税理士もりりのひとりごと

税理士もりりがぶつぶつと日ごろの出来事についてひとりごとを綴っていきます





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健康維持作戦実施中!

2005 - 08/27 [Sat] - 12:12

 最近は随分と健康維持のために努力している。とにかく自分自身の体の調子の悪さを日々感じるようになったのがその大きな原因だが、本当に三十代の後半からめっきりと体力が落ちてきたことが分かってきた。最初のうちはそれも仕方がないことか、これが人間が死に向かって徐々に進んでいく当然のことか、と割り切っていた部分もあったが、最近は自分が想像していた以上のペースで体の各部分の調子の悪さを自覚するようになったものだからそんな悠長なことを言っていないで努力して自分の健康維持をすべきではないかと強烈に思うようになったわけだ。

 単なる偶然かも知れないが、とにかく3年ほど前に現在住んでいる家に引っ越してきてからどうにも体の調子が悪くなってしまった。超常現象にも多少の理解を示す私なので、当初はそういったものの影響もあるのではないかと疑ってみた。しかしそもそもこの家自体、前の所有者(私が良く知っている人)の運も良く、また霊感の強い複数の人間の判断を参考にしてもこの家は良いというお墨付きをもらっていたので住み替えたという経緯があるので、霊的な悪さがあるわけではないと思っている。

 まあやはりここは素直に職業柄から来る運動不足と自分の健康への過信の長年の蓄積から体の調子が落ちるに至ったと考えるのが自然ではないかという結論を得て、それでは努力によって以前の健康体を取り戻そうと画策しているわけだ。

 いくつか健康体を取り戻すための対策案を考えて今実行している。例えば、やはり歳を取ってくると体の代謝が悪くなるのか、若い頃と同じ食事をすると太ってしまう。従ってご飯を控えカロリーを抑えめにする。しかしカロリーを抑えめにするだけでは食事やお酒の楽しみが減ってしまうので、運動をして体の代謝を改善し適度にカロリーを消費する体質づくりをする。

 もちろん運動をすることは体の代謝を改善するばかりでなく、基本的な筋肉が鍛えられまた関節を柔らかく使うことによって動きの若さを取り戻すことができる。そして長年汗をかいていなかったが、運動することで汗をかき神経系統のバランス改善にも役立てる。しかし容姿改善のために運動をするわけではないので必要以上に隆々とした力強い筋肉や、体をいじめ抜くほどのハードな運動をするつもりはない。むしろそのような運動は長期的に見て体のバランスに悪影響を及ぼすし、体の各部に過度のストレスを与えるので決して良い成果が期待できない。それよりも軽めの運動によって体全体を動かし、体全体を活性化させることが重要だと考えている。

 またどうやら歯周病にかかっている気配があるので、歯のケアをしっかりとする。磨きやすい歯ブラシと質の良い歯磨き粉を使って丁寧に手入れをする。何より歯が無くなってしまってはものを美味しく食べることができない。これでは人生の楽しみを一つなくすようなものだから、せめて七十数歳になるくらいまでは自分の歯で何不自由なくものを美味しく食べたい。

 また元々野菜は好きだったが、野菜ジュースを積極的に飲むことにした。本当の青汁はどうにも苦手だが、最近は飲みやすい粉末や美味しい野菜ジュースが売り出されているのでそれを飲んでいる。そして水分を適度に補給することも心がけている。

 さらには皮膚の弱い私はここ十数年陽に当たることを避けてきていたが、最近実は適度に陽に当たる方が体のためには良いのではないかと思っていたら、先日の日経にもそのことが書いてあった。曰く適度な陽当たりはビタミンDの生成を促し、その結果内臓の癌を防ぐ効果があるとのこと。これも早速実行しようと考えている。

 そしてこれが最も大切なことかも知れないが、よく寝ること。私は中学生くらいの頃からほぼ慢性的に寝不足の状態が続いていて、体が元気だったらそれも余り気にならないが最近は少しそのことによる疲れが気になりだしてきた。だから今までの悪い生活習慣である夜更かしを止め、できるだけ早く寝て十分な睡眠をとって早く起きる生活に変えたいと考えている。何しろ寝ている間に成長ホルモンが体の悪い部分を修復していると聞くので、良い睡眠が健康にもたらす影響は計り知れない。

 とにかく40歳を迎えるということは人生の半分が過ぎたことを意味している。これからの残り半分の人生を楽しく暮らしていくためには何よりも健康であることが基本となる。いくらお金があっても、いくら時間が有り余っていても健康でなければちっとも楽しくない。結局私の健康維持の目標は歳を取ったときに楽しく幸せに過ごすためなのだ。税理士という職業をしていると様々な人生を送ってきたご老人達と接する機会が多い。そういう方々を見ていて思うことはやはり健康でないと長生きしても楽しくないだろうし、そのためには長年の心がけと努力が必要であるということだ。

 自分の体を健康に保つも保てないのも全て自分の責任。言い訳をして努力を怠っても困るのは歳を取った自分自身。また自由業は体が資本、倒れても誰も助けてくれない。そうであれば自分の大事な体と仲良く付き合っていくためにも、自分の将来を豊かで楽しいものにしていくためにもこの頃からの不断の努力が大きな成果をもたらすはずだ。そういうことで楽しい将来のため頑張って健康維持に励もう。

自民党大勝の予感か?

2005 - 08/26 [Fri] - 12:34

 何となく自民党が大勝しそうな予感がしてきた。郵政民営化法案が参議院で否決され衆議院が解散されたときには、ちょっとこれはさすがの小泉首相も玉砕か?と思っていたが、事態が進展するにつれ自民党の圧勝の雰囲気を感じてきた。

 まず第一に与党、とりわけ自民党は何をするにしても筋が通っているため有権者へのアピールが強力であること。何より今回の解散・選挙が何のために行われているかの目的が明確に説明されている。これほど選挙の目的と意義が誰の目にもわかりやすい選挙は私の記憶では今までなかった。

 そして郵政民営化賛成を強烈に有権者に問い、解散前から公約していたとおり民営化反対者を公認から完全に外し、そればかりか有権者に意思表示できるように民営化賛成者を新たに対立公認候補とした。これは本当に小泉首相と自民党の本気度合を我々有権者にアピールしている。なぜなら今まで自民党内で少しくらい意見の対立があったとしてもうやむやになることがほとんどであったのに、今回の選挙と郵政民営化に関して言えば全くの妥協がないからである。この分かり易さは小泉首相と自民党にとって大きな賛成世論誘導に役立つだろう。

 そして自民党が郵政民営化を民に問う選挙を強く打ち出せば打ち出すほど、民主党をはじめとする野党の存在意義がどんどん薄れていき、郵政民営化反対を主張する政党や郵政民営化から争点を離そうとしている民主党などは今回の選挙そのものへの姿勢と準備不足があからさまになるばかりだ。これでは最初から目的を完全に一つに絞った小泉政権の解散選挙には全く歯が立たないように見える。

 もちろん郵政民営化に反対の有権者も沢山いることだろう。しかし今回の自民党の選挙戦略は完璧なまでに明確であるところに浮動票が大きく流れる可能性が高い。経済界は郵政民営化を強く支持しており、構図としては郵政民営化に反対しているのは郵政公社関係者とその関連元自民党政治家と野党だけというイメージで、民営化反対論者達の方が密室政治の権化、或いは一部組織への利益誘導だけを考えているといったダーティーな感を否めない。

 冷静に考えれば広島六区で亀井静香がホリエモンに負けることなどどう考えてもあり得ないだろう。ただホリエモンまで担ぎ出して亀井静香という元自民党大物代議士に対してすら本気で闘おうとしている現自民党の姿勢は有権者にとても良いイメージを与えている。

 バブル崩壊以降国民の多くはこの閉塞感をうち破ってくれそうなリーダー、とりわけ政治家の出現を長く望んでいた。今までその期待を担いながら従来どおり何の成果もなく退陣していった政治家を沢山見てきた。しかし今回の選挙で多少強引なところはあるが、小泉首相は今までの自民党政治家とは明らかに違う、何かをやってくれそうな期待がある、という感触を多くの有権者に与えているのではないだろうか。それが今までのところ吉と出ているところが自民党の大勝を予感させる。

 しかしそもそも小泉首相は就任当初から構造改革を声高に主張し、それに反対する政治家は全て反対勢力とみなし必要に応じて自民党をブッ壊すと言っていた。今回の選挙で亀井静香などはその小泉首相の手法を批判して同情を買おうとしているが、小泉首相から見れば自身の主張に何のぶれもないのだ。実際に反対勢力を自民党から追い出し、仮に今回の選挙で自民党が大敗することがあったとしても小泉首相から見れば自分の政策が支持されることは叶わなかったが自民党をブッ壊すことには成功するわけだ。

 そう考えると自民党が勝っても負けても小泉首相の当初の目的はいずれか達成されるわけだ。今回の選挙は誠に小泉首相にとって都合の良い選挙であることには間違いない。他の政治家達、とりわけ郵政民営化反対を投じて公認を外された元自民党政治家達は小泉首相が仕掛けていたとんでもない地雷をまんまと踏んでしまったものだ。今頃「しまった」と思ってももう遅いのだが。

大リーグの野球はレベルが高い?

2005 - 08/16 [Tue] - 11:40

 最近大リーグの野球を見ていて思うことがある。昔大リーグの野球が全くテレビ放送されていなかった頃は大リーグの試合をたまにテレビで見たりするとそのスピード感やパワーにびっくりして面白く感じたものだが、現在のように様々な試合が放送されるとそれ程大したことがないような気もしてきた。

 ホームランとピッチャーの球が速いだけならやっぱりつまらないのだ。野茂が大リーグに挑戦した当初はまだ日本人には大リーグは凄い、というイメージがあって野茂が投げる試合をよく見ていた気もするが、それ以降いろんな選手が大リーグに行き成功を収めているのを見れば大リーグって実は大したことがないんじゃないか、という気がしてきた。

 確かに大リーグに参加した日本選手は日本の野球との違いを口にし、順応するのが大変だと口を揃える。しかしそういう選手たちも1,2年ほど経つと十分に主力として活躍を始める。そういうのを見ているとアメリカの野球はそれほどレベルが高くなく、日本のトップクラスの選手なら大リーグでも比較的短期間でレギュラーを取れる程度のものなんじゃないかな、と思うようになった。

 また例えば松井が最初のシーズンで日本にいた頃と比較して成績が見劣りしていたのも、大リーグが凄かったのではなく、ただ単に松井が大リーグ、いやアメリカの野球に順応するのに1年ほどかかったということなのではないかと思うようになったわけだ。

 どういうことかといえば、日本の野球選手は当然生まれてこの方日本の野球しかしたことがなかったわけだが、当然大リーグで野球をやっている連中はアメリカ式の野球に子供の頃から慣れ親しんだ連中ばかりがやっているわけでアメリカ人にとっては馴染みのある野球だが、日本人には馴染みがない。子供の頃から日本式の野球しかやってこなかった日本の野球選手は当初はアメリカ式の野球にとまどうけれども、それでもトップクラスの選手で有れば2年もあればアメリカ式の野球にも適応しアメリカでもトップクラスの成績を残すことができるということなのではないだろうか。

 そう考えると別に大リーグは凄くないんじゃないか、という気がしてくる。単に野球のスタイルが違っていただけのことで、日本のトップクラスの選手ならちょっと慣れれば大リーグでも十分成績を残すことができるはずではないだろうか。残念なのは日本のトップクラスの選手は日本で10年活躍したあとでないとアメリカに行けないので、もう少し早く移籍できるのであればもっと大リーグで活躍できるのではないか、ということだ。

 でもいずれにしてもバカみたいに力勝負だけしたがる大リーグの野球も見ていて何となくつまらない。レベル的にも日本とほとんど変わらないことが証明されてきているし、外人の名前を覚えるのもめんどくさいし、筋肉増強剤を使ってホームランを量産してもただのイカサマ記録だ。そんな大リーグの野球を見るよりも日本のレベルの高い試合を見ている方がずっと面白いと最近は思うようになってきた。そのきっかけは皮肉にもアメリカで大活躍している日本人選手たちのおかげだ。

森進一の離婚と贈与税

2005 - 08/16 [Tue] - 04:50

 森進一の離婚話が何かとテレビで流れているが、税理士としてアレ?と思う話題が一つある。それは森進一が毎年生活費とは別に森昌子達家族に年間3千万円(!)もの財産分与を行っていたという話だ。

 しかもこの話のおかしなところは、本来もらっているはずである森昌子側がもらっていないと話しているところだ。そもそも生活費以外に金銭を家族に渡せば立派な贈与税の対象となる。仮に子供三人と森昌子に均等に分与したのであれば、現在の税法で計算してこれら4人にはおのおの131万円の贈与税がかかってくるし、もし全額森昌子名義で受け取っていたのであれば実に1,220万円の贈与税を毎年納めなければならない。

 森進一の話が本当なら、受け取っていないと主張する森昌子、その他の子供達は過去7年間に遡る多額の贈与税の申告漏れが当然疑われるし、本当でないのなら、まあ、森進一はうそつき呼ばわりされ、そして親族名義で資産を分散させていた相続対策工作が失敗に終わっただけのことか(笑)。もしかすると森昌子が必死でもらっていないと主張する裏にはこの贈与税脱税で引っかけられないための自衛の意図もあるのかも知れない。にしてもこのドロドロ劇、当然課税当局は興味津々に成り行きを見ているだろうし、場合によっては既に森進一一家全員の全預金履歴を調べているかも知れない。

 芸能人の方々、いくらいいカッコしたいと言っても、発言には十分気をつけた方が良いときもありますよ。以前の江角マキコの年金未納問題で「全てを税理士任せにしていましたので」というふざけた発言、本当にバカにするにもほどがあるという感じで、自分の責任を全部税理士のせいにしていました。もしかすると今回も森昌子が発言を一転し、「税理士が大丈夫と言ったので申告しませんでした。全く私は何も知りませんでした。」と言い逃れするシーンが見られるかも知れないかも。

 でも私たちこういう脱税の言い訳を聞くといつも思うんです。「嘘つけ、ホントは分かってただろ?」と。

ジョギング開始!

2005 - 08/14 [Sun] - 01:57

 昨日からジョギングを開始した。実はずっと走らなきゃ、走らなきゃ、と思いながら長い間これといった運動をせずに過ごしてしまっていた。

 やはり40歳を過ぎて思うことは、私のようにデスクワーク中心の人間がこのままこれといった運動も行わないで過ごしてしまうとどんどん体の機能が低下していってしまい、楽しい人生が過ごせないのではないかという恐怖感だ。30歳を過ぎた頃からどんどん太り始め、そして最近は以前からの持病であった腰痛も常につきまとうようになってきて、何かしないと本当に大変な病気になりそうな気がしていた。

 以前と同じ食事をしていても太るということは、明らかに体が必要としているエネルギーが減り、新陳代謝が悪くなっていることを表している。腰痛の具合が気持ち悪いことも日頃の運動不足による筋力低下と関節の動きの悪さに起因しているに違いない。当然血流も悪いだろうし、心肺機能も低下して新陳代謝が悪いと顔や体もどんどん老けていくように思えるし、すぐに病気になりそうだし何しろ日々のからだの動きが重くて仕方がない。

 別に若返りをねらっているわけではないが、しかしこれから人生の後半を進んでいく中でできる限り楽しく人生を過ごすためには自分の健康をできる限り高いレベルで維持するしかないだろう。私の夢は楽しく老後を過ごし、そしてできる限り誰にも迷惑をかけないで死んでいくことだ。だからそのためには体力の低下を自覚し始めたこの中年期からできる限り健康を維持増進させる努力をしなければならない。

 何しろ私の仕事では絶対的な運動量が少なすぎる。仕事だけに関して言えば多分一日あたり2-3千歩という運動量だろうか。会社員をしていた頃は万歩計を会社が支給し日々運動量を確認していたが、そのころは一万歩を割ることはほとんどなかった。ところが今ではその4分の1程度の運動しか行っていないわけだ。これでは体の各運動機能が低下し、その結果新陳代謝が低下し病気になりやすく弱い体質になるのは当然だ。

 このままこの生活を続けていると近い将来、本当に癌や関節病、或いは循環器系統の病気などで動けなくなってしまうかもしれない。それより何よりこんな体が重い状態では日々の生活が楽しくない。お酒も美味しくないし、何より自分の老後に楽しい夢を見ることができない。

 ということでやっと重い腰を上げて昨日からジョギングを始めたわけだ。実は今の住所に越してきた当初はジョギングをやっていたのだが、地域柄なのかこのあたりの人たちは夜余り歩いたり走ったりしないみたいで誰にも会わなかったのだ。あまりに誰も出歩かない地域で一人走っていると泥棒に間違えられても嫌だし、少し怖い面もあるので止めてしまったのだ。それから2-3年結局これといった運動ができないまま過ごしてしまったのが凄いストレスになってしまったが、これからまた元気な体に戻っていくだろう。

 何しろ走った翌日である今日の体調は凄くいい。体調不良の最大の原因の一つでもあった腰痛が走った直後から凄く具合がいいのだ。きっと長い間適切に体を動かさなかったせいで関節が変な位置にずっと固定されていたのが、昨日走ったおかげで少し適切な場所に戻ってきたのだろう。やはり「健全な精神は健全な肉体に宿る」といわれるが、全くその通りで体の調子が万全でないと思考も否定的な不健全なものになり、仕事をこなす上にも大きな影響があるが、体が軽くなると気分がいい。

 仕事で良い成果を上げるためにも、そして何より自分自身の人生を良いものにして家族を幸せにするためにも健康維持に努力することは私の義務だと感じている。頑張って健康な体を取り戻し、バリバリこれからの人生を楽しんでいこう。

衆議院解散!

2005 - 08/10 [Wed] - 12:02

 今政治が面白い。ついに郵政民営化法案が参議院で否決され即日小泉首相は衆議院を解散した。参議院で否決されたのになぜ衆議院が解散なのか?という疑問を持つ人もいるみたいだが、自分たちが選挙で選んだ自民党総裁が当初から主張している郵政民営化法案に反対する自民党員の方がおかしい。首相から見れば党総裁でもある自分に逆らい野党と同じ行動をする党員を公認から外し、民意を問うために衆議院解散を選択することは当然と言える。

 そもそも小泉総裁の下での自民党運営が嫌であれば別の党に行けばよいのに、自民党に残って総裁に逆らっている議員達の行動の方がおかしい。多数決で選ばれた自分たちの党のリーダーに逆らうなんて、組織人の行動として全く間違っている。

 大体郵政事業を民営化すべきという考え方に反対を示す人は郵政事業に直接かかわっている人たち以外にはほとんどいないだろう。ただ郵政事業にかかわっている人たちがあまりに多いので、彼らの持つ政治的力も強大で、そこの利権確保のために働いている与党政治家が多く、これに野党も加わっているため今回のような変な結果になったと考えるのが普通だろう。

 客観的に見て小泉首相の判断には間違いはないと思う。もちろん少々強引な政治手法はあるが、ただそもそも郵政民営化に対する自民党内からの反対は当初から容易に予想されていた事だからこうせざるを得なかったという事情はある。

 郵政事業を官のまま残しておくことには周知の通り明らかに問題があるのだから、民営化は遅かれ早かれの事だったのだ。小泉首相はかねてからの公約通りそれを自分の任期期間中に実行しようとしたまでのこと。きっと数年、数十年経過すれば郵政民営化を行った小泉首相に多くの国民は感謝することになっているだろう。ただ政治家を利用した郵政公社関連者の反対意見がもっともらしく聞こえるときがあるので惑わされてしまうこともあるかもしれないが、本質的には民営化が筋だろう。

 どんなことでもそうだが、反対するということは大変簡単なことなのだ。なぜなら誰かが頭をひねって一生懸命考えたことのちょっとした欠点を捉え大げさに騒ぎ立てればいいだけだからだ。文句を言って反対することほど簡単なことはない。郵政民営化に反対している自民党政治家など野党の政治家と何ら変わらないレベルで、全く国家としての将来像など考えておらず単に短期的な自分の利得を考えているに過ぎない。

 JRだって明らかに民営化後の方がサービスがよい。NTTだってそうだ。多少の問題があるのは当然で、それを上回る改善が有れば民営化は成功であると評価すべきなのだ。そういう意味でいえば郵政事業も民営化した方が確実により望ましいサービスを提供するだろう。

 だが問題はこの衆議院選挙でどの様な結果がでるかだ。もし民営化反対の自民党議員が公認から外れるのであれば、私なら小選挙区、比例共に自民党に投票する。なぜならあの自分たちの利益だけしか考えない面の皮の厚い政治屋達のギャフンという顔を見ると共に早く郵政事業民営化を実現させて欲しいからだ。

 しかしこれから投票日までの民営反対派の工作は凄まじいだろう。なぜなら命を懸けて票田と利権を守ろうとしているからだ。それに加えてただ単に政権与党に反対するだけの野党まで加わって反対工作を繰り広げるわけだからひどい光景が展開されるだろう。だが私たちはあくまで郵政事業の民営化が正しいのかどうか、というただ一点だけを今回の選挙では冷静に判断し投票するべきだろう。賛成であれば自民党公認候補に、反対であれば自民党公認候補以外に投票で意思表示することで国民の判断が下されることになる。

 国民が日本の政治に改革と変化を求めるのか、それとも今まで通りなあなあで問題を見て見ぬ振りでやり過ごすだけの政治を選択するのか、とても結果が楽しみだ。

原爆の日に思うこと

2005 - 08/08 [Mon] - 12:42

 8月6日は原爆が広島に投下された日だ。私はこの季節になるといつも人類の歴史上これほどまでの大量破壊兵器が使用されたことはなかった事に思いを馳せている。そして最近はどうしてもそれをイラク戦争や北朝鮮の核問題などと対比させて考えてしまう。

 アメリカはイラク戦争を開始する際、確か当時のフセイン政権が大量破壊兵器を多数保有していたことのみを理由としてイラクという他国に侵略して戦争を行った。しかしイラクは戦争に負けたが大量破壊兵器は何一つ見つからなかった。

 北朝鮮は核兵器を所有して国力の誇示を行いたい姿勢を明確に見せている。またこのたびの六ヶ国協議においてはもし核兵器の保有が認められないとしても核の平和利用は認められるべきだと主張している。

 何かおかしいことに気が付かないだろうか。なぜアメリカはアメリカ以外の国が大量破壊兵器を持っているだけで戦争を仕掛けることができるのか?しかもイラクはアメリカに対して宣戦布告をしたわけでもないのに。

 北朝鮮は個人的には余り好きではない国だが、今回の北朝鮮の主張は筋が通っている。核兵器を保有することを核保有国であるアメリカからとやかく言われる筋合いはない。また核の平和利用は唯一の被爆国である日本ですら行っているわけだから、北朝鮮が行ってはならない理由など何一つない。

 日本人、とりわけ広島、長崎市民はこの時期になると自らの悲惨な体験を伝えると共に核兵器の廃絶と不戦を世界に訴えてかけている。私は日本人だからアメリカが広島と長崎に原爆を落とした行為について多大な怒りを感じているし、それを正当化しようとする姿勢はどうしても許すことができない。また私は日本という国家の誤った政策だけが広島と長崎の惨状の原因となったとは考えていない。

 当時の日本の状況からすれば、日本に原爆を落とす必要がなかったことは当時のアメリカですら十分分かっていたはずだ。にもかかわらずアメリカは原爆を「使ってみたかった」という理由だけであれだけ多くの人とその子孫を犠牲にした。それはどのような理由付けをするにしろ「人類歴史上最大の蛮行」であることに間違いはなく、日本人のアジアでの蛮行やドイツのユダヤ人虐殺が非難されるので有れば、アメリカの原爆投下も大いに非難されるべきだというのが私の個人的考え方だからだ。

 なぜ日本人は原爆などという非人道的な兵器を使用したアメリカにかくも従順なのか私は不思議でしょうがない。今のイラクの状況を見ても分かるように、戦争で家族や仲間を殺された人たちが簡単に敵国の支配を良しとするわけがない。例え自分達の国が負けたからと言っても、そのような敵国の行為まで恨まないはずがない。なのになぜ日本人は第二次大戦での様々な悔しさ、怒り、恨み、悲しさを敵国に対して表現しようとしないのか。なぜ全てを自分達のせいにしようとするのか。

 私にはその感情が同じ日本人としてどうしても分からない。あれは戦争だったのだ。だからどちらかが一方的に悪いわけでもない。だから沖縄や広島や長崎がめちゃくちゃにされたことについてはもっと日本人はアメリカを恨み、怒りをあらわにしても悪くないはずなのに、なぜか自分達の「思想と教育」が間違っていたことを全ての理由にしようとして本当の感情を心の奥底に隠し込んでいる。

 しかし悲しいかな、現実には戦争で負けた方には何の救いもない。負けた方は一方的に悪く、勝った方は一方的に正しいのが戦争なのだ。だから大量破壊兵器が見つからなくてもアメリカはイラクや世界世論に謝る必要など何もなく、同様にアメリカは広島・長崎への原爆投下について正当化が許され、日本のみが全責任を負わされることとなったわけだ。

 しかしアメリカは本当に正しいのか?実はこれが最大の問題である。他国には「大量破壊兵器を所有するな」と言うにもかかわらず、アメリカ自身は最大の核兵器・大量破壊兵器保有国として存在することに何のためらいも感じない。嘘の情報を世界に流して他国に侵略戦争を行っても、勝ちさえすれば全てが正当化される。これらは果たして世界の大国として君臨すべき国家が行うべき正しい行為なのか?

 本当であれば広島・長崎から最も訴えるべき事はアメリカに対する核兵器の放棄であるべきなのだ。なぜなら広島・長崎に原爆を落としたのはアメリカであり、核兵器を使用する可能性が高い国はインドでもパキスタンでも北朝鮮でもなく、最大の核兵器保有国であるアメリカであることは間違いないからだ。そのアメリカに負けた日本が、そのアメリカに国を守ってもらっている日本が、非核と非戦を世界に対して訴えている。残念だが、そんな笑い話みたいなことに誰がまともに耳を貸すだろうか。

 日本人の感情と諸外国からの見る目というものはかくも正反対なものなのだ。それにそもそも日本だって近い将来他国から侵略戦争を仕掛けられた場合、不戦を貫くことができるだろうか?もし北朝鮮が日本に宣戦布告をしてきた場合、日本は戦わないで北朝鮮に全面降伏するのか?日本が北朝鮮の体制に支配されても全国民はこれを是とするのか?

 もっとわかりやすく話を置き換えるならば、例えば自分自身が訳の分からない輩に通りすがりに喧嘩を仕掛けられた場合、無抵抗で殴り殺されることが果たして誉められることなのだろうか?「あの人は喧嘩を仕掛けられても全く無抵抗だったのよ。まるで神様みたいに立派な方。」と自分が死んだ後で他人から褒め称えられて自分自身や残された家族は心底満足だろうか?

 多分ほとんどの人は「他人から喧嘩を仕掛けられて、無抵抗で死んでいくなんてバカだ」と本心では思っているだろう。なぜこちらに非がないのにこちらがみすみすやられないとならないのか。家族を悲しませないためにも、売られた喧嘩に対しては適切に身を守ろうとするのは正当防衛として一般的にも認められている行為だ。つまり自分の身を守るために最低限必要な「戦い」というものは当然存在するべきで、それは国家においても全く同じであるのではないだろうか。

 戦わないのが必ずしも偉いわけではない。自国の安全や体制を脅かされる場合において、他国の侵略行為を防ぎ自国と自分達を守るために戦わざるを得ない場面はあり得るのだ。平和主義の人たちは争いごとを人類の理性と知性で回避できる、あるいはウルトラマンと地球防衛軍が日本を守ってくれているから国家国民は何もする必要がない、と真面目に考えているようであるが、それが夢物語であることは誰もが薄々気が付いていることだろう。世の中話して分かる人たちばかりでないことは日常生活から誰もが学んでいるはずだろう。

 世界中に争いがある限りどれほど広島・長崎から平和と非核を世界に訴えても、残念ながら現実問題全くむなしい主張としか言いようがない。「力は正義」考えているアメリカに対して平和の訴えをしていくのであればまだしも、アメリカに守ってもらい、イラクに派兵せざるを得ない立場だった日本の広島・長崎から平和をいくら訴えても世界の誰の心も動かすことはない。悲しいかな世界から見た広島・長崎の平和宣言とはその程度の位置づけにしか過ぎないのだ。その怒りはどこにぶつけるべきなのか、この日が来るたびにそれぞれがよく考えるべきではないだろうか。

税理士試験が終わりました。

2005 - 08/08 [Mon] - 01:39

 今年の税理士試験も全日程が終わったようです。受験生の皆さん、本当に大変でした。御苦労様でした。

 それにしても話に聞いていますと、最近の試験はむちゃくちゃですな。法人税の問題を受験生から見せてもらったのですが、まあ何と言いますか、酷いですね。理論の問題自体が2ページにも渡り、しかも計算問題の一問目も理論問題。計算の問題内容も実務過ぎるというか、高度すぎるというか、とにかく税理士としての必要知識を問うための問題としてはめちゃくちゃな内容としか言いようがありません。

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