者は絶対に世間の表舞台で成功することができない方々と言えます。今そうでない方々であったとしても、そのような考えをしておられる方はいずれアンダーグラウンドの世界に落ちていきます。アンダーグラウンドで儲けることはある意味楽かも知れませんが、先ほども言いましたようにそうなると二度と陽の当たる場所に戻ってくることはできません。


 以前であればアンダーグラウンドでひっそりと生きていた方たちが最近では表舞台に登場することが多くなり、まるで表と裏の境目がなくなってきているかのように感じることがあります。しかし裏で生きている方々は所詮裏の方々で、真っ当ではありません。しかし真っ当な方々からは時として裏の人たちが羨ましく見えることがあって、ついつい裏の人たちがやっているような狡くて楽な金儲けをしようと考えがちです。しかし表から見えているほど裏の世界は楽しいだけのものではありません。汚いものを全部隠して表に汚い部分を出していないから奇麗にみえているだけなのです。裏の汚い部分を知れば、普通の方々であれば決して裏の生活などしたいとは思わないはずです。


 ですから普通の商売をしておられる方々、或いは真っ当な商売で成功を収めたいと考えておられる方々は是非とも納税に関する遵法意識は必ずお持ちになってください。「税金が高い!」と言って文句をおっしゃるのは我々がいくらでも伺います(笑)。或いは税務職員や政治家に言いたいだけ言って下さい。しかし「この税金ゼロにしてくれや!」とだけは決して我々におっしゃらないでください。もうその一言を言った時点で、あなたのこれからの商売が成功しないと断言できます。ですから納税に関する意識は是非とも正しく持ってください。これは綺麗事でも何でもなく、私の目から見た成功を収めるための大原則なのです。

 | HOME | 






プロフィール

もりり

Author:もりり
当ブログにお越しいただきありがとうございます、税理士のもりりです。のんびりと、時々辛辣に日々感じたいろいろなことを自由に書いていきたいと思います。

最新記事

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。